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第5幕 年始の儀

 その年の暮れのこと。秋の禁軍対抗試合以来平穏に暮らしていた六花リッカに、とんでもない依頼が舞い込んで来た。


「私が臨時で禁軍に?」


 亜嵐アランの言葉に耳を疑った。あれだけ六花が兵士になることを反対していたのに、どういう風の吹き回しだ。


「禁軍で風邪が大流行りしてな。信頼の置ける腕の立つ奴探してんだよ」


 ぼりぼりと頭を掻きながら亜嵐が言う。不本意ではあるが渋々六花に頼みに来たというところだろう。しかし禁軍ともあろう屈強な戦士をも負かす風邪とは一体。六花は小首を傾げつつ、ひとつ頷いた。


「年始の儀の間だけで良い。近衛西軍の騎士として城内の警備を頼む」


 この家にいても手合わせする相手は亜嵐か邸の使用人だけだ。禁軍の騎士相手に腕試しするのも悪くない。


 六花が承諾したことで少し複雑な表情をした亜嵐だが、背に腹は代えられないのだろう。ごそごそと近衛西軍の証である襟章バッジを取り出し、六花に差し出した。


「気をつけろよ」


 ほんの少しだけ、気付かないくらい不安げに瞳を揺らす亜嵐。実の娘のように可愛がってくれる彼に心配をかけるようなことはできない。


「はい」


 見かけより重い襟章バッジを受け取った六花は、何事もなく役目を果たすことを心に誓った。






 年末はあれやこれやとバタバタしている間に過ぎ去り、あっという間に伽羅皇国は新年を迎えていた。

 今日から始まる一週間に渡る城内警備。六花の初仕事だ。


「よしっ!」


 長い髪を一纏めにし軍服に身を包んだ六花は、自分自身でも驚くほど、どこからどう見ても男の子である。最後に襟首に襟章バッジをつけて腰に剣を差せば、一端の近衛騎士の出来上がりだ。


加乃カノさん、家のことは頼みますね!」


 門まで見送ってくれる加乃にそうお願いすれば、彼女はにっこり笑って言う。


「ええ、勿論です。立派にお役目を果たして来るのですよ」


 加乃はお母さんみたい。そんなことを思いながら、六花は亜嵐と一緒に馬車に乗り込み禁城を目指した。



 伽羅皇国では、皇帝に新年の挨拶と前年度の報告をするよう各地方の領主に義務付けている。それゆえ年始の儀の間は官吏でなくとも手形ひとつで城門を突破できるため、不届き者が後を絶たないという。


「私は何処の警備をすれば良いんですか?」


 初仕事はそれなりに気合いも入るもので、取り澄ましつつも内心ドキドキワクワクしながら聞いた六花。そんな様子を知ってか知らずか、六花を一瞥した亜嵐はしれっと言い放った。


うまやだ」

「う、ま………?」


 亜嵐の台詞に耳を疑った。

 馬と戦う自身の姿を想像し、虎狩りを思い出して青褪める。


「阿呆か、警備するのは馬じゃねぇ。御者の方だ」


 放心状態に陥っていた六花の頭を小突いた亜嵐は、呆れ顔で言った。


「厩の側に御者の待機場所がある。お前は怪しい奴がいないか目を光らせてれば良い」


 とりあえず馬を警戒する必要はないらしい。草食動物だから虎よりはマシか、なんて考えていたことは秘密だ。


「陛下の周りは俺たちが固めるから、危害を加えるような真似は絶対にさせねえ。だが挨拶しに来る者に混じって変な奴がくっついて来ることがあんだよ。だからお前は、御者に妙な動きがないかしっかり見張ってろ」


 最初はいかがなものかと思ったが、なかなか重大な任務のようだ。こんな役目を全くの新人である六花に任せてくれたことに感謝しなければならない。


「はい、命にかえても任務を果たします!」

「馬鹿か。死にそうになる前に他を頼れ」


 必要以上に息巻く六花に亜嵐が拳骨を入れたところで、二人の乗る馬車は禁城に到着した。




 念のためと渡された弓矢を背負った六花は、皇帝の御座す宮殿に向かう亜嵐と別れ、門前にある厩へと向かう。


 当然まだ厩は空で、少し離れた所に御者の待機場所と思しき休憩所がある。その後ろは森だ。地理を把握しておこうと休憩所の中を確認していると、門の方から親衛隊姿の男が歩いてくるのが見えた。


 六花と一緒に厩の警備を任されたのだろう。六花が休憩所から顔を出し挨拶すると、男は一瞬固まって「うわ、大将軍の」などと呟いてからぎこちなく挨拶を返した。


「城門衛士さんですか?」


 槍を持っている時点で明白ではあるが、一緒に仕事をする以上ある程度距離を縮めておく必要がある。そのために会話は必要不可欠だ。


「ん、俺ァ宝殿衛士のレイってえの。まあ禁軍の騎士様からしたらアリンコみてえなもんよ」


 宝殿衛士とは、噂に聞く『宝殿の前に立ってるだけで給料を貰う税金泥棒』のことだろうか。それはさておき、兵士というものは年齢より実力主義のようだ。ガキだと馬鹿にされることを予想していた分拍子抜けも良いとこだ。


