第四章 記憶08
静かに歩み寄って来た瑠羅が、微笑む。
「僕らは何のために、あそこに集められていたんだ?」
瑠羅が静かに首を振るのを見ながら、僕は深いため息を吐く。
「それで、なぜ僕に?」
「あなたにしか分からないから」
瑠羅の瞳に映る僕が、大きく揺れる。
僕はいつだってこの世にあるものすべてのことについて、あまり興味を持たずに生きて来た。これからもそれは続き、静かに見つめるだけにしようと思っていた。
目に映る母さんはいつだって、同じかで、暖かなぬくもりが、僕の心を抱きしめる。
それなのに……。
色あせた母さんがそこに居て、僕に話しかけてくる。
消去したはずの記憶。
思い出したくない言葉。
逃げ出したい現実。
あの日、僕を抱きしめた母さんは、
「ごめんね。しゅうちゃんは何も見えてなんかいない。それは全部夢。朝、目覚めれば何もなかった様に日常が始まるの。それでも事象が続くようなら、それは悪夢なの。また眠り直して全部忘れればいい。こんな、こんなはずじゃなかったのに……。ごめんね。ごめんね」
そう言って、僕を深い深い眠りに就かせた。
だけど、僕はとっくに目覚めてしまっていたことを、母さんは知らない。
外灯もなく、時折通る車のライトに照り出される僕を、瑠羅の思念が追いかけて来る。
「瑠羅?」
瑠羅の瞳は濡れていた。
僕は不意に体の自由を奪われ、目を見開く。
瑠羅の唇が重ねられ、僕の心の奥を探求し始める。
「止めろ。止めてくれ」
突き飛ばされた瑠羅が、悲しそうに僕を見つめていた。
暖炉の火を見つめたままの優奈の背中が、微かに揺れている。
「僕は、きみたちの要求を受け入れられない。そこまで調べられたんだ。二人で充分大丈夫だろう」
「そんなことを言って良いの?」
「どういうことだ?」
「私、知っているのよ。あなたが何をしようとしているのか」
瑠羅の言葉に、僕は動揺を強いられていた。
「あの通販会社の数字って、あなた、気が付いているわよね」
優奈もこちらを見ている。
「あれは国民全員のデータ―。すべて暗号化されているけど、ありとあらゆるものが入れられている。病歴から知能指数。念入りに調べ上げたデータ―。それを陰で操っているのが苗代庸一。もっとお話ししましょうか。あの空港での催事は、テロを警戒してあなたが配置されていた。いったい、苗代健吾は何者なの?」
「どうしてそのことを」
「偶然よ。兵藤を調べて行くうちに、苗代の名前が浮かんで来たの」
刺すような視線から逃れるように、僕は二人に背を向けた。
「あなたは私たちと運命共同体。普通には暮せないわ」
僕はその言葉を振り払うように、レンガの家を後にしていた。




