第二章 偽装03
フロントガラスに大粒の雨が落ちだし、辺りが真っ暗になって行く。
外灯がない道は、あっという間に闇に包まれ、何も見えなくなってしまっていた。
辛うじて薄明りに照らし出された、魚住雅代の墓がある寺院の前を、通り過ぎる。
「良いんですか?」
嫌味のこもった声でいう僕を、苗代は無言のまま車を通過させていく。
僕は、僕についても良く分からないのに、この苗代のことを理解しろと言うのは無理な相談というものだ。ましてや、同じ空間を共にするのはキツイ。はしゃいでいたかと思うと、気迫のようなものを漂わせ、近寄りがたい空気を醸し出す。多重人格者なのかもしれない。話をすると言う雰囲気ではなかった。フロントガラスを滝のように流れる雨水。ワイパーなど何の意味もない。車を走らせるのを断念し、道幅が広くなっている場所に車を寄せ止めた。
カーラジオも点けず、おそらく携帯の電源も落としているんじゃないかと思うくらい、車内は静かだった。
「あのぅ」
この沈黙に耐えられなくなった僕は、おずおずと口を開く。
擦れた僕の声は、雨と雷の音でかき消され、苗代には聞こえなかったようだ。
「あの」
もう一度言う僕をチラッと見ただけで、苗代は黙ったまま正面を見たままだった。
「ホテルにいた女性は、本当は何者なんですか?」
何かを思いついたように苗代は、FMを点けると、軽快なリズムに合わせハンドルを握ったままの指で、小刻みにリズムを取り始めた。
無視するつもりだと思った僕は、ムスッとしてシートに身を沈める。
「何でそんなこと訊く」
聞こえているならさっさと答えろ。と言いてやりたかったが、ちょっと。と言葉を濁す。
躰までリズムを取り出し、僕は込み上げてく怒りを必死で堪えようとしていた。
「ただのコールガールだよ。あっ、違うな。10万もしたコールガールだった」
「そんなこと訊いていません。それに部屋代込みで10万って、この前は言っていたじゃないですか。どうして、そうコロコロと、話しを変えてしまえるんですか」
「お前だけには、言われたくない。人の行為を踏みにじるような童貞野郎に、俺を批判する権利も資格はない」
「またそれですか」
「それともあれか。今頃になって彼女のおっぱいが恋しくなったか」
「ち、違います。ちょっと彼女の夢を見たから……、それが意外な姿だったから気になっただけです。もういいです。僕、ここで降ります。あなたが受理しようがしまいが、僕はあなたの事務所を辞めました。もう関わって来ないでください」
勢いよく車を飛び出した僕は、坂を駆け下りる。
駅に行くつもりだった。運が良ければバスが来る。また手を上げて、乗せてもらえばいい。僕は淡い期待を抱きながら、時折落ちる雷音に躰をびくつかせながら、足を止めずにいた。
雨にだんだん体温を奪われて行く。視界が悪く、足が縺れ何度か転ぶ。背の低い木を見つけた僕は、一先ずそこへ逃げ込むことにした。
安易な考えをしてしまうのが、僕の悪い癖。
冷静に考えると、この状況がまずいのは分かったはずだが、冷え切った躰で走る気力はもうどこにない。寒さで震えが止まらずにいる。
辺りを明るくする稲光を見た瞬間、もうダメだと僕は思う。




