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At the sunny side 1

この話は、”愛しいキミは・・”の番外編です。

そちらも読んで頂いたほうが、より楽しんで頂けるように書いていくつもりです。

もし本編をお読みでない方は、時間がおありの時にぜひ読んでみて下さい。


因みにこちらの話では、ジェニーの祖父と祖母の世代を描いています。

徐々に三角関係に発展していく予定なので、予防的にR15指定にしておりますが、

大した展開ではありません。(ただし、BL展開ですけどね)


こちらはあくまで番外編なので、毎月一回だけのUPを予定しております。

それをご了承の上でお読みください。


「君は僕のことが、・・好き、なのか?」

女の子のようにかわいい大きな瞳を、不思議そうにして、尋ねる。

綺麗な宝石のようなエメラルドグリーンの瞳に、自分の顔が映っている。

じっと見詰められて、鼓動が跳ね上がる。

けれど、けして気付かれる訳にはいかない。

だから、微笑んでなどあげない。

出会ったばかりの許婚に、とんでもないことを平然と言うこの子供に、屈服するわけにはいかない。

つんと、そっぽを向いた。

けして、好きになんかならない。

親たちの都合で、人生の大半を決められてしまうとしても、心まで渡しはしない。

私にも、誰を好きになるか、選ぶ権利ぐらいある。

だから、絶対、好きになんかならない。

きらきらと輝く王冠のような金髪を豪華に揺らして、天使のように愛らしくて美しい、だけど、意地悪で傲慢な男の子が微笑んでいる。

私は、その魅力的な笑顔に、顔中くしゃくしゃにして思いっきり舌を伸ばしてみせた。

男の子は、なんだかとても不思議そうに、私の悪態に歪んだ顔をしげしげと見詰めた。

「この僕に、そんな顔をして見せる人間に、初めて合った」

バカにしているのかと憤慨して睨み返したら、男の子は何故か、とんでもなく楽しそうに頬笑んで、

「僕はいつも退屈してるんだ。でも、君を見てたら、退屈しないで済みそうだ」

とついうっかり、見詰めてしまうほど鮮やかに微笑んだ。
















出会いは最悪だった。

私よりも年下の許婚。

彼が6歳で、私が7歳。

私は、エレメンタリースクールの4年生だった。

これでも、同年代の子供より幾分か進んでいると自負していた。親友のソニアと過ごす何不自由ない楽しい寄宿舎生活の中でも、落とさずどころか本腰を入れてきちんと勉強していた。だから、本来の年齢より2年もスキップしていたのに、あの子に会った瞬間、私の誇りは砕かれた。

何故なら、彼はまだたった6歳なのに、知的水準が私よりずっと上だったのだ。

彼は生まれながらの超天才児で、ごく僅かの世界的規模で優秀な大人達の間ですでに神童と呼ばれ、持て囃されていた。

まだほんの小さな子供のはずなのに、その知的年齢はすでにハイスクールの1年生レベルに達しており、実際この秋から、天才児だけが入学を許される全寮生の超進学校に入学が決まっていた。

