第二章 偽装02
僕には癖があった。
昔々の話だ。
目を開ける前、10数える。
母がそうさせたのか、それとも自らそう仕向けたのか、記憶は定かではない。
慌てず、ゆっくるゆっくり怖がらず。
見えてくる現実を受け入れるための、儀式。
だけど、僕にはそんな儀式は必要がない。
ん?
儀式って、なんだ?
記憶なんてもんはいつだって曖昧で当てにならない。やれやれ、目覚めることにしよう。
冷静な僕が、囁く。
そして僕は重い瞼を上げる。
見慣れた天井が見え寝返りを打った僕は、窓から差し込む光を見て安堵する。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、一気飲みをする。
ベッドの脇、サイドテーブルに置かれてあった腕時計を嵌め、そのまま頭を抱えベッドに座り込む。
まったく嫌になってしまう。だから僕は僕についての説明書が欲しいと言うんだ。
勢いよく苗代の事務所を飛び出した僕は、もう二度と戻らないつもりでいたのに……。
滿永の目をかいくぐり辞表を出したその翌日、今度こそはまともな仕事を探そうと、勇み足で駅に向かう僕の目の前に、苗代が現れた。
革ジャンにジーンズ姿という、普段とは違う出で立ちをした苗代が、何もなかったように、ヨッと手を上げる。
「もう休暇はおしまいだ」
「これって拉致監禁ですよね」
強制的に、助手席へ座らされた僕が声を荒げた。
「それは違うだろう。僕ちゃんは、可愛い部下が無断で何日も会社を休み、それを心配して探しにに来たところ、無事発見。支離滅裂なことを口走るので、保護に至った。分かるか? これは保護。間違って貰っちゃ困る。僕ちゃん、悲しくて泣いちゃうから」
ハンカチを銜えるジェスチャーまでしてみせる苗代を、僕は白い目で見ていた。
この人のキャラ、どうにかして欲しい。
半分殺意を抱きながら、僕は極力、冷静を保つために一呼吸置く。
「僕の辞表、見ましたよね?」
「見たよ」
「だったら」
「見たと言っただけで、受理するとは言っていない」
「はぁ?」
目をひん剥き、口を開きかけた僕に苗代は、じゃあ行こうかと言って車のエンジンをかける。
「行くって」
「取材。誰かさんが抛り出すから、僕ちゃんが行く羽目になっちゃって、もう大変。ああそうそう、何さんだっけ、通販会社の」
「滿永さん」
「そんな名前だったかな」
「滿永さんがどうかしたんですか?」
「不法侵入で訴えられたくなかったら、きちんと出社するようにだってよ。まぁ俺が一応、話をつけたけど、結構高くついたんだよね~」
「不法侵入って……。僕は辞表を出しに行っただけで」
「だから言っただろ。出したって、受理されなければ、ただの紙切れなんだよ。ちなみに俺の方のは、シュレッダしちゃたけどね」
真顔になった苗代が、僕をギロリとみる。
僕は絶句する。
苗代は勝ち誇ったように口笛など吹きながら、車線変更させ、田舎道へ車を走らせていく。
常緑樹の緑に交じり、研究所の看板文字が見えて来た。
レンガの家の前を通り過ぎる。
くねくねと曲がりくねった山道を、スピードを落とさずに上って行く。
もう彼岸花も終わりなのだろうか。観光客の姿もまばらで、あの赤々とした風景もくすんで見える。
苗代の顔を見るのも嫌だった。ましてや話をする気にもなれない。この男は、何を考えているのかさっぱり、僕には分からない。
クローンカンパニーの趣旨も分からないまま、就職させられてしまっていた。
どうして僕は反論が出来ないんだろう……。
情けない。
膨れる僕に、苗代が嬉しそうに笑う。
「お仕事お仕事。君と僕とでお仕事だ~。フフフフ~ン」
鼻歌を歌われ、僕は腹が立った。
消去すべし。
僕は強く瞼を閉じる。
これで良し。




