第四章 記憶03
自分がなぜ、見知らぬ駅のホームに立っているのか、憮然としない様子の玲美は、電車に乗り込み、空いている席へ着く。
発車のベルが鳴り響く。
静かに扉が閉まり、列車が動き出すのを見届けた僕は肩を竦める。
「あいつ、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。念のため優奈が一緒に乗って行ったし」
瑠羅が直接、僕の頭の中に話しかけてくる。
大型スーパーの駐車場に車を乗り捨て、僕は怜美より数本遅れせた電車へと乗り込む。
どこか遠くへと消えてしまいたかった。例えそれが叶わぬ願いでも。シートに深く座った僕は、帽子を目深にかぶり直し、目を閉じる。
――そして浮き彫りにされていく、記憶。
うっつらうっつらする僕は現実と記憶の狭間にいた。
優奈は暖炉に薪を黙々と入れ、パチパチと音を鳴らし燃え上がる炎をじっと見ていた。
「……優奈?」
優奈が静かに立ち上がり、僕と向き合うように座る。
「母は躰が弱かったの」
優奈の哀しみに染まった瞳が、僕の目を捉える。逸らそうとする僕に、逸らさないでと優奈が叫ぶ。
「……子供を産むなんて、君の躰じゃ無理だ」
やつれ顔の男性が唸るように言う。
「私なら大丈夫」
目の前に広がったビジョンに優奈の言葉が重ねられていく。
「結婚して8年目でようやくできた子だったの私たち。不妊治療にも、だいぶ通ったみたい。元々心臓も丈夫じゃなかったし、パパは子供なんていなくてもいいって何度も言っていたけど、ママは納得しなかった」
「このままだと奥さんの命どころか、胎児にも危険が及びます。決断は早い方が良い」
医師の脅迫めいた言葉に、優奈たちの父親は、愕然となる。
「先生、何とか妻を、妻だけでも助けてください。お腹の子は諦めます。だから」
冷淡な表情で、医師は書類を父親の前に並べ、サインをと言う。
ほんの数分のやり取りだった。
「あの男は最低。弱っているパパの心に罠を仕掛けたのよ」
「罠?」
「心臓に加えて、脳にも何らかの病気があると言い出したの。ただでさえ不妊治療でお金がかかっているうえ、重ねられる治療費。ママ一人ならともかく、私たち姉妹までがお腹にいる。莫大な金額請求になると、散々ほのめかして、止めを刺したの」
僕は、その光景を知っていた。
優奈の父親は母親を説得するため、病室に戻る。
「通りかかったのが見えて、私が呼んだの」
小さく笑いかけられ、僕は幼いながら居心地の悪さを感じていた。そうなんだ。僕は、そこに居合わせていたんだ。
そう言う妻の顔をまともに見れず、僕の方に目を向け、寂しそうに微笑む。それから間もなく、母さんが僕を見つけ、病室から連れ出した。
「帰るのか?」
僕たちを見つけた父さんが、廊下を歩いて来るのが見え、母さんが僕の手を強く握る。 僕は驚き、母さんの顔を見上げた。
「これからのことは」
父さんがそう言いかけた時だった。
「嫌っ」
大きな声が聞こえ、騒々しい音が鳴り響く。
父さんが、ごめんと僕の頭を撫で、その病室へと駆けて行き、さっきの病室へと消えて行った。
そこから先は、僕の知らないやり取りもはずなのに、僕の記憶は鮮明にその光景を映し出していた。
「私の子供を殺すなんて、私は許さない。この子達は」
目を見開き、入って来た医師を見る。
「先生、何とか子供と妻が助かる方法はないのでしょうか」
錯乱して暴れ出した妻を憐れむように見る医師に、優奈の父親は縋り付く。
眼鏡の奥で冷たい目で笑った医師が、一つだけ方法があると言う。
「奥さんのお腹から胎児を取りだし、別々に育てる」
「そんなこと、出来るんですか?」
「出来ます」
「でも、多額の治療費とか言い出すんじゃ……」
医師がにやりと笑う。
「ご安心ください。研究中の治療法です。費用は一切かかりません。こちらの条件を飲んでくれると言うなら、今までの治療費も免除できるかもしれない」
「本当ですか?」
「あなた、騙されてはダメよ。私の子は私が護る」
点滴の管を引き抜き、よろよろと立ち上がった女性の足を伝い、血が流れ落ちる。
「まずい。ストレッチャーを持ってこい」
医師の唇がそう動くのを確認して、その記憶はフェイドアウトして行く。
思念が途切れ、僕は優奈を見る。
疲れた表情の優奈が、僕を見てにっこり微笑む。
「可哀相なパパ。嘘、つかれているのも知らないで」
「承諾書にサインをしてしまったんだね」
優奈がコクンと頷いた。
「どうしてきみがあの時、冒険を冒して、僕に近づいて来たのか分かった。兵藤の私物を僕に触らせて、これを見せたかったからだね」
今にも泣き出しそうな優奈が、頷く。
「私は瑠羅ほど強い思念波を出せない。こうするしか方法が見つからなかったの」
頬を濡らす優奈を、僕は無意識に抱きしめていた。




