1 さて、どうしようか
(__)
あのー、ねえ、ここってどこでしょう?
視界がモザイクをかけたようにぼんやりといしていたが、朽ちてから50年は経っていそうな天井を見、視線は固定されたままで己の身体が動かせないことが分かった後に一番最初に思い浮かんだのはこんなこと。
私はあの人を探すために何回も人生をやり直してきたが、一度としてここはどこ、私は誰?というようなことになることはなかった。大抵、幼少期に少し前世の記憶を朧気に思い出し、数年をかけて自分があの人を探して輪廻転生を繰り返していることを思い出すのが常だった。だから、自分が何者なのかをわからくなることは絶対になかったし、見失って途方に暮れるということもなかった。
性別が変わっても、身長が変わっても、周りのものが変わっても、私は私。それは絶対で、それ以外の何者にもなり得ない。どこにいても、身体に何が起こっても私はあの人を探し続けている。それで十分だ。そう考えていた。
今現在でもその考えは変わらない。
でも、この世界での自分の立ち位置の情報を全く持っていないまま過ごすとなると話は別だ。もし自分がスラム街に居るのならば、拐かされないように自分の場所を把握する必要がある。反対に、前世の地球にあった王族や貴族などの裕福な家庭に生まれついたなら、周りに人が大勢いるということだから、記憶を思いだす前の自分と何ら変わらないように一層慎重に振舞わなければならない。
一人で生きているとしても、誰かに扶養されているとしても情報は必要で、なければ暗中模索しながら過ごさなければいけない。
今までは情報がある、の前に自分が存在し、それに前世の記憶が付加されていくから自分の思う通りに動けばよかった。情報の大切さは頭ではわかっていたが、身体を持っては体験したことはなかったのだ。
でも今はどうだ。
記憶もくそもない。ぽん、と前世のままの自分が今世の世界に放り出されただけだ。そんなの、ステーキ屋が下準備や盛り付けもせずに卸された生肉を客に提供するのと同義だぞ。ここでのステーキ屋は世界とか神、ということになるだろう。ちゃんと食物連鎖や輪廻転生の一つのピースとして社畜のように働いているというのに、その働きに値する見返りを出さないとはどういうことだ。
昔やった、中学校の夏休みの意見文なら情報の大切さが身に染みて分かった、やはり情報は大切だと思います。二年三組、などと書けば先生に評価されるかもしれない。しかし此処は義務教育学校などではないし、意見文を提出しなければならないわけでもない。まず、身をもって体験はしたくなかった。
何億、何兆もの命を操っているから仕方がないのかもしれないが、何かフォローはしてほしいものだ。今の世代、アドリブ力が必要とされる、と何度も毛沢東に似た国語教師が力説していた。そんなことでは処世術を身に着ける前に爪はじきにされるぞ。
前世で考えられているものでは八百万もの神がいるらしいのだから、その中でしっかり仕事を分担して、丁寧にしてほしいものだ。大体、神様、仏様、と言われているのなら、人々が請うた時に力を発揮してやれ。それに値するほどの信仰と金は貰っているのなら、地震や台風を一個や二個消滅させてやっても良いはずだ…。大体、神というのは………。
ギュルル…ギギュルル……グ…
自分の考えをまとめるのから神への悪口に変わった頃に自分の身体に異変が起こった。
簡単に言うと、腹が鳴ったのだ。でも前世での比ではなく、小鳥の囀り程度のもの。そのことで、自分はまだ幼子ということが分かった。
む。食料を確保しなくては…。しかし、全く身体が動かない…。
ああ、もう、だるくなってきたぁ…。
前世の持病が出てきた。今までの状態を考えると、出なかったのが不思議なぐらいだが、そこは私も人、緊張していたというわけだろう。どうしようか。
そう延々と考えをループさせていると、今度は自分の周囲に異変が起こった。
微かに、だが声がする。
「……どうする…。あたし………金………!