恐ろしいことに、そんな子供が、私の婚約者だという。

しかも彼はとんでもなく美少年だった。

光り輝く王冠のような豪華な金髪、瞳はエメラルドの宝石のような、神秘的な碧をしていた。

それらが、まったく違和感なく見事なバランスで収まっているその顔は、まるで人形のように整っていて、十中八九美少女と間違われるほどの輝きに満ちていた。

彼を一目みたなら、どんなに他人を罵る事が得意な人物でも一瞬で黙るだろう。

そのあまりにも神々しい美貌を前にしたら、大概の人々はただ口を噤んで見守ることしかできない。

それ程の、完璧な美。

およそ、人形でしか再現不可能なレベルの美貌を有していた。

自分に自信のある美女でさえ、隣に立つのを躊躇しそうなほど神々しい美貌だった。

そんな彼が、なんの冗談か嫌がらせか、私の生涯の相手だと、何故だかとても誇らしそうに父が言う。

けれど、私には大迷惑な話だった。

私より頭が良いのも美人なのも、この際由としよう。

彼の家がこの国を代表するほどの大金持ちで、先祖代々の生粋の貴族なのも、致し方ない。

それに伴うように彼の性格がほんの少し、いや大分一般常識とズレているのも、仕方ない。

けれどあの言いぐさだけは、許せない。

そう思った瞬間、悔しさと共に彼の声が脳裏に蘇ってきた。

『僕は、どうやら君の許婚らしい。・・さして君に興味はないけど、挨拶ぐらい、受けてやってもいい』

彼は全くの初対面のあの時、その綺麗すぎる顔に冷笑を浮かべて私にそう言い放った。

驚きのあまり、言葉の意味がよく理解出来なかった。

ぽかぁんと、冷たく固まったままの表情をしばし、眺める。

彼は、いつまでたっても何も言い出さない私の前に悠然と歩いてくると、豪華な肘掛け椅子にちょこんと腰掛けて、まるで当たり前のように、その綺麗な細い足を組んだ。

そしてその綺麗すぎる顔を、気難しそうに組んだ両手の上に乗せると、

『どうした、この僕に跪いて、挨拶しないのか?』

と、微笑んだのだ。







「どうして、僕が、非難されなくてはならないんだ」

執事が煎れた紅茶を受け取りながら、幼い主は一人愚痴る。

まったく、理解できない。

自分より完全に身分の低いあの娘に、その身分に合った挨拶を求めただけだというのに、何故だか娘は顔を真っ赤に赤らませ、挨拶ではなく、非難の言葉をこの僕に浴びせてきたのだ。

『仮にも!許婚の私に無礼ですわ!!私、貴方になんて、跪いたりしません!』

ふん!!と鼻まで鳴らして、そっぽを向く。

それだけでも十分すぎるほど礼儀知らずだというのに、あの娘はこの僕をその場に残し、もの凄い形相で出ていってしまったのだった。

「まったく、意味がわからない」

ふぅ、と何故だか溜息がもれる。

こんなに、訳の分からない相手に出会ったことは、今まで一度もなかった。

「僭越ながらウイリアム様、婚約者であらせられますマリアンヌ様に、あのように跪けとおっしゃたのが、よろしくなかったのではありませんか」

常日頃から幼い主の身の回りの世話をしている若執事のクロウドが、本気で悩んでいる幼い主に耳打ちする。

「何故だ?僕は伯爵家の令息で、あの娘は、ただの資産家の娘なのだろう?それとも、落ちぶれた公爵家の子孫の出なのか?」

それなら、今はともかく、身分的にはかろうじて僕が下になるのかもしれないが。

と、口の中でぶつぶつ呟く。

だがどうしても納得がいかない様子で不満を呟き続ける幼い主に、唇の端で僅かに微笑んで、クロウドは頭を下げた。







新緑が眩しい広大な庭で、精悍な馬を走らせている生意気で美しい、小さな子供を眺めている。

あんな、不遜な台詞を平然と婚約者にぶつける、いけ好かない子供である。

どんなに頭が良くても、他人を人として尊重できないような態度を取るようではたかが知れている。

はっきり言って、願い下げである。

だから、昨夜父にこの婚約を無かったことにしてほしいと意見した。

彼のその呆れるほど傲慢な態度の詳細を、怒りのまま父に洗いざらいぶつけた。

だが父は、”さもあらん”というような表情で頷いただけで、さらっと受け流してしまったのだ。

「彼は、あの年ですでにハイスクールの1年生なんだぞ、それに、将来の伯爵様だ。彼の家に比べたら、我が家なんて三匹の子豚に出てくるわらの家、ぐらいのレベルなんだぞ。・・・お前が、我慢しなさい」

と、大真面目に父が言う。

まったく、信じられない。

自分の娘が、年下の男の子に侮辱されたというのに、父はまったく気にする素振りすらないのだ。

それどころか、何故、我が家が伯爵家に婚姻相手として選ばれたのか不明だが、こんなに栄誉なことはないと、すっかり舞い上がっているのだ。

とはいえ、父が経営している会社はけして小さくはなかった。

それなりに名前の通った貿易会社と、新進気鋭のアパレル会社を複数展開していた。

だが伯爵家とは、展開している事業の規模が一桁違った。

彼の家が持つ莫大な財産が、どうやら父の頭を占領しているらしい。

もし仮に、父の目論見どうり私と彼の婚姻が成立したとしても、その莫大な財産が父の好きになる訳などこれっぽちもないのに、そんな基本的な事実にすら気付かないほど、まともな判断が出来ない事態に陥っていた。

