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第7幕 裏対抗試合

「んー、なぁんか目ェ赤くね?」


 遅めに出勤した六花リッカを一目見て、レイがいつものゆるい口調で問うた。


「気のせいです」

「ふーん、そう」


 気のせいなわけがない。しかし興味なさそうに相槌を打たれ、六花は居心地が悪い。仕事に熱中しようと思っても、開門まで時間は余るほどある。

 今こそ、今回の仕事を引き受けた最大の目的を果たすべきではないだろうか。


「手合わせしましょう!」


 腰の剣をすらりと抜いた六花は、切っ先を零に突き付けて言った。いきなり何言ってんのこの人…と、零の顔がそう語る。


「嫌だよ。なんで態々疲れることしなくちゃなんねぇの」


 立てた槍に体重をかけるようにして立っていた零がフイっと顔を背けた。流石は宝殿衛士だけある。やる気の無さは衛士一だ。


「どうせ暇でしょう」

「超忙しいから無理」

「今度甘味でも奢りますから」

「………」


 渋々、本当に嫌そうな顔で剣を抜いた零と距離をとって向かい合う。始めの合図と同時に走り出した六花は、勢い良く剣を振り下ろした。


 キィンと剣が擦れ合い、一太刀目は零に受け止められる。いくら宝殿衛士でも、登用試験を通ってきただけはあるようだ。

 立て続けに攻撃するも、しっかりと受け止められる。だが仕掛けてこないのは何故なのか。わざと隙をつくってみると零が食い付いてきたため、受け流したところで首すれすれを薙いだ。


