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アレクシスの場合

僕の夢は、史上最強の魔術師になる事。


父上よりも母上よりも強くなって、行く末は賢者になる事。


炎の魔術に長けた父。そして、氷の魔術に長けた母。


魔術の資質も見た目の雰囲気も性格も正反対の二人が結婚し、僕が生まれた。


物心付いた頃から、期待と羨望と嫉妬の中に僕は落とされていた。


そんな僕の魔力は、全く無かった。


だから、落ちた先には嘲笑だけが残っていた――。










「アレクシス」

「はい、父上」



父の私室。父の隣には母も居て、何を言われるのかと顔を上げる。



「アレクシスは、やはり魔術師になる気はないか?」



今まで何度も問い掛けられた言葉に、僕は毎回同じ答えを口にする。



「勿論です」



魔力も無いのに魔術師になんてなれる訳が無い。


そんな僕を本当に二人の子かと、馬鹿にするヤツも居るのは知っている。


そして、今日もいつもと変わらず同じ流れで事が進むのだろうと思っていた所に――。



「あら~、遅くなってごめんなさ~い」



目がチカチカしそうなほど眩しい金の髪を振り乱して、何も無い空間から人が現れた。


驚いたのは僕だけで、父は呆れ顔をし、母は楽しげに微笑む。



「あれほど、玄関から入れと言っているだろう」

「面倒なのよ。取り次ぎとか、待ち時間とか」



呆れ顔をしつつも憎めないという表情は、突然の来訪者を受け入れている。



「エスト、相変わらず元気そうで嬉しいわ」

「ヒルダも、いつ見ても綺麗で羨ましいわ」



お互いを大切な物のように優しく柔らかく抱き合う。


そんな母と謎の金の魔術師を見て父が「コホン!」と、咳払いを一つする。



「いや~ね、無駄に嫉妬深い夫を持つと」



父に対して不敵な笑みを見せ、そっと母の身体から離れる。



「うふふ、アレクとも久し振りでしょう。もう、十二歳になったのよ」



母の言葉に大人三人の視線が一気に僕に向けられると、思わず心臓が僅かに跳ねるのを感じる。



「初めまして、アレクシスと申します」



僕は冷静を装い、型通りの挨拶を口にする。



「“初めまして”ね…」



何かを探るように目をすっと細めて僕を見る。


そんな目で見られる事には、もう慣れてしまっているから今更気にならない。



「仕方ないわ、忘れても。もう随分と会ってないもの」

「そうだな、八年?九年前?まだ、小さかったからな」



両親は、うんうんと頷いて二人して勝手に納得する。九年前に会った?僕は、その時三歳だ。憶えてなくて当然だ。



「それより、魔力が無いなんて嘘ね」



金の魔術師に腕を捕まれた所から、バチバチという音と共に強烈な痛みを感じる。


あまりの痛みに顔を歪め、思わず――。



「ヤメ、ロ…!!!」



グオンという地響き、部屋がと言うより建物自体が大きく揺れ、全ての窓ガラスがピシピシとひび割れたかと思うとパリンっと弾け飛ぶ。


立っていられないほどの揺れに、父は母を庇う様に覆いかぶさりガラス片から身を挺して守っている。



「ほらね、魔力が無いなんて、ウソ」



何でもないという表情でこの魔術師は「逆に魔力在り過ぎで、困るぐらいね」と両親ににこやかに話しかける。



「エーレンフェスト…、アレクシス…」



父が周りを見渡しながら、一瞬の出来事に少し呆然とし僕の顔を見詰める。


あの腕の痛みは、本当に在ったのか?地響きは?大きな揺れは?


何故なら、この部屋は何も変化が無いからだ。


窓ガラスも、一枚も割れていない。



「幻覚の術…――」



色の失った顔の母がポツリと呟く。



「エスト!!どうして!?」

「だって、二人の子供が全く(・・)魔力が無いなんてあり得ないもの」



少しも悪びれる様子もなく、この金の魔術師は言い切る。



「うふふ、暴走した魔力は私が吸収したから大丈夫よ~」



吸収したって…、あれだけ魔力を!?