はっきり言って、今の父は金の亡者だ。

それに、そんな欲に眩んだ父の愚かすぎる皮算用など、あの子はとっくにお見通しだろうに・・・

第一父には悪いが、きっとあの子は、父のことなど塵ほどにも気にしていないと思う。

たぶん私のことも、その辺に生えているペンペン草ぐらいにしか思っていないように。

思い当たって腹がたつ。

けれど、どうしようもなかった。







昨日の無礼を攻めようと、今朝、食事の席に着いたあの時、彼のお母様に声を掛けられた。

「ウイリアムと、ケンカしたんですって?」

平民で格下の私が、貴族の令息に怒鳴って、しかも逃げるように部屋を後にしたことを、あの場に居合わせた彼の執事がご両親に報告したのだろうか。

そうだとしても、執事を責める事は出来ない。

だって彼の仕事は、あの子の身の上にあった全ての出来事を、なんの脚色もなくありのままの事実で彼の両親に伝えることにあるのだから。

だから私は、彼の両親に叱られることを覚悟した。

机の下でナプキンをきゅと握りしめ、身体を硬くする。

隣に座る私の父は、緊張に張りつめて息を殺して事の成り行きを見守っているだけだ。

こういう時こそ、父親らしく娘の粗相を詫びてくれたらいいのに。

固まったままの父を憎く思っていたら、彼のお母様は何故か大変嬉しそうなお声で、

「凄いわ、この子とケンカができるなんて」

といった。

その言葉に、耳を疑う。

彼のお母様は大変上機嫌で、隣に座った美少年を目を細めて見詰めながら、

「この子と、本当に相性がいいのかもしれないわ、ねぇ貴方」

と威厳に満ちた、でもとても優しい気を纏った伯爵様に微笑む。

「そうだね、アリア」

奥様に合わせて、いい加減に答える夫が大多数の昨今なのに、伯爵様はそんな世間とは真逆の様相で、心から奥様に同意して頷いてみせた。

仲の良いご両親のやりとりにまったく関心を示さない彼は、そもそも話しすら聞いていないようだった。

最後まで、一言も言葉を挟まない。

見惚れるほど美しい完璧な所作で、我関せず、食事を続けている。

「食事が終わったら、彼女を馬にでも乗せて上げなさい、ウイリアム」

彼のお母様が、有難くも迷惑な提案をしてくれる。

私は、馬なんて一度も乗ったことがないのに。

私の顔が笑ったまま引きつったのか、丁度目の前に腰掛けていた彼が、初めて食事の手を止め私を凝視している。

「いいわね、これは、私からの命令よ」

幼い我が子に、目を細めながら母が言い渡す。

驚いたことに、彼は私を見詰めたままふわりと微笑んで、

「・・母上が、そうおしゃるなら」

と返事をした。

その日、初めて聞いた彼の声だった。






食事を終えて、彼が席をたつ。

彼のお母様に微笑みで促されて、私も後を追う。

彼は一度も私を振り返らない。

だから私も、彼の背中に声は掛けない。

1mぐらい距離を保ったまま、付かず離れず後を追う。

何を考えているのか、まったく分からない。

昨日の出会いから、1mmだって二人の距離は変わっていない。

彼の先導に、嫌々ながら付き従うように付いて行く。

本当なら、昨夜の無礼を詫びて欲しいと直接彼に言いたいところなのだが、なかなか二人きりになれないので、抗議を口にすることすら出来ないでいた。

豪華で、まるで迷路のようなお屋敷をぬけて庭に出る。

お屋敷の正面にある、豪華で煌びやかな幾何学模様の薔薇の庭ではなかった。

ここは広大な、芝生の庭だ。

清々しい風が吹き、少し先にある緑濃い林から小鳥の囀りが聞こえる。

薔薇の庭が表の庭なら、こちらはさしずめ裏の庭だろうか。

まるで、トランプの裏と表のように印象ががらっと違う。

吹き渡る風に誘われて深呼吸をする。肺の隅々まで新鮮な空気を吸い込んで、なんだか生き返った気がした。知らず、唇が微笑みを刻む。

気付いたときには彼はもうそこにはいなかった。

私は、一人置き去りにされていたのだ。

どこまで私を馬鹿にする気だろう。

彼にとっては何一つ不自由のない、寧ろ住みよい広大なお屋敷なのだろうが、私にとってはほぼ昨日が初めての訪問であり、尚且つ勝手のわからぬ不便な場所だと、ちゃんと彼は理解できているのだろうか。

いや絶対に、分かっていない!

