第二章 偽装07
「いらっしゃいませ」
一オクターブ高い声を出すのが、売り子の鉄則。隣に立つ翠川は忠実にそれを守っている。
男である僕がそんな声を出そうものなら、ドン引きされてしまうのは重々承知している。ここは元気よく、いや違う。威勢よくだな。
「いらっしゃい。どうぞご覧になって行ってください」
やけくそにがなり立てる僕を見て、翠川がくすくすと笑う。
それは一週間前、ハワイへとバカンスに出掛ける支度をしている苗代が思いついたように、僕ちゃんは頑張ったご褒美で遊んでくるけど、采沢はサボってたよな。とうとうレポートも提出しなかったし。と僕の顔を見ずに放った言葉に、無言でいると、采沢柊歌君。手を休めた苗代が、僕を見てにっこりと微笑む。
「きみに選択肢を与えよう。僕ちゃんのパパ、庸一の秘書手伝いをするか、エキビジョンの手伝いするかだ」
「エキビジョンって、何のですか?」
さあと首を竦めてみせる苗代に、僕は細やかな殺意を抱く。
空港に設けられた、催事場での民芸品の展示と販売活動だ。
取材協力のお礼に、人手を貸す約束をしていたと言うが、どうも怪しい。僕が勤め出してから東北関係の仕事をした覚えがない。それに、民芸品を売るのに、どうしてこの寄せ集めのような、アルバイトの翠川と僕で待かわなければならないのかが理解し難い。僕が察するところ、ここなら一目につきやすく、見張りを立てやすいと言うのが妥当な線だと思う。
僕は、あの一件から信用を無くしている。
背広姿の難いがいい男を目にするたび、僕は嫌悪感に陥る。
人が苦手な僕としては避けたい職種だったが、それでも僕はこちらの仕事を選ばなければならなかった。
それに輪をかけて嫌なのが苗代の父の存在だった。直接会ったことはない。顔を知っていると言うだけで、どんな政治家なのかさえ知らない。というか興味がない。そんな人の雑用をする気にもなれない。単純明快な答えだが、僕にとっては重要ポイントだった。
「はい、これとこれ下さい」
声を張り上げていた僕は、にこにことする見覚えある顔に目を見開く。
「滿永さん」
「あれからきみがいなくなって、大変でしたよ」
かなり後退してしまった額に、うっすらと汗が滲み、米神に青筋が立っている。
スイマセンと言いながら、耳かきとせんべいを袋に入れる。
「本当にさ。黙っていなくなっちゃうんだもんな」
会計金額を言う僕に、滿永はもう一度戻って来てはくれないかと言う。
どうしてここまで、僕に拘るのか分からない。
「無理です。僕、借金あるし」
滿永の顔を、僕はまともに見られなかった。
何となくどんな反応するかが分かっていた。
「あれは……」
滿永が口淀む。
滿永はお金を受け取っていない。受け取ったことにしとけと命じられただけで、訴えると言う話も嘘だ。苗代の筋書きに滿永は口を合わせろと、その報酬で小遣い程度の金を無理矢理ポケットにねじ込まれただけだ。たぶん、苗代は、僕が見破っていることにも気が付いている。というよりもそれも筋書き通りのはず。だけどそんな回りくどいことをする意味が、僕にはまるで見当がつかなかった。




