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最悪のVRMMOの終わらせ方

※VRMMO=仮想現実大規模多人数オンライン(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)の略称。  ニコニコ大百科より

 FF(ファンタジー・ファンタジー)という馬鹿っぽい名前のVRMMORPGがあった。だがそのゲームは明らかに知能指数の低いタイトルにそぐわず、NPC、つまりモブ達の反応、行動のリアリティある描写で著名になり、リアル系VRMMOのトップランカーとしてその名を刻んでいる。

 その精密さは他のゲーム会社には到底真似できない高度な物であり、その謎を解明しようとゲームを始める者すらいる。ここまでくるとタイトルだけが玉に刻まれた深い瑕であり、一部ではタイトル詐欺とまで揶揄されている。もっともである。


 だが、考えても欲しい。そんなタイトルを付ける奴らがそんな高度な技術を持ち合わせているのかと。

 話は変わるが、前述の解明班の間では、本当にNPCを人が操っているという一説があるのだが、結論から言おう。正解である。

 何を考えたかこの制作陣はアルゴリズムやらAIやらそっちのけで、一人で複数人のキャラクターの行動を制御できる特殊な機能の開発に精力を尽くしたのだ。タイトル詐欺どころか、彼らは間違いなく自らのネジの外れた頭脳をタイトルに表して見せていたのだ。


 しかしさて、困ったことに彼らはゲームの維持など念頭になかったのか(MMOにおいてはだいぶ致命的であるが)、俺らだけで制御くらい出来んだろ、という楽観的に過ぎる考えで、現在最悪の危機に陥っていた。

 幾人ものキャラクターを単身で制御できるのは機械の補助による所が大きいが、人の身にはやはり限界がある。サービス開始から三ヶ月が経とうかという現時点でスタッフの疲労は既にピークを通り過ぎ、精神に大なり小なり異常をきたしていない者は一割に満たないという、この世の地獄を体現したような光景がコントロールルーム内には広がっていた。

 そしてその一割未満の内に含まれる、ある意味では不幸なゴトウという男。彼はこの制作チームにしては珍しく、というかほぼ彼一人だけなのだが、当初よりこの計画に反対していた常識人である。こんな事を続けていれば、いつの日か必ず破綻すると訴えて止まなかった彼はその日、皮肉にもこのゲームの終焉をその目で見届けることとなる。




 彼は今、プレイヤーからバグの報告を受け、調査用アバターとしてその地点へ向かっていた。こうしたバグにはアバターとオペレーターのツーマンセルで対処することになっており、ゴトウは姿無きそのオペレーターに語りかける。


「入ったぞ。場所はここか」

『そう、その宿屋の看板娘さんの様子がおかしいらしい』 

「その子の担当は誰だったか調べといてくれ」

『了解』


 無駄のない短い通信はつまり、彼らがこの手の処理にだいぶ手慣れてきてきている証拠だ。ここ最近はいよいよ制作チームの限界が近いのか、こうしたバグ(という体のヒューマンエラー)の報告が増加している。

 ゴトウが溜息を吐いてウエスタン形式の戸を開けると、可愛らしい声が飛んできた。


「よく来たな勇者よ! さあ、中に入るがよい!」


 しかし口調はやたらと尊大で、街角の宿屋とのミスマッチ感が凄まじい。その声を発した彼女はどこからか持ってきた豪華な肘掛け椅子に座って、ふてぶてしく足を組んでいた。

 そんな彼女に、普通に食堂を訪れていた一般のプレイヤーが、恐る恐る手を挙げて話しかける。


「あのーすいません、飲み物を……」

「なに……貴様私に飲み物を注がせようと言うのか? この無礼者がぁ!」

「ひいっ、すいませんすいません!」

「お、俺も一つ!」

「貴様もか! 良かろう、貴様はこの私が直々にいたぶってやる、この愚民がっ!」

「ぐあっ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 バコンバコンとお盆でプレイヤーの尻を叩く看板娘と、それを受けて恍惚の表情を浮かべ謝辞まで述べる愚民(プレイヤー)。     


『どうやら彼女の担当は軍国の王様と兼任らしい。ごっちゃになってるな』

「誰だ王と宿屋の娘を兼任させた奴は! これじゃ食堂っつーかSMバーじゃねーか!」

『けどほら、上手い具合にマッチングしてるじゃないか。性癖的な意味で』

「そんなマッチング見たくなかったわ! いいからあれ非表示にしろ、もう見たくない」

『はいはい』


 すぐに看板娘の姿はかき消え、後には四つん這いの屈強な男だけが不満顔で残されていた。


「ふう。なんだよ、あのままで良かったのに……」

「このゲームにR18がかけられますので勘弁してください」

「このゲームって自由が売りなんだろ?」

「性に奔放って意味じゃねーよ。エロゲでも風俗でも余所に行ってください」


 不満を垂らす愚民をぞんざいにあしらって、ゴトウは件の軍国の王をモニターに写す。

 宙に浮く画面の向こうでは、武勲を立てたプレイヤーへ国王直々の賞与が行われようとしている。最悪のタイミングであった。




「こ、ここが王の間か……緊張すんな」


 一人のプレイヤーが扉の前で呟いていると、守衛から入室を促され、大きな扉がゆっくりと開かれた。ゴトウにはそれが地獄の門、あるいはパンドラの箱の蓋のように思えてならなかった。


