第二章 偽装10
予想もしなかった事態に、僕は呆然としていた。
苗代が帰って来ていた。
マンションのエントランスに下りて行くと、苗代が待ち構えていたように手を振って見せる。
「いや~部屋まで行っても良かったんだけどね。そう言うのって心臓に良くないかなと思って」
「充分、心臓に悪いです。大体何でいるんですか?」
「あれ~メール読んだでしょ。返信も貰っているし。もうあんなメール受け取っちゃって焦っちゃったよ」
きょとんとしている僕を見て、苗代は土産だとマカデミアナッツ入りチョコを手渡しながら、ニヤリと笑う。
「僕ちゃん素直だからさ。慌てて進路変えちゃったよ。でもそれで大正解。本当、着陸するのに何機も旋回を余儀なくされたって、管制塔にいる知り合いが話し聞いてびっくりびっくり」
「え?」
苗代を足止めにするつもりで打ったはずのメールが裏目に出た僕は、目を瞬かせていた
「なんか腑に落ちないって顔をしているけど。ああ疲れた。コーヒーを飲ませてよ。新幹線じゃ躰が休まんないよね」
「あの、こんな時間に着けれるような発着便ありましたっけ?」
呆れたように僕を見た苗代が、フウとわざとらしく息を吐き出す。
「僕ちゃん、こう見えてもお金持ちでしょう」
だからなんだって言うんだ。
上目使いで見る僕を、嘲るように肩を竦め、仕方ないか童貞だからなと言う。
かなりムッとした顔をしてやった。朝っぱらから何言ってやがるんだって、怒鳴ってやろうかと思うくらい腹が立った。
肩を竦め、僕ちゃん、プライベートジェットで帰って来ちゃった、と舌をペロッと出し、エヘヘヘと笑う苗代を見た僕は、殺意100パーセントに達していた。
だけど、一旦ここで言葉を切った苗代が感心したように、僕を見る。
「柊歌の才能には惚れ惚れする。タイミング良いんだよね。急ぎの仕事が入って急きょ日本に戻らなければならなくなっちゃって、さぁ出発しよと思ったら、このメールだもん。それに今だって、僕ちゃんがピンポン鳴らそうかな、と思ったら出て来たしね」
「違う。タイミングがいいのはあなたの方だ」
「そうかな。柊歌の方だと思うけど」
首を傾げながらそう言うと、苗代は僕の背中を押して部屋に逆戻りさせる。
「しかし、いい部屋じゃない。柊歌の年収いくらだっけ」
ソファーに座り寛ぐ苗代にコーヒーを入れながら、僕はため息をつく。
元々は家族で暮らしていたマンションだった。父が定年を迎え、その退職金でここを購入した直後、失踪してしまった。母はそれから3年後、理由も話さずに渡米。それからは音信不通になっている。おそらく生存しているのだろうとは思うけど、僕は何も答えずに、苗代にコーヒーを出し、ベランダへ出る。
外は快晴。青空が広がっていた。確かに風は強く吹いている。
僕は、あまり自分の素性を知られたくなかった。この場所に人が訪ねてこられるのも躊躇する。携帯で話す振りで、僕はコーヒーを飲む苗代を盗み見る。
指の先にじんわり緊張感が走る。
嫌な予感がする。
それは根拠のない確信だった。




