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レッドアイ  作者: kikuna
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第三章 幻覚08

 「ごめん。何も思い出せないんだ」

 コーヒーを受け取りながら僕が言うと、優奈は大きく首を振って見せる。

 僕はぼんやりとカップの中を見詰めていた、と思う。

 わずかな衣擦れの音と、肩に伝わって来る振動に、僕は反応する。

 優奈が僕の瞳を覗き込んで来る。

 ほんの少しの間合い。

 どこからか聞こえてくるわずかな音が、二人の間に割り込む。

 優奈の唇が、ゆっくり動く。

 「焦ることはないです。でも、あなたには力を貸して欲しい」

 ボクノチカラ?

 目を反らすことなく、僕は頭の中で優奈の言葉を復唱させていた。

 「大丈夫、あなたしか出来ないの」

 ボクニシカ……。

 どこかから聞こえてくる音が、耳障りだった。

 僕の瞳に映っている優奈を闇が取り囲み、髪が大きく広がって行く。

 「思い出して」

 吐き気が僕を襲う。

 突然目の前に、憎たらしい笑みを浮かべた苗代が現れ言う。

 「俺に力を貸せ」

 チカラチカラチカラ。

 言葉が渦を巻き、僕に襲い掛かってくる。

 頭がすごく痛んだ。

 きな臭さが鼻を突く。

 刻まれた皺が闇にまぎれて、浮き立つ。

 「人間らしく生きれば良い。何も心配いらない」

 ざらつく記憶。

 グチャリと握りつぶされ、優奈の歪んだ顔が現れ、僕は耐えられなくなる。


 徐々に閉じた瞼に明かりが差し込む。

 目を開ける。

 突然目に飛び込んできた、心配顔の女の顔に、僕はキョトンとしてしまう。

 状況が上手く呑み込めずにいた。 

 「少し、あなたには時間が必要そうね」

 「誰?」

 女はケラケラと愉快そうに笑いだし、僕の頬を両手で挟む。

 「おばかさん。大事なこと、忘れちゃいけないでしょ」

 ますます謎が深まる。

 僕は無言で首を振り、女の手を払う。

 「それならそれで良いわ。私は瑠羅」

 上半身を置きあげようとした僕は、頭に痛みを覚える。

 「格好良かったわよ。ハードボイルドぽくって」

 半瞬ほど遅れて、僕の記憶が蘇ってくる。

 けたたましいサイレンと煙。

 カバンを抱きかかえ、僕は必死で走り続けた。

 手を掴まれ、僕を誘導したのは、にっこりとした瑠羅が首を傾ける。

 「笑いごとじゃない。きみだろ。あんな無茶な命令をしたのは」

 「命令? 違うは警告よ。あの男は危険よ。信じちゃダメ」

 怒った口調で言う瑠羅は、プイと横を向く。

 「あの人は確かに怪しいけど、そんな悪い人じゃないと思う。どうしてそんなことを言うの?」

 髪を指に巻き付け、瑠羅は口を尖らせる。

 一瞬目の前に広がった景色に、僕は慌てて目を擦る。

 なぜだ。

 瑠羅が僕の瞳を覗き込む。

 何の変哲もない部屋なのに……。

 緑の芝と白いブランコ。

 そして少女。

 酷く色あせた。そうまるで古い映画を見ているような……。

 

 「私たちの勘。ハズレだったのかな」

 艶めかしい表情を浮かべた瑠羅が、僕の肩へ腕を回してくる。

 「瑠羅」

 僕は静かに首を振り、その手を振り解く。

 ずっと昔にこんなことがあった気がする。

 瑠羅が不服そうに唇を尖らせていた。

 「あなたはいつもそう」

 突然耳を過った言葉に、僕はすっかり動揺してしまう。

 「でも大丈夫。そんなあなたも好きよ」

 楽しそうに話をする瑠羅。

 芝生に白地のワンピースが良く映えている。

 帽子のつばに隠れた顔。 

 遠くの方で僕の名前が呼ばれ、嬉しい気持ちが込み上げて、僕は振り返る。


 何だ今の?


 目を見開き、僕は瑠羅を見つめ返す。

 にっこりとした瑠羅が、僕の瞳に映る。

 「その顔、良いじゃない。そうこなくっちゃだわ。私、ずっとあなたが好きだったの。ずっと探していたんだから」

 「探すって」

 「知らない」

 音なのかと少女の顔を使い分ける瑠羅を、僕は呆然と立ち尽くす。

 プイと瑠羅は部屋を出て行ってしまう。

 分らないことだらけで、僕の頭はどうにかなりそうだった。

 一気に体力が奪われた気がする。

 どのくらいそうしていただろう。

 優奈と目が合い、僕は酷く動揺する。

 その理由が自分でもよく分からない。

 ただほろ苦いものが口いっぱいに広がり、僕の中のもう一人がそれを慌てて消去させようとしている気がした。

、「一つ、聞いてもいいかな?」

 テーブルにつきながら尋ねる僕に、優奈は少しだけ目を見開く。

 「瑠羅、あれは君だよね?」

 一瞬、表情が固まったように見えた。

 僕は何の気なしに、パンへ手を伸ばす。

 友菜は僕を見詰めたまま、しばらく動かずにいた。

 「やっぱりあなたの目には見えてしまうのね」

 透き通るような声が、心地よく耳の中で響く。


 ――多重人格者。


 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 「それは違うよ」

 少女の姿をした瑠羅が口を尖らせ、僕に抗議する。

 手を掴まれ、僕は目を瞠る。

 優奈の輪郭がぶれ始めだす。

 「来て」

 僕の手を取っているのは紛れもなく、少女の瑠羅だ。

 不意に躰の感覚がなくなり、宙に浮かんでいるような錯覚を覚える。

 少女の転がるような声が耳の中で木霊して行く。

 「瑠羅、瑠羅、きみはいったい」

 突然プツンと、僕の視界が途切れる。

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