第二章 偽装06
ああ不条理だ。
僕はぼんやりと、不機嫌に振る舞う苗代を眺めていた。
「俺の見立て通り」
仕立て屋で、僕のスーツをいつの間にか作らせていた苗代が、歯を見せて笑う。
政治家の秘書補佐なんて、僕に勤まるはずがない。
テーブルに広げた資料眺め、ため息をつく。
「早くしてくれないかな。だてに雷に打たれた訳じゃないんだろう。ビビってなんか迸るものが、浮かんだりしないのかよ」
呑気に煙草を銜えながら言う、苗代を僕は睨む。
「そういう態度、良くないなぁ。仕方ないか童貞君だから。そんじゃ出かけますか」
「どこへですか」
「捜査が行き詰まったら、現場に戻る。と言うのが刑事の鉄則だ。足で稼ぐんだよ情報って奴は。そんなことも忘れてしまったのか童貞」
「そのキャラ設定、辞めてもらえませんか」
苗代は煙草をもみ消し、結構気に入ってんだけどね~と笑って言う。
とにかく、そう言いながら苗代が真顔で、締め切りが近づいているんだ。取材に行くぞ。と僕の首根っこを掴む。
力なく、僕は猫のように、苗代の運転するシルバーのセダンに乗り込む。
最近、苗代は派手なスポーツカーもベンツも乗り回さなくなっていた。もっぱらこのごく普通の自家用車を使っている。しかも至ってくだらない理由で。
僕ちゃんが引きたたないからだそうだ。格好いい車に格好いい男が乗っているのは、当たり前すぎてつまらない。このごく普通車から、格好いい男が現れた方が女受けは良いだよね~。そんなことをのた打ち回ってみせたが、僕がどうしても右側の助手席に慣れないせいだと、直感的に分かっていた。
運転免許は、苗代の事務所を通うようになってから強制的に取らされていた。自分から運転する気になれず、もっぱら後部座席に収まっていたが、どうしてかそれを苗代は嫌った。
あれから幾度も足を運び、取材を続けている。苗代がここにこだわる理由は、はっきりしない。
鼻歌を歌う苗代の顔を盗み見る。
煉瓦つくりの家が見えて来た。
この家から、人が出て来るのを一度も見たことがない。僕はこの家のことも、研究所の看板のことも、苗代には話してはいない。
結局、苗代は僕のレポートを見ることなく、ミステリー小説を書き上げ、僕に新たな仕事を命じ、自分だけハワイ旅行に出かけて行った。
飛び立つ飛行機に、僕はバカヤローと叫んで見送る。