いや寧ろ、理解するつもりが1gもないのかもしれない。

何故なら、私を石で出来たバルコニーに置き去りにして、自分だけどこかに姿を眩ましてしまったのだから、もう間違いない。

「もう!!私に一人で、部屋まで帰れっていうの?!」

悔しくて目頭まで熱くなってくる。

どうして、今朝私は、私の言葉で、婚約破棄を言い出せなかったのだろう。

昨夜一人になったベットの中で、明日は笑顔でこの屋敷から出て行こうと決めていたのに。

彼のお母様の笑顔が、私に対してあまりに優しかったのが誤算の始まりだった。

行き場のない感情に、握りしめた両手が震えた。

あの、綺麗すぎる冷笑が頭の隅に蘇る。

その時、誰かに声を掛けられた。

「どうぞこちらへ、マリアンヌ様」

振り返ると、そこには彼の執事がいた。

確かに、先程まで何もなかったはずの石のテラスに、いつの間にか豪華な空間が出来上がっていた。

「ウイリアム様は、厩へ出向かれました。レディに、粗相があったら大変でございますので」

こちらでお待ち下さいと微笑んで、そっと手を引いてくれる。

私は、まだ信じられない気持ちで一杯だった。

私のことをそんな風に、彼が考慮してくれるなんてあり得ない気がする。さっきだって、一度も私に振り返らなかったのに。

用意された、ふかふかのアンチークな肘掛け椅子に腰を下ろす。

簡易式のテントが、吹き付ける風に心地よく音をたてる。

「暖かいお茶になさいますか」

執事が、答えない私に、柔らかな素敵な声でお茶を煎れてくれた。






「馬には、乗れないのだろう?」

彼は見事な手綱裁きで、少し背丈が小さい馬を器用に操り、石のテラスの前に横付ける。

ひらりと軽やかに飛び降り、誰から聞いたのか正解を口にした。

私はむっとしながら、彼を迎えた。

私の顔が確認できる程の距離に近づいた時、彼がまた小さく笑う。

「本当に、君は面白いな」

見ていて飽きない。と続ける。

「僕の馬なら気性の優しい牝馬だから、君も乗ってみたらいい。初心者にはもってこいだ」

彼は私のすぐ横に腰掛けながら、くすくす笑う。

「僕の許婚なのだから、乗馬ぐらい出来ないと困る。僕は、動物全般大嫌いだが、馬だけは別だ」

大嫌いにやけに力が籠もっていたので、どうやら本当のことらしい。

「馬は貴族の嗜みだ。君も、僕の許婚なら、せいぜい練習するんだな」

私のほうを見詰めて、何を考えているのかわからない微笑みを浮かべる。

その綺麗すぎる横顔のせいで、勝手に彼が無口だと決めつけていた。気付けば、いつも彼が私に話し掛けていた。

「なんなら僕が、教えてやろうか」

くすっと唇の端で微笑んで、どきっとするほど優しい所作で私の右手を掴むと、うっとりするような微笑みを添えて、私の手のひらに口づけた。







「貴方、ほらご覧になって」

妻が、喜びを露わにして、眼下の庭が臨める窓際で呼んでいる。

こんなに喜んでいるということは、どうやらあの二人、なかなかに良い感じなのだろう。

うきうきと浮かれる妻の背に、そっと手を添えて私も窓の下を覗く。

そこには例の二人がいた。

どうやら馬に乗れない許婚を、珍しいことに我が息子が自ら手を引いて、レクチャーしているようだった。

「ほう・・」

「ね、素敵でしょう?」

妻の顔が喜びに輝いている。

「人として、感情が足りないあの子が、あんなに楽しそうにしているなんて」

”まるで奇跡よ~!”と妻はいうが、私にはあの二人、ケンカをしているように見える。

だがこの際、妻のファンタジーを壊さずに、このままそっとしておこう。

どのみち、あの息子にあそこまでの行動を引き出した初めての相手だということは、明かなのだから。







私達の息子は困ったことに、生まれたときから大変な天才児だった。

一歳になる前には普通に歩いた彼は、2歳になるころにはふつうに話をし、すぐに読み書きを熟した。3歳になる前には基礎的な算数を理解し、普通に計算を身につけその上、さらに上の数式にまで興味の範囲が広がっていた。

