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レッドアイ  作者: kikuna
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第四章 記憶06

苦々しい思いで、僕は優奈の顔を見つめる。

 火が弾け、赤く火照った優奈の頬に、涙が数滴流れ落ちて行く。

 喉の奥が乾ききり、少しだけ痛んだ。

 僕は静かに立ち上がり、優奈へ背を向ける。

 それが僕が出した答えだった。

 「逃げるの?」

 その言葉は、僕の胸に刺さった。

 外に出た僕を、真冬の寒さが襲う。

 身を震わせ歩き出す。

 「待って」

 振り返ることはできない。

 明かりが乏しい夜道を、僕はひたすらに前だけを見詰め歩き続けて行く。

 突然、僕の目の中に一点の光が飛び込んで来る。

 一瞬グラつく頭。

 よろめきながら、僕は目を大きく目を見開く。

 何が起こっているのか分からないが、恐怖に駆られ、僕は来た道を振り返る。

 寒さで身が縮む。

 手に生暖かい感覚があった。

 自分の足音が煩わしく、耳の中にこだまして行く。

 荒い息遣い。

 暗がりに見える病院の文字。

 明かりが灯された部屋の窓。人影に息を飲む。

 焦りで汗が滲む額。

 身を屈め、止められた車へと飛び乗る。

 街中に入り、明るみに浮き出された顔。

 それは看護師の女だった。

 「これからどうするんだ」

 運転手の問いかけに、看護師は赤ん坊の顔を撫でながら答える。

 「出来るだけ遠くへ」

 「兵藤がそう言ったのか」

 「ええ」

 軽く舌打ちをした運転手は、それ以上何も言わなくなる。

 眠っていた赤ん坊は目を覚まし、そんな看護師の目をじっと見つめだす。

 「いい子ね。おとなしい子で助かったわ」

 疲れた顔で微笑む看護師を、まるで人形のように無表情で見上げる赤ん坊。

 無意識のまま読み取られる記憶を知る由もなく、看護師は赤ん坊の顔を見詰め続ける。


 ふてぶてしく笑う兵藤の顔が近づけられ、怯えるように頷く看護師。

 「良いかね、このことは内密に」

 「でも先生、奥さんがかわいそうすぎます」

 「かわいそう? あいつはわあたしを愛してなんかいない。このくらいのことはしてもらわんと」

 「ですが一度くらい抱かせてあげても」

 「諄い。余計なデーターを残すことはこの実験に悪影響を及ぼす」

 「しかし先生」

 形相を変えた兵藤が、看護師の胸ぐらを掴まれ、一瞬気が遠のく。


 「看護師さん」

 やつれた女性がそこには映っていた。。

 「主人は狂っている、お願いあの子を助けて。私、知っているの.あの人が私にしたことを。切迫流産に見せかけて、あの子を私から奪ったのよね」

 「奥さん、気を静めてください。良しであるご主人がそんなこと、するはずがないじゃありませんか?」

 「いいえ、あの人なら考えられる。だって私には見えるんですもの。あの人がゆらゆらと自分の子を揺らし、ほくそ笑む姿が」

 「奥様」

 「放して。隠したって無駄よ。私にあの子を返して」

 「すぐに先生を」

 病室にやって来た兵藤は有無も言わさず、鎮静剤を打ち、妻を眠らせる。

 「先生、奥様は何もかもをご存じのようで、私、恐ろしくて堪りません」

 「心配いらん。子供を失って、錯乱しているだけだ。もともと妻には妄想癖がある。いいかね、私を裏切れば、きみもただでは済まない」

 「わかりました」

 ふっと笑みを零す兵藤に頭を下げ、看護師は足早に病室を後にする。


 目が焼けるように痛む。


 不意に聞こえてくるノック音。

 僕は肩をビクつかせ顔を上げる。

 病室?

 兵藤とは違う医師。

 名札には采沢と記載されてある。

 采沢の瞳に、穏やかに微笑む兵藤の妻の姿があった。

 「上手く行きましたね。これからどうされます?」

 「私は、そう長くは生きられません。お約束通り、この目をあなたのお子さんへ移植してください」

 「そう上手くは行きません」

 「行きます」

 妻がにっこり微笑む。


 どうしてこんな記憶が僕に存在しているのか、理由は分からなかった。その理由を聞く前に、父さんは居なくなってしまった。母さんは、あの日以来、無口になり、僕の手を握る回数が減り、ついに言ったんだ。たった一言、ごめんなさいと。


 僕は母さんに14歳になるまで育てられた。

 僕の目には光は灯らない。

 移植は失敗に終わったと言うより、出来なかったと言うのが正しい。

 父は寸前のところで躊躇った。

 母さんが言うほど僕は不憫ではない。

 気配や臭いですべてを把握する。不便だけど不自由ではなかったから。

 

 父さんがいなくなった朝、母さんは穏やかな声で僕にこう言ったんだ。

 「大きな病院で、目を治してもらいましょうねって」

 そんなこと、僕は望んでいない。

 「母さん父さんは?」

 なまぬるい風が吹いていた。

 コトリとどこかで音がして、車が走り去る音が窓から聞こえて来る。

 「あなたはわたしたち最後の希望なの」

 夢の中で聞いた言葉が重なり合う。

 分からない分からない分からない。

 「ごめんね柊歌」

 遠くで雷が鳴る音が聞こえていた。

 扉が閉まり、見知らぬ男性が、僕の手を引き表へと連れ出す。

 「母さん?」

 振り返り言う僕に、母さんは手で口を押えていた。

 「母さんは悪くないよ。だから泣かないで。僕なら大丈夫。元々一人だったから」

 母さんに手を繋がれた瞬間、僕にはすべてが分かった。

 僕は存在すべきではない人間。


 僕はこっそりベッドを抜け出し、そっと窓を開ける。 

 開け放った窓から雨風が入り込み、カーテンを大きく揺らす。

 物陰に隠れて、僕はその様子を窺っていた。

 

 母さん、僕は全盲だって言ったのに、目が明かないのはそのせいだって、父さんも言っていた。なのになのになぜなぜなぜなんだ?


 家の前に車が止まり、中から数人の男性が入って行くのを見届けて、僕は一人、駅へと向かう。


 母さんが泣きながら、ごめんと言う。

 分からない分からない。

 あなたは最期の希望。

 聞きたくない。

 僕は耳を塞ぎ、全力で走り出す。

 「もうこうするしか」

 母さんダメだ。僕はそんなこと、望まない。

 鈍い感覚が手に伝わる。

 鼻につく土の匂い。

 

 「……母さん」

 肩を震わせている母さんが振り返り、明るい声を作る。

 「起こしちゃった?」

 「母さんごめんね」

 母さんは僕を抱きしめ、声を殺し泣いた。

 そして、その翌朝、母さんは何もなかったように僕を起こし、いつものように食卓へと導いた。


 言わなくても僕には分かる。


 容赦なく雨粒が僕を打ちのめす。


 分らない分からない分からない。僕は僕は……、誰?

 

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