そのいち
やあやあ皆さまこんにちは!私は高校2年、宮本真琴!花の女子高生です!!よろしくね!!
走りながらウインクをすると、隣から人間業とは思えない蹴りが入ってきた。
「うるせェ黙れ少し!」
「痛いわボケだって現実逃避したくなるじゃん?!ナニコレねえナニコレ!!」
「知るか俺の方が聞きたいわ!」
私に蹴りを入れたのはクラスメイトである川上辰也。通称暴力男である。金髪がきらめく様はまさに不良としか言い様がない。
ちなみに私は黒髪である。ぼさぼさ。
さて、自己紹介はこれくらいにしておいて。
今、私達は――――
「おい宮本」
「なんだゴリラ!」
「なんだとこの地味女」
「女子に向かって暴言はいけません」
「お前が言うな!」
「え?今なんて言った?ああうるさいあいつら!!」
再度言おう。
口を開けば暴言が飛び交うが、今私達は危機的状況に陥っている。
森の中を全力疾走する私と川上辰也の後ろには、見るだけで全身の毛が逆立つようなおぞましさと気持ち悪さとくりっとしたチワワみたいなかわいい目を持った、デカいてんとう虫。が、数え切れないほどの群れで私達を追いかけてくる。うわカサカサいってるゴキブリかよ。
「あれ気持ち悪いやばいねえ川上辰也ちょっとあの群れに突っ込んできなよ歓迎されるかもよ!」
「いやいやお前の方が歓迎されるだろ大丈夫大丈夫行ってこい!」
「どこからくるんだその自信は!」
「そのままそっくり返してやるわ!!」
「じゃあそれをラケットで返してやろう!」
「ないだろラケットなんて!」
あほみたいなやりとりをしていたら、急に後ろが静かになった。あれほど聞こえていたてんとう虫がたくさんの足で地面を蹴る音も、耳をつんざくような鳴き声も全部。
「…?」
川上辰也が足を止めてそっと背後を振り返ったので、つられて私も振り返ってみた。
いたのは様子のおかしいてんとう虫軍団と、しゅるりと木と木の間から生えた、ツタみたいなもの。それはちょうど私達とてんとう虫軍団の隙間に入り込んでいた。
「…助かった?」
「…のか?」
二人で顔を見合わせて首を傾げる。
「…ん?」
「どうした川上辰也」
「フルネームって呼びづらくないか?…なんか、音が…」
「音?」
そっと耳をすましてみた。あ、ホントだドスドス音がする。こっちに向かって歩いてきてるような……足音?振動もかなりする。さらに言うと地震とも違う地鳴りである。
その足音が聞こえなくなったとき、ぬっと地面に影が落ちた。
てんとう虫軍団が一斉にひっくり返る。死んだふりだ。
上を見て、私はてんとう虫軍団と同じように死んだふりをしたくなった。
現れたのは化け物。
5メートルは超えるであろう狼に似た巨体。毛はどす黒く、ギョロギョロと忙しなく動く目玉は悪魔のように赤く不気味に輝いている。あ、目が合った。
「……」
「……」
川上辰也も思ったことは同じらしい。ちらりと私を見て、頷く。
次の瞬間には、その化け物の前から逃げおおせた。
「なんなんだここはぁあああああああああ!!」
川上辰也の叫びが、森の中にやけに良く響きわたった。
だからその叫びにかき消された声があったのを、私は知らない。