第二章 偽装08
その日は朝から風が強く、午後には雨が降る予報だった。
毎日、滿永は僕の居る催事場にせっせと足を運び、何かしら必ず買って行く。気味が悪く思った僕は、無理しなくてもいいですよ。とさり気なくお断りを入れるが、それは逆効果になってしまっていた。
「君が戻って来るって言ってくれるまで、僕はここへ通う。って言ったらどうする?」
青筋が立った滿永の笑顔が恐かった。
「どうして、僕なんですか? もっといい人材はいるでしょ」
「いや、君以上の人はいないと思う」
真顔で言う滿永に、僕は引きつり笑いをする。
ここでの日程は、あと一週間。
この顔をあと、五日は見なければならない。そう思うとぞっとする僕に、朗報が飛び込んでくる。
野島に頼まれたと言う手鏡と漬物を僕に渡しながら、滿永が実に残念と言い出したのだ。
驚いた顔をする僕に、満永は愁傷な顔で話し始める。
「実はね僕、転勤が命じられてしまって、ここに来るの今日が最後。君と会っていると、心が和んで良かったんだけどね」
心の中で歓喜の声を上げた僕は、自ずと対応が明るいものとなる。
釣銭を返す声が明るい僕に、満永は寂しげに微笑む。
「なんか、嬉しそうだね」
「いや~そんなことはありませんよ」
ヤバい。顔が緩んでしまう。
「そこで提案なんだけど、今日、昼飯を一緒に食べない。僕の送別会という名目。是非、僕の門出を見送って欲しい」
釣銭を渡す僕の手を握り言う滿永に、僕は唖然となる。
僕は大事なことを忘れていた。
この人は、ただでは立ち上がらないタイプだった。
断ろうとする僕を、それはそれは悲壮たっぷりの目で満永は見つめてくる。
尋常じゃない雰囲気だったのは、否めない。勘違いされてもしょうもないこと。
「う、采沢さん、ここは大丈夫です。休憩、行って来て下さい。なんならそのまま」
「そう悪いねぇ」
僕は恨めしく、翠川を見る。
何を思ったか、どうぞどうぞと言う仕草をする翠川に、僕は大きく項垂れる。
容疑者がまるで連行される気分で、僕は満永に腕を取られてしまっていた。
僕はふと足を止める。
ん? と満永が僕の顔を覗き込む。
展望台の人影に、僕は見覚えがあった。
彼女が踵を返し、僕の横をすり抜けて行く。
僕のそれは確信に変わる。
あの日、通販会社へ忍び込んでいた彼女に間違いなかった。
すれ違う間際、彼女がチラッと僕を見る。
僕は目を見開く。
そんなはずがない。
違う。
記憶なんてもんは、曖昧で不確かなもの。
何かが違っていた。
その何かが思い出せない。
顔がそっくりなのに、醸し出す雰囲気がどことなく違うのだ。
「どうかされましたか?」
満永に尋ねられ、僕は苦笑いを浮かべ、顧みる。
もうそこには彼女の姿はなかった。
「采沢君も隅に置けないねぇ」
「何がです?」
「さっきの人、きれいだったもんな」
「ち、違いますよ。勘違いしないで下さい。一度、どこかで会った気がしただけですよ」
確かあの時の彼女は、髪は短く、とてもとても後ろで一つに編み込めるような長さではなかった。着ているものも、全く正反対。大きくスリットが入ったスカートを穿くような感じではなかった。少なくてもあの日の彼女は、黒色のジャンバーで……。そこまで考えた僕は、眉を顰める。
「何なんです。そんな難しい顔をして」
暑苦しい顔を近づけられ、僕はいよいよ気分が悪くなる。
……おかしい。記憶がざらつき考えが一つにまとまらない。
それが何を意味しているのか、その時の僕は知る由もなかった。