本人の望むままに、多くの家庭教師をつけ学ばせた。

どうやら、それが間違いの元だったらしい。

息子があまりに優秀すぎて、家庭教師はつぎつぎに入れ替わり、その都度彼はレベルアップした。

際限なく上へ上へ知識を吸収していく息子は、まだほんの6歳だというのに、気付いたときにはすでにIQが200を越えていた。

私の古くからの友人達が、”神童だ~!!”と喜び、騒ぎ立てる。

今すぐにでも、世界最先端の研究をあの子にやらせたいと、幾人もの友人が毎日のように私に連絡を寄越すほど、彼らは息子の頭脳に未来を感じていた。

確かに私の息子は、父である私とほぼ同等のIQをすでに持っては、いた。

だがしかし、あの子には尋常ならざる欠陥があったのだ。

あの子は、人間らしい感情の発達が、全く持って不十分なのだ。

異常なほど知識欲が深いのに、自分をも含めた、他人にんげんの感情にはまったく関心がなかった。

それ故に、彼の中には、他人との相互理解などという概念がそもそも存在しなかったのである。

妻は、いつ見ても顔色の変わらない息子を心の底から心配していた。

だがあの子は、赤子の頃から誰かに触れられる事を酷く嫌がるので、妻得意の”愛してる”攻撃も、なかなかに繰り出す余地がなかったのである。

ようやく、言葉を使ってコミュニケーションが図れるようになったころには、あの子はもう、生まれ持った知識欲に支配されていて、妻の”降り止むことのない愛と言う名のキス”攻撃に晒されようとも、まったく人間らしい情緒の発達に結び付くことはなかった。

それどころか、妻による、息子にとってはただの嫌がらせとしか理解できない行動によって、忍耐力と、関心のないものを意識から除外するスキルばかりが鍛えられ、あの子は、妻の愛という名の攻撃を持ってしても、なにひとつ変わらづ、否、変われづ、自分の興味関心のむくまま、知識ばかりをどんどん増殖させていったのだ。

『このまま成長して、本当に人としての幸せをきちんと享受できる日が息子にやってくるのか』と、妻はその胸を日々痛めていた。その妻の嘆きが、私にも何となく理解できるようになったのは、つい最近のことだった・・・。



あの子は本当に、誰にも感心を示していないと、はっきりわかる出来事が起こったのだ。



それは、あの子の行く末を案じた妻が用意した、言わば、集団見合いの席のでのことだった。

どういう基準で選んだのか、大変に見目麗しい美少女ばかりが数十人、我が家のガーデンパーティーに招待された。

もちろん、ルックスだけではなく、成績も優秀なお嬢さん達ばかりだった。

妻の友人の娘や、その推薦状をもぎ取ってきた者、はたまた学校単位での推薦者なる者もいた。とにかく、かなりの多人数が、本人達はそうとは知らずにこの屋敷に集められた。

どうやら我が妻の頭の中では、花嫁選びのための舞踏会、の予定だったらしい。

それぞれに盛り上がる年端のいかぬ美少女達を、気付かれぬ場所から息子本人に眺めさせ、気になる相手を選ばせようとした。

だが、息子は見学すら断って来たのだ。

「僕は、誰も好きになんかならない」

引き留める母に、冷たく息子は断言した。

「それに、母上以外の女に、どこに存在価値があるのか僕には理解できない」

と、さらに母を驚愕させる台詞を吐き、踵を返す。

それでも諦めきれない妻は出て行こうとする息子の手を取り、自分の方へ引き戻しその表情を確認した。息子の美し過ぎる顔は、氷のように固まったまま何の感情も浮かんではいなかった。