「さ、父上と母上にちゃんと話しましょう」



そう言って、金の魔術師は僕の両肩に手を乗せ、真実を語るよう促す。


事の始まりは簡単な事だ。


父は“炎帝”、母は“氷帝”とまで呼ばれるほどの実力者。


そんな二人から生まれた僕は二人以上の魔力を持ってしまった。


両親が今まで培ってきた全てが、僕の二人を上回る魔力のせいで無駄になってしまうのではないかと思うと……。


小さな僕は、魔力が無ければいいという考えの下、自ら魔力を封じ込めてしまった。


そして、今の今まで魔力の無い振りを演じ続けていた。


それをこの金の魔術師は一瞬にして見破ってしまった。



「しばらく、ウチで預かるわ」



金の魔術師の言葉に、両親はどうしようかと迷いの表情を見せる。



「そのつもりで私を呼んだのでしょう?それに、ちょうどウチに同じ年ぐらいの剣士見習いが居るの。子供は子供同士の中で色んな経験をした方が良いと思うの」



確かに、魔力0から一気に魔力∞になってしまった僕をどう接していけば良いのか。



「僕、この人と一緒に行きます」

「決まりね、行きましょうか」



どこへ?――などと言っては、愚問だ。


どこへでも行ってみせる。僕の魔力(ちから)が、思う存分試せる場所ならば。


そう、僕に魔力が無いなんて嘘だ。


僕は仕方なくこの男を師と認め、ようやく両親に元を離れ魔術師となる一歩を踏み出したのが十二歳のこの日だった――。










今、僕はたたみ六畳の和室に居る。



「どうして、エーレンフェストの部屋に魔導書があるんですか?」



僕の質問は、ごく当たり前な質問だと思う。


ここは、僕達にとっては異世界だ。


メグムの世界には魔術師は居ない。それなのに、これほど大量の魔導書があるのはおかしい。



「ん?――ここの店長にお願いしたら、手に入ったのよ」

「………」



ここの店長って…、メグムが働いてる書店の店長ですか。


エーレンフェストは、書店の二階の空き部屋に住んでいる。


ユーリのマンションとは違って、とても古いがどこか懐かしく落ち着く感じがする。


本棚に無意識に手が伸びる。



「あ!やっぱり、それが一番気になる?」

「………」



手にした書物のタイトルは『解説、呪詛の術』。暇つぶしにはちょうどいい読み物だろう。



「お借りしても良いですか?エーレンフェスト」

「勿論よ、アレクの為に取り寄せたのだから」



古い擦り切れた表紙をめくり中を確認する。本の状態は思っていたより悪くない。



「エーレンフェスト」

「あら?何かしら?」

「今更ですが、最後に僕の両親と会ったのはいつですか?」

「う~ん、いつだったかしら?――でも、何度もこっそり覗きに来てたわよ~」



「さすが、俺の息子だ」とか「いいえ、私が産んだからよ」とか、ジークヘルムもヒルデガルドもホント親バカよね~と、エーレンフェストは言う。


僕がメグムと出会って魔獣討伐の旅に出る前に、魔獣によって両親は二人揃って天界へと召されてしまった。


もう、会いたくても会えない人達。


こっそりエーレンフェストの屋敷に来て、僕の様子を片隅から見るぐらいならちゃんと顔を見せてくれれば良かったのに…。



「いつか、聞かせて下さい。両親の若い頃の話を」

「いつでも良いわよ。楽しい想い出ばかりだもの」



心の中で想う――もう一度、会いたかったと……。                 










昼過ぎ。


マンションに着いて、玄関を開けると中から「おかえり~、アレク~」と声が掛かる。


靴を脱いで、キッチンを覗くとメグムが蛇口の水に手を入れている。



「どうしたんですか?その手は…」

「え、えーっと、ちょっと、火傷かな?」


よく見ると、手の甲から親指にかけて、赤紫色に変わっている。



「よく見せて下さい」

「っ!!」



優しく手を取ったつもりなのに、痛かったのかメグムが顔を少し歪めてしまう。


すぐさま、手全体を包むように氷の術を使って火傷を冷やす。



