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第9幕 晩餐会

「お嬢様ったら! ようやくお目覚めですか?」


 朝からぷりぷりと怒る加乃カノの声で覚醒した六花リッカは、遅めの朝食をとりながら怒涛のお説教を受けていた。


「女の子が飲み過ぎて意識を飛ばすなんて! もしものことがあったらどうするつもりなんです!?」

「ごめんなさい…」


 酉家華京邸には色々な意味で加乃に逆らえる者はいない。もちろん亜嵐アランも含め、だ。加乃のお小言には謝っておくのが一番。心にもない謝罪を繰り返して加乃の機嫌をとる。


「お優しいお友達が送ってくださったから良かったものの! お館様も、お嬢様のことほっぽってまだお帰りにならないなんて!」


 怒りの矛先が亜嵐に向いてしまったことを心の中で詫びながら、六花黙々と朝食を口に詰め込んでいく。


 確かに、とんでもないことをやらかしたとは思っているし、反省もしている。しかしやけ酒しなくちゃやってられないような酷い目に遭ったのも事実。


 騎士をぶちのめした後、レイのお酒を煽ったところまでは憶えている。しかし酔った後のことを思い出そうとするのだが、何故か記憶からすっぽりと抜け落ちたかのように思い出せないのだ。

 ものすごく、幸せなことがあったような気がするのに。


「お嬢様、聞いてますか!?」

「はいぃ!」


 ずいっと般若のような顔を近づけてきた加乃に情けない返事をしながら、抜け落ちた記憶を探すのだった。






 ゴーンゴーンと、鐘楼の鐘が鳴る。昼勤と夜勤の兵士が交代する合図。


 臨時勤務は昨日で終わったはずなのに、何故禁城を訪れているのかというと。昨夜六花を送り届けたお礼として、零とカゲツという方を夕食に招待せよと命令されたからである。


「零は兎も角、カゲツさんの顔なんてさっぱり覚えてないのだけれど…」


 加乃曰く、全体的に色素が薄めで目元の涼やかな超絶美青年だということだが。そんな漠然とした特徴で人物を特定できるわけがない。


 零を城門の前で待ち伏せしていると、昼勤終わりの兵士や官吏がぞろぞろと城門から出てきた。



 城門の奥から「お疲れっすー」と、間延びした声が聞こえる。あの覇気のない間抜けな声は絶対に零だ。


 帰宅する人の波を縫って零に近付き、色素の薄いの髪の青年が隣を歩いている事に気がついた。

 青年の眼を見た途端、心臓がドキッと高鳴る。

 この色は、彼と同じ…


「おぅ、氷雨ヒサメ。もう平気なの?」


 ぐりぐりと肘で頭を押さえてくる零。結った髪が乱れるが、昨日のこともあり六花は文句を押し留める。


「あの、昨日はお世話になりました」

「礼なら嘉月カゲツに言いな。なぁ?」


 そう言いながら、ばしばしと紫銀の眼の青年の肩を叩く零。一方青年は迷惑そうな顔をしている。


「え? カゲツさん?」

「なんかお前嘉月にくっついて離れなくてよ。しゃあねえからこいつがおぶってったんだよ」


 愉快そうに笑う零の隣りを見上げると、淡い紫色の眼とかちあった。


 綺麗なひと。


 男を形容するにはいささか相応しくないが、綺麗、美しいという言葉が似合うような美丈夫だ。

 涼やかな目元、すっと通った鼻筋、細い顎。そこらの役者よりも整った顔立ちだが、肩幅や体つきは兵士のそれ。


「おーい、氷雨?」


 にゅっと横から割り込んできた零の顔を見て我に返る。六花はすっかり嘉月に見惚れてしまっていた。


「えっと、氷雨と申します。昨夜はご迷惑をおかけしました」


 急いで頭を下げると、「いいえ」と低いけど柔和な声が降ってきた。


「お前酒弱いんだから、無理に呑むんじゃねぇよ?」

「はい…肝に銘じます」


 零は子どもに言い聞かせるような口調でそう言いながら、六花の頭(肘置き)に体重をかけた。



「あの、昨夜のお詫びとして夕食に招待したいのですが。今晩ご予定などありますか?」

「えっ! まじ? 酉家のメシ!? すげえ豪華なんだろ? 嘉月も年に一度あるかないかの贅沢だぞ!? 行くよな!」


 すっかりご機嫌な零が嘉月の背中をゲシゲシと叩くが、嘉月は浮かない表情。


「何かご予定が?」

「いえ。大将軍もご一緒されるのですか?」


 亜嵐がいてはまずいのだろうか。稽古という名のもと半死半生にぶちのめされ、酔い潰れるまで飲み比べをさせられる、なんて恐れられているから仕方がないのかもしれないけれど。


