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At the sunny side 3

あの猫、いったい、どうやって始末してやろう。

僕は、いつ見ても母の膝に乗って僕に牙を剥く、物凄く不細工なつぶれた顔のペルシャ猫を見遣った。

あの猫は只者ではない。

何しろ僕の仕掛ける死のゲームに、何故だかいつもギリギリの量で気づくのだ。

今回こそ、ようやく僕の勝ちだと、母に気付かれないように勝利宣言の笑みを浮かべた。

そのとたん、猫が母の膝から飛び降り、居間の片隅に置かれた猫用のトイレに駆けていき、勢いよく吐しゃする。

「チッ」

僕は思わず小さく唸った。

あの猫、又しても寸でのところで僕の企みに気付き、見事に生還を果たしたのだ。

「もう!ウイリアム、貴方また私のセバスに、何か良くないものを食べさせたのね!!!」

苦しそうに何度も吐しゃを続ける愛猫を案じて、母が駆け寄る。

胃の中が空になっても吐くのを止めない愛猫の背を、心配そうに母の手が撫で摩り、まるで僕のしたことを言いつけるように、弱弱しく猫が鳴く。

「かわいそうに・・、私のセバスに何をしたの!」

お察しのとうりですよ、母上。

その憎らしい猫に、何度目かの毒薬を盛ってやったというのに、寸でのところで気づかれました。

とは、流石に言い出せなかった。

母の瞳は猫を案じて既に濡れており、このままではその瞳から大粒の涙が零れ落ちてしまう。

僕は、母の涙が何より苦手なのだ。

母に泣きだされてしまったら、どう対処したら正解か解らない。

だから知らん顔で視線を外す。

吐ききった猫の口を自分のハンカチで拭いながら、母が猫を抱き上げその頭にキスを落とす。

にやぁと小さく鳴く猫が、一瞬僕を睨む。

(殺されてたまるか!あのくそガキが、また私を殺そうとしたんです~~!!助けてください、ご主人様!!)

とでも言いたいのか、弱って死にそうに小さく鳴いたくせに、金色の目だけはぎらつかせて僕を見ている。

「クロウド、お水をちょうだい」

母は猫を抱いたまま、足早に居間から出ていく。

母の肩口から顔を覗かせて、猫が笑う。

(お前の負けだ、クソガキ)

ニャーと一声高く鳴いた猫が、僕に勝利宣言をした。






「くそっ、もう少しだったのに」

もう何度、同じセリフを言っただろうか。

毎回別の毒を用意して、自然死に見せかけて毒殺しようと企んでいるのに、何故だかいつも失敗に終わる。

この僕が、毒を選ぶところから自の手でしてやっているというのに、しかもそれだけでは飽き足らず、毒の分量から餌への混入まで、注意深く、すべて僕のこの手で行っているのに、何故だか猫に気づかれる。

「まさか、猫という種族は、毒への耐性がそもそも高いのか」

僕は独り言ちる。

これまでも、何種類もの毒を少量ずつ試してきた。

一度に殺せる分量だと、母に犯人は僕だと名乗り出るようなものなので、そんなミスはしない。

死なない程度の微量な毒を長期間に渡り摂取させ、徐々に弱らせ、最後にはほんの少し過剰に毒を混ぜるのだ。いい所まで追い詰めたのに、まさか、最後の最後で気づかれるとは。

「僭越ながらウイリアム様、古代エジプトでは、毒味役に猫を宮廷で飼っていたと聞きます。様々な毒を試すあまり、図らずとも耐性がついたのでは?」

僕の執事が、ほんのり微笑みを浮かべて指摘する。

つまり、用心に過ぎた僕が、敵を鍛えてしまったのだと。

「くっ、・・不覚」

自然死に見せかけるために仕掛けた罠が、みすみす敵に塩を送ってしまっていたとは、愚かにも気付いていなかった。僕は人間相手ならまずしそうもないミスを、犯していたのだ。

相手が猫だと油断して。

「あの猫、僕に殺されそうなことに、本能で気付いているのか」

ふてぶてしい遠吠えが聞こえる・・・気がする。

いつか、あの忌々しい猫の暗殺を必ず成功させてやる!

何度目かの誓を、僕は僕自身にする。

僕を挑発するように鳴く、あの猫の息の根を完全に止めてやるのだ。

しかも、母上には決してばれないように仕留めなくてはならない。

そうでなければ僕の負けになってしまう。

僕は、人間にも動物にも、誰にも負けたりしない。

この世で僕にかなう何かなど、決して認めない。

憎らしい猫に勝つため、僕はまた別の毒を用意することにした。そのためだけに僕専用のPCを開け、人間用の医薬品検索を開始した。










「ねぇ。起きて」

誰かが、僕の肩に触れた。

「貴方でも、苦手な事があるのね」

くすくすと意外そうに、誰かが僕に語り掛けている。

僕は、朝が嫌いだ。

生まれつき血圧が極端に低いため、太陽が憎いとも思えるレベルで、朝が嫌いだ。

この家の者なら下男まで知っている事実を、この声の人物は知らないらしい。

誰だかさっぱりわからないが、どこかで聞き覚えのある声で、誰かがまた僕に囁く。

「ねぇ、起きてってば」

何故だか声の主は、僕に対してとても馴れ馴れしい気がする。

そう思った瞬間、ある人物の声と顔が僕の中で一致する。

頭が割れるかと思うほどの激痛に襲われながら、まさかの事実を確認するために、のろのろと起き上がって蹲る。

そこにいたのは、やはり婚約者どのだった。

「っつう、・・・どうして、君がここに?」

来ているなんて、聞いていない。

薄暗いぐらいが丁度いい僕の寝室が、何故だか光に支配されていた。

しかも、その中心に婚約者かのじょがいる。

僕を、有害でしかない光から守るために備わっている、天蓋付きベッドの少しばかり厚手のカーテンまで開け放して、洪水のような光を浴びて、彼女が何故だか僕に微笑んでいる。