「どうして?こんな事に?」

「あ~、えーっと、アイロン掛けしていたら…」



「私ってドジだから」と言って苦笑いするメグムに、それは僕の仕事だからと思わずきつい口調で責めてしまう。


少し強く言い過ぎたかなとメグムの目を見れば「あ、そうだ。お昼ごはん食べた?」と、尋ねてくる。



「メグムは、いつもそうやって話を変えてしまう」

「え?なに?なに?何の話?」



わざとなのか、天然なのか。


いつも、どんな時も、メグムは何も無かったように振舞う。


僕の気持ちも知っているくせに、知らない振りをして――。



「食事は要りません」

「あ、そうなんだ。――えーっと、それより、そろそろ氷もいいかな。ヒリヒリ感も無くなってきたから」



この異世界に来て、魔術は不要なもの。こんな事ぐらいにしか役に立たない。


尽きる事の無いの魔力をあれほど持て余していたのに…。


僕はただ、メグムが救急箱から薬を取り出し塗っているのを黙って見ている。



「アレク」

「はい」

「えーっと、ゆーくんには内緒ね」

「……」

「火傷の事」

「何故ですか?」

「だって、ちょっとした傷でも舐めて治そうとするし」

「……!」



一瞬にしてカっとマグマにも似た、煮え滾る感情に身体が支配される。


この感情は、説明しろと言われれば出来ない事もないが。


ユーリにだけ感じいた感情。


最近は、レオンにも感じてしまう。



「メグムにとって、ユーリは特別ですか?」

「?」


僕の質問の意味が分からないのか、メグムは首を傾げてくる。



「僕は、ユーリやレオンより下ですか?」

「!?」


まだ分からないのか、眉間に皺を寄せ考える仕草がどこかユーリと似ていて苛立ちが募る。



「僕にも、治癒の術は扱えます」

「!」

舐めて(・・・)、治してあげますよ」

「!!」



メグムを抱き上げ、自室へと連れ込む。


ベッドに下ろし、火傷した手を舐めながら感情に任せて抱き締める。


嫌なら嫌だと抵抗してくれれば、まだ救われる余地は有ったかもしれない。


メグムの火傷は綺麗に痕も無く治ったけど、涙の痕は残ってしまった――。






疎外感。


あの日から感じるようになった。


レオンハルトが「メグムにとって、俺って、何?」と、メグムに問うた日からだ。


二人の間に何が有ったかは知らないけど、その日を機にレオンは何か吹っ切れたような、何か手に入れたかのような、表情が随分と柔らかくなったように見える。


ユーリは、もともとメグムに対して余裕で、独占欲が強いくせに、僕達がメグムの傍に居ても気にならないというか最初から相手にしていない様子。


二人の間には、目には見えない切れない糸があるように思う。


ユーリは、初めから手に入れている。


レオンは、あの日、手に入れたんだ。


僕も欲しい。手に入れたい。


なのに――…。










「あら?帰ったんじゃなかったの?」



黙って勝手に入っているのを咎められるかと思っていたけど、エーレンフェストは相変わらず春の日のような暖かい微笑を浮かべて僕を見る。



「喧嘩でもした?」

「………」



喧嘩ならまだマシだ。許して貰えるまで謝れば済む話だ。


でも、今回のは違う。


行き場の無い気持ちを無理やり抱く事でメグムにぶつけてしまった。



「アレクの悪い所ね。一人で決めて、一人で結論出して、一人で完結してる」

「………」

「時には、立ち止まり振り返って自分の辿って来た道を見る事も大切なのよ」

「………」



「独り善がりの勝手な判断が一番いけないのよ」と言って、エーレンフェストは苦笑する。


言っている意味は、理解出来る。かつて、自己満足な思い込みで両親を悲しませた事がある。その事を言っているのだと。



――僕の悪い所か…。



そうかもしれない。


でも、もう此処(異世界)には居られない。居てはいけない。


どんな顔をしてメグムに会えばいいんですか?