「げぇぇ、殺す気かよ」


 地面に転がった零は、息を荒げながら文句をたれている。


「受け身は上手いのになんで仕掛けるのは下手なんですか?」


 零の文句は聞き流しすことにして、素朴な疑問を投げかける。攻撃が得意というのはよく聞くが、零のような特性タイプはなかなか珍しいのではないだろうか。


「んー、わかんねぇ」


 ぼりぼりと頭を掻く零に手を貸して立たせていると、遠くで開門の鐘が鳴った。


「うわ、今日は多いなー」


 ぞろぞろと門をくぐる馬車を見つめて、零は面倒くさそうに呟いた。

 さて、今日も仕事の始まりだ。






 その日から一気に仕事量が増えたものの、何事もないまま三日目、四日目と過ぎ、遂に明日で七日目。

 六花のお勤めも明日で最後だ。


「うーん、ちょっと寂しいかなぁ」


 六日目の夜が過ぎ、布団の中でそんなことを考える。

 初日を除けば特に何もない六日間ではあったが、零と会えたことも含め、こんな機会はもうないのだと思うと少々感慨深い。

 今回柳家の当主や零に会って、六花は過去にとらわれ過ぎて己の世界を狭めていたのではないかと思ったのだ。


「お勤めが終わったら、街に出てみようかな」


 人と関わって何かを感じてみるのも良いかもしれない。そうとなれば、明日の勤めを立派に果たさねば。

 ごそごそと布団に潜り込んだ六花は、見たことのない街への期待を胸に眠りについた。




「くぅー!やぁっと終わった〜」


 年始の儀最終日の昼過ぎ。最後の馬車を見送った六花と零は、七日間に渡る大仕事を終えた。


「零、お疲れ様です!」

「おう、お前もな」


 毎日顔を合わせていた相手に会えなくなるのはやはり寂しいけれど、ここで零とはお別れだ。


「それじゃあさようなら!」


 槍の穂先を磨き始めた零に向かってそう言うと、どうして帰るのか、と不思議そうな顔をされた。


「禁軍裏対抗試合は行かねぇの?」

「裏対抗試合…?」

「禁軍の飲み会だよ。大将軍に聞いてねえの?」


 そんなこと一言も聞いていない。ほくほく顔の零が言うには、いつもなら禁軍だけの酒宴らしいが、今年は親衛隊も警備に駆り出されたためお誘いが来たらしい。


「タダで酒を浴びるように飲めるって聞いてよ〜、行くしかねぇだろ!」


 張り切っている零には悪いが、禁軍の飲み会はそんなに楽しいものではない。裏対抗…何を対抗するかはもう、言わずともわかるだろう。

 秋の歓迎会での死屍累々たる有様を思い出すと頭が痛くなる。悪酔いして暴れ出す者、所構わず寝る者、果ては飲み過ぎて胃の内容物を逆流する者など散々だったのだ。

 そんなものに参加した暁には、酔っ払いに絡まれるのが目に見えているではないか。


 うんうんと唸りながら決めかねていると、瑪瑙宮の方から騒がしい声が聞こえてきた。一際大きい声で笑っているのは亜嵐だ。城内の警備も終わったらしい。


「亜嵐様、寅大将軍。お疲れ様です!」

「おう氷雨か!」

「ああ、ご苦労」


 禁軍の集団の先頭を歩いている亜嵐と寅大将軍に駆け寄って挨拶すると、亜嵐は髪が崩れるのも構わず六花の頭を撫で回した。表情の読めない寅大将軍の返事も、仕事が終わったことが嬉しいのか少しだけ明るい。


「氷雨。今日は帰らねえから、お前は温かくして寝てろよ」


 亜嵐はやはり六花を参加させる気はない様子。危ないというのはわかるが、自分だけ除け者にされたようで、僅かばかり寂しいものがある。


「…はい。いってらっしゃいませ」


 六花がしょんぼりしているのに気が付いたのか、禁軍の騎士たちは顔を見合わせている。

 じゃあなと手を振り通り過ぎて行く亜嵐を見つめていると、騎士たちから亜嵐を引き止める声があがった。


「ちょっと過保護すぎるんじゃないですか?」

「舞姫も酒飲みたいだろ?」


 禁軍の騎士達が恐れ多くも亜嵐に意見している。冷や冷やと成り行きを見守っていると、亜嵐は思いっきり顔を顰めつつも「来るか?」と六花に問いかけた。


「…はい!」


 その場の空気でつい頷いてしまった六花だが、一刻(2時間)も経たずして頷いた事を後悔するのだった。






 亜嵐の音頭で始まった酒宴、その名も『禁軍裏対抗試合』。酒楼を貸し切っての飲み比べ大会が幕を開けた。


 亜嵐に修羅もかくやといった恐ろしい顔で「飲むな」と釘を刺された六花は、開始早々始まった亜嵐と寅大将軍の飲み比べをぼんやりと眺めていた。


「飲まないのか?」


 不思議そうな顔で問いかけるのは、右隣に座る秋以来の赤毛、快。既に髪色の半分くらいまで頬を赤らめているのを見ると、あまりお酒に強くないみたいだ。


「飲めねぇんだろ〜?」


 六花のかわりに返事をするのは、左隣に座る零。こちらは五種類の酒瓶を確保した上大将軍の酒樽まで狙っている。


「ちょっとは飲めますよ!…多分」


 ごにょごにょと付け足した六花を、零はからかうように笑った。彼は酒に強いらしく、顔色を変えずに次々と飲み干していく。見ていて気持ちの良い飲みっぷりだ。


「なあ氷雨。酉大将軍ってお前に対してはいつもあんな感じなのか?」


 快は、ついに酒樽から直接飲みはじめた亜嵐を横目で見つつそんなことを聞く。


「どんな?」

「ほら、さっきの『温かくして寝てろよ』とか。酒宴にも参加させたくなさそうだったろ?」


 それは、六花が女だからだろうが。しかしそれを抜きにしても亜嵐は六花に甘い。


「うーん…だいたいいつもあんな感じですね」


 けろりとした顔で是と答えると、快も零も驚いた顔をしてから憐れむような目で六花を見た。


「やっぱり、あの噂は本当だったんだ…」

「ああ。知らねえ方が幸せだったな」


 快は頭を抱えて呻き、零は酒瓶をドンっと机に叩きつけている。


「一体何なの…酔ったんですか?」


 一連の動作を酔っ払いの奇行だと判断した六花。零に肩を抱かれ「強く生きろよ」なんて意味不明な励ましを受けた。




「舞姫さーん! あの剣舞やってくれよ!」

「そりゃいいな! 快、てめえもだぞ!」


 そんな大声と共に、背中に衝撃が走る。硝子の湯呑みから溢れた水が六花の袂を濡らした。


「舞姫舞姫って…一体誰がそんなバカみたいな渾名を?」

「あー、誰だっけ? お前?」

「まさか! えー、あー、あいつだろ! 蒼士! 柏蒼士!」


 意外な出所に、六花は怒りを鎮める。確かにあの気障な男なら言い出しかねない。酔っ払いの相手に疲れた六花は、柏蒼士を捜すため席を立つことにした。

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