「貴方にも、特別なものがあったのね」

僕の質問には答えずに、彼女が何故だか嬉しそうに呟いた。

「何の話だ」

僕は苦手な朝の光に翻弄されながら、光の中で微笑む婚約者に疑問をぶつけた。

彼女の視線が僕の右手の辺りに落ちている事に、遅ればせながら気付いた瞬間、僕は狼狽えた。

「言うな!」

「その子、エディっていうの?」

僕の声と、彼女の声が重なる。

僕は人生で初めて、顔を真っ赤に染めて、無粋にも勝手に僕の寝室に侵入してきた、婚約者という名の女を睨んだ。

僕の右側には黒茶色をした熊のぬいぐるみが、半分以上埋もれたままそこにある。

「どうして君が、名前まで知ってるんだ」

「だって貴方が、”もう少し寝かせて、エディ”って、寝ぼけて何度か言ってたから」

彼がくっと、息を呑む。

私としては、子供らしい彼の一面が見れた喜ばしい瞬間なのだけど、どうやら彼には物凄く、屈辱的なことだったらしい。

私は彼を慰めるために言葉を探した。

「大丈夫よ。小さい子は誰だって、特別なお友達がいるものだし。熊のぬいぐるみだって、ごく普通よ!」

私的には最大限、彼をフォローしたつもりだった。

だがどうやら失敗だったらしい。

彼は悔しそうに、右手で顔を半分隠したまま小刻みに震えている。

「そんなに気にする必要はないわ、貴方まだ、子供なんだから」

かえって普通だろう。

彼がどんなに天才でも、まだほんの6歳の子供なのだから。

私の考えなど全部お見通しの彼が、顔を隠したまま、

「僕は、そんなに子供じゃない」

とまるで怒っているかのような声音で呟く。

右隣に埋もれるように隠れた熊のぬいぐるみを拾い上げると、何故だか私に、無言のまま差し出す。

受け取っていいのか受け取らない方がいいのか、わからずに彼を見詰め返した。

よく見ると、彼はうっすら涙を浮かべているようだった。

それを私に悟られないように必死で顔を半分隠して、

「君に、やる」

と低く呟く。

「えっ?」

「僕にはもう、必要じゃ・・ない」

君に見られてしまったから。

と、彼が言ったような気がしたけど、どうやら気のせいだったようだ。

俯いたまま彼の右手は小刻みに震え、私に受け取れとぬいぐるみを突き出す。

受け取るべきか悩んでいたら、彼は痺れを切らしたのか、大事にしていただろう熊のぬいぐるみを、何かを振り切る様子で壁に向けて投げつけようとした。

「待って!わかったから。私がその子貰うから」

慌てて、彼からぬいぐるみを受け取る。

彼は俯いたまま体を固くしてじっと動かない。

気まずい空気が部屋中に充満していく。

やがて彼が私に背を向けて

「出てってくれ。ここは、僕の寝室だ」

固い声で私に言った。

その声に弾かれて、私は熊のエディを胸に抱いたまま、足早に彼の寝室から出て行くために歩き出す。

寝室の扉に手をかけたところで、なんだか恐る恐る彼に振り返った。

「貴方のお母さまに頼まれて、貴方を起こしに来たのだけど・・、ごめんなさい。貴方が、朝に弱いと知らなかったの」

彼の背中は、何も変わらずそこにあった。

冷たく凍ったまま微動だにしない。

そして何一つ私には応えてくれなかった。

その頑なな背に、何故だか私の口から言い訳がついて出てくる。そして、受け取るべきか悩んだ熊のぬいぐるみへのお礼が、自然に溢れた。

「それと・・・熊のエディ、ありがとう。私がこの子、きちんと可愛がるから」

胸に抱いた、黒茶色の子熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

彼の背中は微塵も動かない。

ただ物凄い威圧感と、私を拒否する空気感だけがはっきり張り付いている。

「早く、・・着替えてきてね。貴方のお母さまが、貴方を待っていらしゃるから」

振り返らないその背に、最初の目的をようやく告げて、重苦しい扉を開けて出て行く。

彼は、一言も、私には口を開かなかった。




朝に弱いという致命的な弱点を知らてしまっただけでも屈辱的なのに、その上この僕が、熊のぬいぐるみを愛玩している事実を知られ、あまつさえ目撃されてしまった。

あり得ない失態に、怒りを通り越して情けなくて泣けてくる。

こんな気分になったのは、おそらく生まれて初めてだ。

いつぞやの執事の忠告が僕の頭に木霊している。

『お早く手放しませんと、揶揄いのネタにされてしまわれますよ』

「・・屈辱」

クロウドは、もうすぐ入学することが決まっている高大統一校の寄宿舎生活を案じて、そう僕に忠告してくれていたのだが、まさかその前に、自分の屋敷で辱めに合わされるとは思いもしていなかった。

「最悪だ・・」

頭ががんがんする。

しかも、名前まで知られてしまった。

何故僕は、アレの名前を、あの日変更しておかなかったのだろうか。

彼女が知るはずもないが、あの熊の名前は今は誰も呼ぶことのなくなった僕自身のファーストネームと、

奇しくも同じものなのだ。




ようやく、主人公である少年の本当の名前が出てきました。

彼の名前は、エドワード・ウイリアム=ド=ヴィコルトというのが正式名です。

彼は、もうお気づきだと思いますが、自分の名前が大変気に入っていません。


理由は次回のお話に書いてありますので、次回までお待ちください。




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