「いやっしゃいませお客様! お好きな席にどうぞ!」


 彼を出迎えたのは正しく地獄の使者。ムキムキ強面髭面の宿屋の看板娘という、合体事故を通り越して大惨事級のモンスターであった。

 ニッコリ笑顔は威嚇の証。証拠にプレイヤーの時間は完全に停止している。が、そこは接客業のモンスター。意にも介さずそのドスの利いたバリトンボイスで、不気味なほどに明るく話し続ける。


「空いている席ならどこでも構いませんよ! あ、あそこ丁度空いてますね!」

「あ、空いてる席って……確かにあそこしかありませんけど……て言うか他に席なんて無いですけど……」


 その視線の先には当然王の間なので、華美な装飾の施された立派な玉座。あれよあれよと言う間に、報償を受け取るはずが何故か玉座に座り、精神的拷問という接待を受ける羽目になったプレイヤー。その脇で相変わらず笑顔の国王が伝票らしき物を取り出した。


「それでは注文お受けします。オススメは取れたて新鮮王家の剣ですよ!」

「と、とれたて!? 王家の剣ってそんな野菜感覚でできんすか!?」

「はい! 裏手の畑で毎月収穫してます!」

「畑!? もうそれ野菜じゃないんすか!?」




「おいもう意味わかんねえぞこれ!」

『しっちゃかめっちゃかに混同してるな。剣を渡したらさっさとあの王を消そう』




 結局それを注文してしまい、これで長ネギなんか持ってこられたらどうしようと不安がっていたプレイヤーだが、持ち込まれた物はかろうじて剣の見た目をしており、胸をなで下ろした。


「お待たせしました~。熱いのでお気を付けください」

「熱いの!? 何で!?」

「あ、もしかしてフーフーサービス欲しいんですか?」

「え、い、いやいらないです! フーフー大丈夫です!」

「もー仕方ないですね! いきますよー! フー、フー」


 効果音で言えばブフォ! ブフォ! という凄まじい肺活量をもって、一心不乱に剣に息を吹きかける一国の王。その風のあおりで前髪がふわっと浮き上がる涙目のプレイヤー。




「なんだこの地獄絵図! もうあいつさっさと消せ! あのプレイヤーが二度とゲームできない体になる前に!」

『了解』


 モニターの向こうでパッと姿を消す王の姿をした何か。玉座のプレイヤーは数瞬の後、全身を弛緩させて椅子に崩れ落ちた。


「酷い絵面だった……この担当者には仮眠をとらせよう。その後減給しよう」

『そうしよう。ところで、またバグの情報だ。隣国の屋台通りが変だと』

「またかよ……じゃ、そこに飛ぶぞ」


 管理者アバター特有のジャンプ機能でその場へ飛ぶと、そこは活気に溢れる街中。屋台通りより少し離れた場所だった。


「あれ? おいジャンプがズレてるぞ」

『どうやらシステムも不調が出ているらしい。人力AIに人手を割かれすぎたな』

「だから無茶だとあれほど……もういい、自分で歩いて行く」


 一見普通の通りに見えるが、ネズミが猫を追い回していたり、馬車を引く馬が直立不動でホバー移動のようになっていたりと、そこかしこに細かいバグが散見される。しかし先ほど超重量級のバグった光景を見せられて感覚が狂い始めたゴトウは、大して気にもせずにズンズンと突き進む。

