序章01
生きる孤独みたいなものが伝わったらいいな。と思いつつ書きました。
この空の彼方に何があるんだろうなんて、考えたこともなかった。晴れようが雨が降ろうが、そんなのどうでも良いこと。
雑踏。充満する音。排気ガスの臭い。人の意思や感情に、何の意味があるんだろう。
僕はいつも、そんなことを考えていた気がする。
横断歩道を、音楽に急かされながら渡る。
誰かが差しのべる手。払いのけてしまいたい衝動に駆られながら、僕は、絞り出すように礼を言う。
人生は常に戦い。この世の中、平等じゃないのが平等。点けっぱなしのテレビから聞こえて来る興奮しきった声。僕は顔を顰める。
勝ち負けなんてどうでも良い。何の価値があるというんだ。繰り返し、巻き起こる疑問符。導き出される答えなんてないんだと確証したのは、真冬の空が、皮肉にも春を思わせる暖かさを感じさせた日だった。
父さんがいなくなった。
母さんが、僕のくたびれた靴を見て、新しいものに変えようと言い出した翌日だった。
朝を告げる明るい母さんの声に起こされた。いつも通りの光景。
何かあったの?
喉まで出かかった言葉は、すぐに自分の中にしまわれる。
僕を布団から引きずり出した、母さんの手は冷たく、微かに震えていた。
僕はその日から、何百通りもの仮定を立てた。どうして父さんは家を出て行かなければならなかったのか。
でも、本当は分かっていたんだ。父さんが出て行ったのは、僕に原因がある。
母さんは何も言わなかった。ただ黙って、その事象を見つめていたんだと思う。僕の心は置いてきぼりのまま、その事象は姿を変えて、僕の前を通り過ぎて行った。ただそれだけのこと。感情なんて必要なかった。
いつだって僕はそうやって、生きて来たんだ。たとえ、それがどんな事象であっても、淡々と、目の前のものを片して行く。
だから……。
その日も、僕は目の前で起きる事象をただ、黙って見つめていた。
母さんは、何かから逃れたかったに違いない。とそう思うことで解決した。
ゆっくり日差しが傾く公園。犬を連れた少年。ライラックの臭い。
少し悲しい目をした母さんが、僕をじっと見ている。
「こんなはずじゃなかった」
夜空に輝く星だって所詮、ガスや塵の寄せ集め。人の感覚なんて当てにならないもの。クラクションを鳴らされ、道の端に避ける。他愛もない会話。ああだからと言って、生きることを悲観しているわけじゃないんだ。
もやがかかった視界にぼんやり浮かぶシルエット。徐々に明るみを増す部屋。たどたどしさがなくなった僕の足取りは、以前とは違う。
生きる意味など見いだせなくても、僕はこの一歩を踏み出す。
それが、僕が出した答え。
目的なんかなかったんだ。今までの自分を振り切りたくて、僕は人混みに紛れる様に街をさまよい歩く。その日も同じだった。霞が関から赤坂見附に出て、半蔵門に向かった僕は、一人の女性とすれ違う。
言葉を交わすこともなく、何となく目が合った僕たちは、軽く会釈をし、すれ違って行く。
そんな出来事は、いくらだってある。ばつの悪さからの行動。特別な意味なんてなかった。
地下鉄のホームに降り、電車に乗り込んだ僕は目を閉じ、その記憶は葬られる。
全てが白紙になる。