それを確認したとたん、母の瞳に涙が滲んだ。

その涙に、一瞬どきっとした。

このまま母が泣き出してしまったら、どう対処すればいいかわからない。

僕は、母上が苦手なのだ。

母はいつも感情のまま生きているので、次の行動を予測しづらい。

さっきだって、母は何かを大変驚いていたが、僕にはその理由がよく分からない。

僕という人間を生み出した母という女以上に、僕にとって必要で、重要な女などこの世のどこにもいやしないのに。

何故、母は、あんなに驚いたのだろう。

理由が分からないまま、慌てて、その場を取り繕うために言葉を探した。

「母上が遊び相手に必要なら、お好きに選べばいい。僕には、関係ない」

硬い声で言い捨てると、今度こそ母親の手を振り切り部屋から出て行く。

自分の言葉が、母親にさらなる止めを刺したという事実は確認しないまま、涼しい顔で出ていってしまったのだ。






仕事を終え屋敷に戻ってきていきなり、妻に事の次第を聞かされた。

彼女は、泣きながら息子の将来を嘆いた。

『これでは、まともな恋愛などほど遠い』

『もしかして、彼の人生には誰も必要ではないかもしれない』と。

息子を案じて泣きじゃくる妻に、どう声を掛ければ正解か、一瞬思考を巡らせる。

「それで、君が気に入った娘さんは、いたのかい」

とりあえず息子のやらかした事件から、妻の意識を剥ぎ取ってしまうことにする。

彼女はまだ肩を震わせながら、一人の娘のプロフィールが書かれた書類を私に差し出した。

そこには、我が息子より少しだけ暗い巻き毛の金髪を腰まで伸ばした、とても見目麗しい美少女が微笑んだ写真が貼付されていた。

名前を、マリアンヌ=ボルドラーといい、最近社交界でも極一部の間で有名になってきた、新参者の娘だった。





その娘と我が息子が、今眼下で何やら言い争いながらも、なんとか乗馬の練習を続けている。

しかも、あの息子が諦める事なく自らの手で、娘にレクチャーを続けていた。

確かに、妻の言い分も一理あるかもしれない。

あの娘は、我が息子の『良き相手』に成り得るのかもしれない。

だが生憎私には、妻がいうほどにはあの二人が仲がいいようには見えなかった。

何故なら、二人は何やら深刻そうに言い合っており、あの娘はようやく乗った馬の背で、身体を硬くしたまま一歩も馬を動かさない。

その様子を眺めていたはずなのに、またしても我が妻は、大分見当はずれな感想を呟く。

「ほら、見て貴方、あの子笑ってるわ」

妻が、嬉しそうに笑う。

窓の下、気難しい我が息子が、確かに可笑しそうに笑っていた。







彼の指導のお陰か、一時間もしたころには全く乗れなかったのが嘘のように、彼の愛馬をどうにか操縦できるまでになっていた。彼は、始終感情の読めない微笑みを浮かべたまま、意外にも親切で丁寧に指導してくれた。

「できるじゃないか」

彼が、優しい口調で褒めてくれる。

相変わらず、感情は読めない表情のままだったけど、確かに私を褒めてくれた。

なんだか、気分がいい。

昨夜のあの傍若無人ぶりが、嘘のようだ。

確かに、私に視線を合わせて微笑んでいる。

私は練習の成果を見せるために、彼の見ている前で一週回って見せた。

「大分、様になってきたな」

彼が、また、褒めてくれる。

もしかして、私は彼を誤解してたのかもしれない。

本当の彼は、こんな風に優しくて、素直に努力を認めてくれる度量の深い人なのかもしれない。

そう思ったのもつかの間、彼はニヤリと唇を歪めると、いつの間にか用意されていた黒のポニーに跨り、駆け出した。

「落ちないように、せいぜい気を付けるんだな」

と私に忠告すると、悠然と黒い馬を走らせてどこかに消えてしまったのであった。








結局、私と彼の婚約は正式に整えられた。

私の苦情は父には届かず、父は上機嫌で彼の両親と抱き合った。

そして私は、学校が休みになると自分の家には帰らず、伯爵家からの迎えの車に乗ることになった。

ほぼ毎週の週末、婚約者である彼の屋敷に泊まった。

彼との正式な婚約が整ったその日に、伯爵家には私の部屋が用意された。

そこは、彼の部屋の真下だった。

その豪華さに目眩がする。

もし、家具に傷でも付けたら、父に殺されそうだと独り言を呟いたら、私の後ろで誰かがくすっと小さく音を立てて笑った。

慌てて訂正しようと振り返ったら、そこにいたのは彼だった。

「傷ぐらいいくらでもつけるがいい、君は僕の、許婚なんだろう?」

彼は何がそんなに面白かったのか、くすくす笑いながら気前の良いことをいう。

私の父なら絶対に言わないだろう冗談だ。

生まれながらの貴族と、一介の市民である父との違いだろうか。

私の顔がまた、彼を喜ばせたようだ。

彼はくすくす笑いをさらに深めて、私に歩み寄り、

「とりあえず、僕は君を許婚として、認めることにする」

と宣言して、私の右手をそっと取ると、手の甲にキスをした。




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