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私は魚じゃない

「逃げてぇぇぇ!ぶつかるぅぅぅーーー!!」


 次第に大きくなる影がはっきりとしてきた。

 顔もだんだん見えてくる。

 ってあれは!


 それは私が今、この世界で二番目に会いたくない者の顔をしていた。

 この世界で一番会いたくないのはもちろんロビリオだ。

 それの次。

 本人のせいではないのだけれどロビリオとの件があったため会いにくくなった人物、とも言える。

 なんというか会うと多分気まずくなる。

 というか立場上なんでここに護衛もなしにいるのかわからない。会うとしたらもっと先だと思ってたのに。


 あーでも今はそんなことを言ってる場合ではないのか。

 ロバが止まらない。


 烏の濡れ羽を思わせる長めの黒髪につり気味だけど形の良い碧玉の眼。

 顔立ちは整っており、人々の前に出れば女性のみならず男性をも魅了すると言われるほど美貌だ。

 彼を見たことある年頃の娘さんたちに彼の印象をまず聞けば、皆が皆その麗しい笑みだと頰を染めながら答えるだろう。

 彼は上に立つ者ではあったが公の場で特に女性には優しかった。


 しかし、私が思い出す彼は必ず笑いを押し殺した外道のような顔だ。

 女性に優しいのもその方が都合が良いからそうしているだけだということを、裏の顔を知っている私は知っている。


 ああ!今も暴れロバに必死でしがみついてる私をニヤニヤ顔で見てる!

 っていうか、早くどいてよ!

 なに、馬上で腕組みして余裕綽々で見てんのよ!


 でも、彼なら瞬時にロバを避けるだけでなく私ごとロバを止めることは可能だろう。

 悔しいけれどそれだけの能力を持っている。

 そしてそれができても、こちらが懇願しなければやらないことも分かっている。


 私は一瞬考えた後、覚悟決めた。

 このタイミングで貸しを作るのは不本意だけど、そろそろ体力が限界なのよね。

 手綱を握る握力も、揺れを抑えようと踏ん張った足も力が入らなくなってきている。

 そろそろ落ちそう。

 たぶんここで落ちたら大怪我だ。

 仕方ない。


「デューちゃんこのロバ止めて!助けて!!」


 彼に、デューちゃんに私は叫んだ。

 すると彼はニヤニヤ笑っていた口角をさらに上げ、楽しげな満面の笑顔になった。


「いいだろう!助けてやる!」


 腕を組んでいた手を解き、右手を上げる。すると私とデューちゃんの間に光輝く黄銅色の門が現れた。

 その門が開き、網が飛び出してくる。

 漁業とかで使いそうな投網だ。


「ぶへっ!」


 網は私とロバに容赦なく絡みつき、後ろへと引き倒す。


「ぐひっ!」


 私はロバもろとも網に捕らわれ、ロバは止まった。

 いや……止めろとは言ったけど、これ淑女に対する対応じゃないよね?

 髪が網に絡まって痛いんですけど!

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