「亜嵐様は夜勤だそうなので、お帰りは朝になると思いますよ」

「では、ご馳走になります。厚かましいかとは存じますが、母と妹もご一緒してよろしいでしょうか?」

「ええ、かまいませんよ」


 二人くらい増えても問題ないため頷くと、嘉月は家族を呼びに帰って行った。


「あいつ、こういうとこちゃっかりしてんだよねぇ」


 カタカタと馬車に揺られながら、零は言う。


「彼はご家族と暮らしているんですか?」

「養子なんだとよ。えーっと…確か、リウ家だって聞いたような?」


 今、零がとんでもない事を言ったような。


「り、柳家!?」


 妹は兎も角、母があの柳家当主の奥方だったら。六花はにわかに顔を青くする。


「あー、でも本家じゃないらしいから大丈夫だって」

「それを先に言って…」


 能天気な零の顔を見ていると、ため息がこぼれた。



 それにしても嘉月というのは不思議な人だ。一般人に紛れているが、物腰が柔らかで言動に気品があり、大貴族の若様と言われても不思議ではない。

 それにあの眼の色は、紫季シキと同じ。


「嘉月さんっておいくつなんでしょう?」

「んー、二十二か三か…まあそんくらいだろ」

「ですよね」


 彼の皇子は六花より十は年上だったため、もう二十七前後のはずだ。世間では亡くなったとされる皇子が、まさかこんな近くにいるはずがない。

 もやもやとすっきりしない思考を振り払うように頭を振ると、馬車が止まった。




「ひょえ〜〜!!」


 酉家華京邸の門前で馬車から降りた直後、零は大門を見上げて感嘆の声を上げた。


「お貴族様ってのはすげえのな」

「驚きすぎです。柳家やトウ家なんてもっと凄いですよ?」


 庭を歩いていてもキョロキョロと落ち着かない零を加乃に任せ、六花は門前で嘉月たちが来るのを待つ。冷たい北風を浴びながら、家の場所を聞いておけば良かったなと考える。


 暫くして、嘉月が六十代くらいの女性と十代前半と思しき女の子を連れて歩いて来た。しかしまあ、こんな季節に徒歩で来るとは思いもしなかったが。



「ようこそおいで下さいました」

「初めまして、柳箏燕(ソウエン)と申します。こちらは娘の千莉センリです。」


 目尻に皺の寄った優しげなお婆さんが言う。分家とはいえ貴族の頂点に立つ家柄に相応しい、上品で柔和な雰囲気を持つ人だ。


「よろしくお願いします!」


 そして、女性とは正反対のハキハキした女の子。流石は柳家の姫君。まだ十二、三歳であろうに滲み出るような貫禄がある。

 何より親子と言うより祖母と孫くらいの年齢差の二人に、物腰が柔らかく美形な養子。不思議な関係であった。


「私は酉氷雨と申します。外は冷えますので、どうぞお入りください」




 三人を客間に案内すると、中では零が茶菓子を口に詰め込んでいるところだった。箏燕は微笑んでいるが、千莉など「お行儀が悪いわ」と呟いている。


「零、皆様お揃いなので夕食にしますよ!」

「んー」


 嘉月、箏燕、千莉、そしてもぐもぐしている零を引き連れて食卓に着いた途端、待ってましたとばかりにほかほかの料理が運ばれて来た。

 板長が特別はりきって作ったようで、やたらと豪華な料理が並んでいる。


「温かいうちにお召し上がりください」


 そう言って加乃が下がり、妙な顔ぶれの晩餐会が始まった。

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