………赤ん坊…………産む………。」
「知る……こと。
俺は…………ねえ!」
話の内容からして、私の両親だろうか。若い男女の声がする。
ギイィィィツ…バタン
カツカツカツカツ……ドサッ
あ、入ってきた。声色でいうと、喧嘩しているの……か?それで、近くに座ったのか?見えないけど。
「首も座ってないこの子を、これからどうする気よ?ここに置いてから一週間、固定させて大丈夫だけど、これ以上はもう無理だよ。」
「そんなの俺がしるわけないだろ!お前が考えろ!」
「全部あたし任せってかい!?大体、あんたが産めって言ったからだろう!?あたしは産みたくなんかなかった!」
「なっ!?お前だって産みたいって言ってただろが!それに、お前が産みたいって言いだしたんだろ!頭おかしいんじゃねえか…?」
ほう、私は望まれた子ではなかったのか。前もこんなことがあったな…。前世じゃなくて、それの5つ前、いや6つ前だったかな…。
「違うわよ!誰が、あんたなんかの子どもなんて産みたがるもんか!」
「まず、俺の子かも怪しいだろう!いや、絶対俺の子じゃねえ。そうじゃなかったら、俺の色でも、お前の色でもない色がこいつに出るんだよ。どこのヤツをたぶらかしてきやがったんだ、お前は。そいつに赤ん坊押し付けりゃ済む話だろう!」
「言いがかりをつけるのもいい加減にしな!あんたは浮気するかもしれないけど、あたしはしたことなんて一度もないよ!そもそも、こんな呪われた色なんかしてるヤツと情なんか交わすもんか。汚らわしい。」
「言われてみりゃあ、そうだなぁ…。それは信じてやらぁ。もしかしたら、お前の腹にいる時に闇の精霊王、アーミアに一目惚れされたのかもな。大抵のヤツは両親が祝福を受けている精霊の祝福を受けるって聞くが、稀に精霊が惚れ込んだヤツに気まぐれに祝福を与えるらしい。大体は、親との色と混ざるもんだがなぁ…。ほかの精霊サマを押しのけてひとりじめしてんのかもな。ぎゃははっ!」
おうっと私は呪われてるのか。これから先どうしようか。
多分この感じだと……。
「笑いもんじゃないよ!そんなやつと一緒に居たら、あたしらも呪われるんじゃないのかい?こんなの、早く殺しちまおうよ。」
やっぱそうなるよな。死ぬのは嫌だよ、まだあの人を探せてもいないのに。
「バカ言え。殺しちまったら、闇の精霊に俺らが殺されちまう。幸い、家で産んだから誰もお前がこいつを産んだところは見てねえ。この郊外の廃屋に来るまで人に見られてもねえ。ここにこいつ置いてずらかえるぞ。呪われたヤツを、ちゃぁんと屋内に置いてやったんだ。バチなんかあたりゃしねえぜ!」
「そりゃあ名案だねぇ。そうと決まりゃあ、さっさといこうじゃないか。呪いが移るよ。」
「おう。」
ギイィィィツ…バタン
…………。
いやいやいやいや。絶対そういう感じじゃなかった!絶対違うかった!普通、首も座ってないやつを放置するか!?それって、死ねって言ってるのと同義だぞ!絶対、精霊らしいアーミアさんに恨まれるからな!知らねえからな、バーカバーカ!
つか、隔世遺伝とかの可能性は考えなかったのか。もしかしたら私のお祖父さんとかがその呪われた色とやらだったかもしれないじゃないか。
ここに精霊なんか存在したんだな…。今まで転生した中でも1,2回しかないぞ。おーい、アーミアさん?やーい。存在するなら私を助けておくれよ。ここにいたら、君の惚れた相手餓死しちゃうよー、ねえー。
……
来ねえじゃん、来ねえじゃん!
まず精霊がいるのか自体も怪しくなってきたぞ。もしかしたら精霊なんか存在しなくて、都市伝説的なもののせいで私は両親に捨てられたのか。その可能性のほうが高いだろ。
えー、待ってよ。勘違いで死んだらてへぺろとか言えないんだけど。
そう考えて何分経ったか。5分、もしかしたら30分くらい経ってたかもしれない。
その時の私は知らなかった。この後、これ以上にないほど歓喜することを。
失礼致しました。