序章03
きな臭さに、眉間に皺を寄せる。
起き上がろうとする僕に、まだ寝ていなさいと老人の声。
頭が、ガンガンに痛んだ。
「僕は……」
「あんた、そこで倒れていたんだばんげ。うわ言みたいに、匿って欲しいって何度も私に縋って泣きおるから、医者も呼べんかった」
ぼんやりとした視界に天井が見えた。木目がくっきりと刻まれている。きな臭いと思ったのは、囲炉裏に火をくべていたせいだと、しばらくしてから分かった。
「あんた、どうやってここまで来た」
「分からないんです」
僕は首を大きく振る。
何かから逃れて来たのは覚えているが、それが何だったのか全く覚えていなかった。
「ここは過疎地だし、隣近所と言ってもほとんどが空き家だから、何も心配は要らんだばんげ」
おばあさんはそれ以上余計なことは言わなかった。
それから、僕はそのおばあさんとの平穏な日々が続いた。
畑を耕し、田んぼで米を作る。僕はおばあさんの孫と偽って、買い出しに町まで下りることもあったが、誰ひとり疑う者はいなかった。
――三年が過ぎ、おばあさんが一枚のメモを残しこの世を去った。
僕は再び東京へ戻った。
けたたましい雑音に耳を塞ぎたくなる。最寄駅で降りた僕は、足早に自宅マンションに入って行く。郵便受けに、ダイレクトメールが溢れんばかりに溜まっていた。その中の一通に、僕は目を見張る。
感情。そんなもの必要がないとずっと思っていた僕に、一粒の涙を齎した。
藏下佳代。
僕のたった一人の理解者。