「臨時ですが近衛西軍から派遣されました、酉氷雨と言います。よろしくお願いしますね、零殿」

「殿!? 気持ちわりィからやめてくれ! 零でいい、零で」

「なら私も氷雨で良いです」


 悍ましい物でも見るような目をする零に対抗してみたものの、「舞姫はどうだ?」と零は提案する。


「はあ? 馬鹿にしてるんですか?」

「ホラ、あの剣舞だよ。あれ以来お前は酉大将軍の寵愛を受ける舞姫だって俺らの間じゃ有名だぞ?」


 カラカラと笑う零を見て、六花は自分の顔が引き攣るのを感じた。


「私は男です! それに亜嵐様に男を囲う趣味はありません! 撤回してください!」

「どーどー、落ち着けって」


 零に噛み付かんばかりに反論すると、子供相手のように頭をポンポンされるから余計に腹が立つ。どうにか怒りを鎮めて零の手を払い除けた六花は、舞姫という呼び名を撤回させた。




「それにしても暇だなー」

「…そうですね」


 今日の挨拶は大貴族と高官だけだと聞いている。その分来客も少ない。


「んー、でも必要な時しか人前に出さねえってことは、やっぱり寵愛を受けてるってことでねぇの?」

「ただの家族愛でしょうよ」


 独り言のように終わった話を蒸し返す零。苛立ちを感じながらも冷静に返事をしていると、遠くに見える門から馬車が入ってきた。


「仕事みたいですね」


 主人を下ろした車を引く御者は、貴族を乗せているだけあって立派な出で立ちをしている。馬と車を厩番に預け、迷いなく休憩所に向かうため初めてではないのだろう。

 確認した限りでは、休憩所の出入り口は一つしかなく窓もない上、高架は設備されている。つまり、休憩所の外に出ること自体が既に怪しいということだ。


 休憩所は零に任せ、六花は車の方を確認するため厩へ向かった。

 零が言うには、この車と御者は家から来たとのこと。何年も厩警備をしているうちに覚えたらしい。


 もさもさと干し草を食べる馬を眺めていると、立て続けにゴテゴテと装飾のついた馬車、嫌味なほど金箔で飾り立てた馬車、目の覚めるような青色の馬車が門をくぐって来た。

 最初の車には桐紋、次の車には梅紋、最後の車には柳紋が飾られている。


 車の側面にでかでかと家紋を掲げていれば、流石の六花でもどこの家から来たかわかってしまう。

 六花が三者三様の車に呆れているうちに、トウ家、バイ家、リウ家の順に厩に預けられ、それぞれの御者は休憩所へ入って行った。


「凄いなぁ…」


 たかが馬車に対する異常なまでの拘りに感服する。特に桐家に関しては、馬までが華美な宝飾を施されとても迷惑そうである。


 実用的とは思えない桐家の車をぼんやりと眺めていた時、何かが視界の端を掠めた。




 気のせいだろうか。見間違いかもしれない。

 そうは思いつつも、反射的に森の方へと走った六花は、カサリと音のする生垣に向かって矢を放った。



 低い生垣を飛び越えて放った矢を拾うが、生垣の葉以外何も刺さってはいない。

 こんな真冬に、目に見えない程の速さで活動する動物がいるのか。いつまでも考え事をしているわけにもいかず、動物のせいにして六花は厩へと戻った。


 しかし脳内のもやもやが消えず、六花は警備そっちのけで考え事に没頭する。

 何かが視界を横切ったとき六花は桐家の車の前に立っていたため、位置関係からすれば柳家しか考えられない。


「まさかね…」


 貴族の中でも筆頭格の柳家が怪しまれるような真似などするものか。これ以上疑うのはやめよう。そう自分を納得させて、手に持っていた矢を仕舞おうとした六花の目に、妙なモノが映った。

 先程射た矢の矢羽に黒い繊維のようなものが付着している。矢筒は皮製ではないため元々付いていたという説は薄いだろう。


 だとすれば、やはり誰か侵入者がいるのだろうか。その背後に柳家がいるとなれば大問題だ。それ以前に、六花は見す見す侵入を許してしまったということになる。


 サアッと全身から血の気が引く。

 侵入者を取り逃がしたことによって、もし何かが起こってしまったら。


「零! 少しの間一人でお願い!」


 休憩所の前で立っている零に声を掛けた六花は、零の呼びかけに応えることなく全速力で駆け出した。




 侵入者の目的は謎だが、もし暗殺などを目的としているならば、常に禁城にとどまっている人…つまり皇帝や皇后を狙うだろう。外に家がある貴族や官僚を、態々警備の厳しい今日狙う必要はない。


 どちらにせよ六花などでは到底敵わない相手だ。亜嵐や寅大将軍、その他禁軍の精鋭にこのことを伝えなければならない。亜嵐や寅大将軍がいるのは儀式の行われる瑪瑙(メノウ)宮にある大広間。それなら向かう先はひとつだ。



 ごちゃごちゃと考えながら瑪瑙宮へとひた走り、ようやくそれらしき建物が見えてきたところで、脇道に折れた、はずだったのだが。


「待て」


 足元に響くような低い声が聞こえたのと同時に、背後から手首を掴まれ、大きな手で口を封じられた。

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