表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レッドアイ  作者: kikuna
41/65

第五章 撹拌02

 派手な音が部屋に響き渡る。

 咄嗟の判断で、優奈がドアから飛び出して行くのを、僕は目の端に留めていた。

 「こんなことをしても無駄だ」

 自らの手で割ったグラスで傷つけた腕から、血を流した苗代が僕に掴みかかって来る。

 不謹慎だが、この時は妙にその姿が、傑作に思えて仕方がなかった。

 「どうして?」

 半笑いで聞く僕に、苗代は本気で怒っている様子だった。

 「これ以上、俺を詮索するな。お前は、俺の言うことだけを聞いていれば良い。さぁ邪魔者は消えたぜ。話してもらおうか」

 観念すべきなんだろう。

 そう思いつつ、僕はもっと苗代を試したくなっていた。

 これはきっと僕と苗代のゲーム。

 お互い腹の探り合い、手の内の読みっこ。

 僕には負けない自信があった。

 神妙な顔を作り、僕は苗代の目をまっすぐに見る。

 思考なんてものは、そう容易く隠せるものではない。

 僕の目に、鈍い光が灯る。

 しばしの沈黙が続き、苗代の右頬がわずかに緩む。

 僕の負けだった。

 苗代の防御は固く、僕の付け入る隙はどこにもなかった。

 見えてくるのは、苗代が描く幻想の世界。

 不意に闇が訪れ、僕の思考が遮断される。

 甘い香りが鼻を突き、僕は母に抱かれている気持になっていた。

 頭を撫でられ、優しく諭され、僕はだったこのようにしゃくりあげ、そして許しを請う。

 そう、この絶対服従の関係はずっと昔から決められていたこと。変わることはない。永遠のもの。

 僕が話すこともない。苗代はすべてお見通しなのも、心のどこかで分かっているような気がしていた。

 

 この数日間、経験してきた一部始終をうわの空で話し終えた僕に、苗代が吐き出すように尋ねる。

 「それで全部か」

 僕は黙ったまま頷く。

 苗代は煙草をくわえたものの、ぼんやりと宙を見つめていた。

 「もし、その話が本当なら、目的は何だ」

 「分かりません」

 そう答える僕の目を探るように、苗代が睨む。

 「まぁいいや。コーヒー淹れてくれ」

 「コーヒーの前に、その手の手当の方が先でしょ」

 「ああ、これなら大丈夫だ。心配はない」

 血だらけになった手を流しで洗った苗代は、煙草を咥えながら掃除を始める。

 「呑気なものですね」

 「僕ちゃんこう見えても綺麗好きだから」

 「だったら、割らなければいいでしょ。そのタンブラー、結構高かったんですからね」

 「高いって言っても、億単位じゃないだろ? 僕ちゃんの場合、宇宙規模で言って貰わないと高く感じないんだな」

 「もう結構です。出血大量で、いっぺん死んじゃってください」

 「命は一つ、いっぺん死んだらアウトでしょ」

 憎々しげに笑う苗代を、僕は本気で殺してみたくなった。

 

 一瞬、そう一瞬だけだったが、油断する苗代の思考を、僕は読み取ることが出来ていた。


 掃除に没頭する苗代を僕は盗み見る。


 軽く目を閉じ、視野を深めていく。


 靄が開け、ぼんやりと人影が浮かび上がって来ていた。

 僕は眉を顰める。


 看護師が赤ん坊を連れ去った後、別の女性がその子を受け取り、看護師と目配せを交わす。

 その女性が乗って来た車から別の子が抱き上げられ、そのまま看護師の車は走り去って行った。


 そして、視界が真っ赤に染められ、僕は目を開ける。

  

 あいつの目的は何だ。見えそうになったのに、自分の手を痛めて解除するなんて……。

 

 急に眩暈を感じた、僕は頭を軽く振る。

 「大丈夫か」

 いつの間にか後ろに立つ苗代を見た途端、僕は気を失ってしまう。


 いつだってこうなんだ。大事な場面になると僕の視界は、闇に覆われてしまう。孤独の世界が一面に広がり、僕はその縁を危なっかしい足取りで歩く。光りが差す方向を探し、それが無意味だということを知っていながら。

 微かに浮かび上がる白い影。

 「……きみは誰?」

 ふっと視界から消え、その代わりに無精ひげを生やした苗代と目が合う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=670037458&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