 そして角を曲がり屋台通りに出ると、普段と変わらぬ威勢のいい声でそこは満たされていた。


「ここからじゃ異常は分からないな。どこだ?」

『ゴトウから見て右側の四店目だ』


 言われた通りそこに行ってみると、どこにでも見かけそうなモブがフランクフルトを売っている、少なくとも見た目は普通の屋台であった。


「普通……かな?」

『とりあえず話しかけてみろ』

「そうだな。すいません、いいですか?」

「よく来たな勇者よ! さあ、この聖剣を受け取るがよい!」

「おいこんなセリフさっきも聴いたぞ!」

『担当者は聖国の王と兼任してるな』

「なんで国王と接客業はいちいち兼任なんだよ! 相性が悪すぎるだろ!」


 フランクフルトを突き出してそれを聖剣とのたまう屋台のオヤジは、端から見れば狂人としか言い様が無かった。


『ん……あ、ゴトウ。隣となり』

「あ? 何だよ?」


 そこには、赤いマントに小太りのおじさんが、一心不乱に焼きそばを焼いている光景が。そしてその頭部には輝く王冠。


『彼はこの国の王だ』

「いよいよ王そのものが出てきやがった! 焼きそば焼いてねえで城に帰れ!」

「あ、すいません。焼きそば一皿ください」

「毎度ぉ!」

「テメェさっきの軍国の王じゃねーか! 焼きそば食ってねえで国に帰れ!」

『凄いなここ。王だらけだ』

「どんな国際会議の場だよ! 嫌だよこんなソース臭い場所で国政の話されんの!」

『ん……ゴトウ。どうやらそれは王本人じゃないようだ。後ろを見ろ』


 そう言われて振り返れば、後方にも並ぶ数々の屋台屋台、屋台。

 そして屋台一つにつき国王国王、国王。

 店主全国王という異常事態。ムキムキ強面髭面店主の怒号に近い呼び込みが雪崩の如く辺りに満ち満ちる。


「うわあああ! キモい! キモい!」

『アバターが全部軍国の王になるバグが発生しているな。これはキモい』

「何でよりにもよって! 早く何とかしてくれ! この空間ごとぶっ壊しても良いから!」

『いや滅茶苦茶言うな。待ってろ、何とかしよう』


 一旦通信が途絶える最中でも、国王達の呼び込みは止まらない。


「どうだそこの貴様! 我が王家の剣を食してみるか!」

「何を言う! 貴様の粗末な剣など犬も食わぬわ! それよりこちらの王家の剣はどうだ!」

「何を言う貴様! 邪魔立てする気か!」

「何だと貴様! やるのか!」

「貴様後悔しても遅いぞ!」

「貴様ぁ!」

「貴様貴様うるせえ! なんで中身まで国王になってんだ! 見た目だけの改装じゃねえのかよ!」


 次々と参戦する国王達による三対三の変則マッチが始まると、何だ何だとプレイヤー達も集まってしまい、辺りの喧噪は悪い方向に増す一方である。


「頼む……早く何とかしてくれ……!」

『戻ったぞ』

「よくぞ! よくぞ! さっさと直してくれ!」

『もう既に。周りを見てみな』


 ゴトウはパァッと表情を弾けさせ、顔を上げた。


 国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王国王右を見ても国王左を見ても国王どう足掻いても国王。


「国王だらけじゃねえか!」

『何を言う、ほら。聖国王もこの国の王も混じってる』

「だから国王だらけじゃねえか!」


 先ほどまで屋台付近だけに留まっていた国王パンデミックは、いよいよ周囲全てのNPCとプレイヤーを国王にするというバイオハザードの様相を呈していた。

 道往く国王。窓を拭く国王。手を繋いで歩くムキムキと小太りの国王カップル。

 直立不動で馬車を引く国王。チュンチュン鳴いて木から飛び立つ国王。四足歩行で逃げる軍国王に追う聖国王。目に見えるところ国王国王国王。

 プレイヤー達もこの惨状にたちどころにパニックになり、悲鳴を上げ、道端で戻し、失神したのかログアウト状態になる者すらいる。戻した者は恐らく現実の方でも顔と胸元辺りが大惨事になっているはずだ。


「てめえ何て事してくれたんだ! 直してきたんじゃねえのか!」

『もちろん。ほら、これでバランスが良くなったろう。ムキムキが一人、二人……小太りは三人かな? いや、どれも国王か。あは、アハアははあ……』

「お、お前……もしかして……」

『あれ? ゴトウ? おーい、あれ? どこ行ったのかな? すいません、ゴトウのヤツ見かけませんでしたか? 国王様』

「え」


 ゴトウは首の骨を軋ませながら、ゆっくりと横を向く。只只、恐怖が待つだけの店頭のショーウィンドウを、見なければいいと分かっているのに、そのままログアウトすればいいと分かっているのに、しかし彼の体は早鐘のような心拍に急かされて止まらない。


 止めろ、見るな、何もないさ、ほら、誰もいないだろう? 誰も……


 俺も






 その後、FFファンタジー・ファンタジー制作チームは漏れなく全員が病院へとぶち込まれ、FFのサービスは完全に停止。

 ゲーム内全ての動物の外観が国王になるという超ド級のバクを起こし、数々のプレイヤーにトラウマを刻みつけた悪名高きこのゲームは、VRMMOファンの間で「三ヶ月の悪夢」という異名を持ち、伝説として語り継がれていく事となる。無論悪い意味で。


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