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白鳥の首ゲディス 後編

白鳥の首ゲディス 後編


 我々は作戦上、すぐその海沿いの村に行くことはありませんでした。

 3ヶ月後、我々はたまたまその村の近くを通ることになりました。その時、ゲディスが隊長にあの村の女との約束がある、ほんの少しでいいから海沿いの村に寄って欲しいと頼みました。我々はゲディスがまだあの女との約束を覚えていたこと、そして隊長に頼んだことに驚きました。

 我々の知っている知っているゲディスは、ただ黙々と隊長の命令に従う男で、自分からはめったに口を開かない男だったのですから。それに我々はあの村の女のこと、約束のことなど生死がかかった戦いの中ですっかり忘れてしまっていたのです。

 隊長はゲディスの黒くやせ細った顔をじっと見つめました。その目はゲディスがあの女との約束を、何よりも重く考えていることを充分に分からせるものでした。

 隊長は短くうなずくと、水を補給すると言って海沿いの村に向かいました。

 村に着くとゲディスは自ら家々を尋ね回り、あの女から聞いた名の娘を捜し始めました。片言の言葉で通じたのか、ゲディスの熱意が通じたのか、ある一軒でその娘は今、海岸にいるということがどうやら分かりました。ゲディスはその家の者に例のおじぎをすると、隊長に許可を取り木の葉の包みを手に海岸へ向かいました。隊長が私もついていくよう命じたため、私もゲディスと同行することになりました。

 5分もしないうちに密林を抜け、ゲディスと私の目に短くはありますが白く美しい海岸と、一人の女の子の姿が飛び込んできました。

 娘というよりは女の子といったその子は、一人で海岸にいました。海岸の尽きる所は大きな岩場となっていて、女の子はその岩の一つに向かって何かを供えていました。

 女の子を驚かさないように、ゲディスと私は静かに近づきました。白い砂浜は軽く柔らかな音がしました。

 ゲディスは女の子から少し離れたところで声をかけました。

 女の子は少し驚いたように振り向きました。その動作はどこかぎこちありませんでしたが、その時の私たちには気が付きませんでした。ゲディスは優しく何か言いながら近づき、女の子に例の木の葉の包みを差し出しました。女の子はどこかおびえる風を見せましたが、ゲディスが特に危害を加えるような人ではないと分かったようでした。

 女の子が木の葉の包みを取ろうと手を差し出しました。

 そこで私たちはハッと息を呑みました。女の子が何もない空をつかんだからでした。目の前にある包みが取れませんでした。女の子は空を手探りで、ゲディスの差し出した包みを捜していました。

 私たちは女の子をよく見ました。彼女の目には白いガラスが入ったように、白く濁っていました。彼女はしろそこひ―白内障でした。

 ゲディスは女の子の手を取ると、包みをそっと手渡しました。その様子は、ゲディスをとても傭兵とは呼べない程に優しく、慈愛に満ちたものでした。女の子は匂いをかいだり、音を聞いたり、その感触を楽しんだりしているうちにやがて包みを開けてくれとでも言うように、包みをゲディスに向けて差し出しました。ゲディスは包みを受け取ると、それを丁寧に開けました。中には乾燥されたものが色々と入っていました。樹皮のようなもの、花の実、動物の内蔵のようなものなど。

 それらはどうやらこの女の子のための薬のようでした。女の子は一つ一つを手に取ると顔をほころばせ、懐かしそうに、大切に触れていました。その中には貴重なものや、あの村を思い出させるものがあったのでしょう。私たちは彼女の表情からそれを読み取りました。

 私はその時思いました。あの村の女はこの女の子の母親なのではないかと。何らかの理由で、この女の子があの村からここに移されたのではないか。そして、その理由は分からないけれども、女の子はここでせめてもの救いか、なぐさめとして、この海岸に来ているのではないか。

 女の子が祈りを捧げていた岩には、大きな目をした石神が彫られていました。この神は目の神様ではないのだろうか? 女の子はこの石神に、自分の目のことを治してくれるよう祈っているのではないか。私はそんな気がしました。だからこそあの包みの中身は目の薬であり、離れてしまった母親のぬくもりでもあるのではないのか、と。

 ゲディスも同じように思ったようでした。

 ゲディスはやがて、包みを元のように戻すと女の子にそっと握らせ、石神そして女の子に向かって深々とおじぎをしました。

 「行こう」、ゲディスは私に言いました。

 村に帰る途中、ゲディスは私につぶやくように言いました。

 「どうにもならないのだろう。しかし…、もっと早く来たかった」

 私はゲディスが、「しかし…、」に力を込めたように思えました。

 私たち傭兵には、その命の見返りとして、一つの作戦ごとに報酬が手に入ります。その額は決して多くありません。むしろ無いと言ってもいいくらいです。そしてその使い道は、ほとんどが自分の身を守る武器に変わるのです。しかし私は、ゲディスがそのわずかな報酬からやりくりをして、たとえどんなにわずかでもどこかに送っていることを知っていました。

 私にはゲディスがつぶやいたあの「しかし…、」に、全てがこめられている気がしました。

 人を殺めることが我々の使命です。

 しかしこの一件はそんな私とゲディスに、まったく異なるものをあの子の白い目とともに植え付けました。

 それからでした。ゲディスのペンダントが白く塗られたのは。

 ゲディスがあの白い砂浜に思いを寄せたのか、あの女の子の白い目を忘れまいと塗ったのかは分かりません。しかしこの出来事が、ただのペンダントを白鳥にした理由だと私は信じて疑いません。

 白鳥となったペンダントには、一カ所だけ以前のまま塗られていない箇所がありました。それは白鳥の目でした。

 白鳥の目ははっきりと確かに黒く、どこまでも空の彼方を見つめていました。


 それからしばらくして、ゲディスは傭兵ゲディスから、白鳥の首ゲディスと呼ばれるようになりました。

 これが私の知っているゲディスの、そして白鳥のペンダントの話です。

 天に向かって伸ばした白い首、その彼方に向かって祈るような目をした白鳥は、まだ休まることを許されていませんでした。

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