何よりも誰よりも大切な人を傷付けておいて、愛しい人の傍に居られるほど強くない。



「メグに求めてはいけないのよ。彼女は“片翼の歌姫”なんだから」

「?」



意味が分からない。“片翼の歌姫”とは何ですか?


確か、以前にもエーレンフェストはメグムの事をそんな風に言ったような……。



「片翼の歌姫は、世界を愛し世界の為だけに生きる者」



エーレンフェストの瞳は、何処か遠くを見詰めて話し始める。



「片翼の歌姫は、祈りの歌を捧げ世界の均衡を守る者」



ふふっと、少し寂しげな顔をして僕を見る。



「エーレンフェスト“片翼の歌姫”とは、何ですか?」

「それはね、永遠の魂を――」


「そこまでに、してもらおうか」



僕達の会話を遮ったのは、紫色の瞳をしたユーリ。



「エーレンフェスト、その話は二度とするな」



ふうっと息をつき肩の力を抜くエーレンフェストは「そうね」と一言だけ言い、自分のこの部屋を出て行く。


ユーリは横を過ぎるエーレンフェストに視線を向ける事無く、僕だけをその紫の目で射抜く。



「アレク」

「……!」



低く耳にいつまでも残るユーリの声に思わず身が引き締まる。



「アレを泣かせたな」

「…ユーリ」

「アレを泣かせるヤツは、誰であろうと何であろうと俺は許さない」

「――っ!」



グゥンっと、鈍い音に転移の術を施すユーリ。足元には赤黒い魔法陣が浮かんでいる。



「俺はこう見えても優しい。故に、ここで俺に殺られるか、おまえの望む場所へ逝くか、決めさせやろう」



二者択一。


ここで、無残に屍を晒すか、逝く先で永遠に生き地獄を味わうか。


ユーリは、メグム以外の者には興味が無い。さらに容赦も無い。



「覚悟を決めろ。さっさと逝け。おまえの望む場所へ」



ユーリは触れてなどいないのに、僕の身体はバランスを崩しそのまま魔法陣の上に落ちる。



――僕の望む場所。



それは、生まれ育った世界なのか、両親の居る天界なのか、それとも――。


脳裏を巡る記憶は、どれも懐かしい。


そして、最後に思い浮かぶのは愛しい人の事。笑った顔、怒った顔、泣いた顔――。


あの涙は、どんなに稀有な輝石よりも美しく輝き、遥か彼方の星よりも切なく瞬く。


揺蕩う感覚の中、僕は思う。


もう一度やり直せるのなら……。



――メグム。










落ちた先で、強かに肩を打つ。


痛みに顔を歪め、目をゆっくり開けると、そこは――。



「おかえり~、アレク~」



見慣れたマンションの玄関に、耳には自分の名を呼ぶ愛しい人の声。



――まさか、全て、幻?



キッチンを覗けば、ユーリのエプロンを付けたメグムがフライ返しを持って「えいっ!」と気合を入れ何やら調理している。



「――メグム?」

「あ、アレク!おかえり!もう少ししたら、出来るから待ってて」



僕は自分にとって、都合の良い夢を見ているのだろうか?


メグムの隣に立てば「おやつに、パンケーキ、作ってるの」と言い、確かに甘い匂いが鼻をくすぐる。


ただ呆然と立っているだけの僕を不思議に思ったのか「アレク?」と顔を上げ、目と目が合った途端、メグムは見る見る顔を赤くしていく。



「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ってて!!」



と、メグムは慌てて火を止め、キッチンを出て行くすぐに救急箱を持って戻って来た。



「っ!――まさか、また火傷ですか!?」



メグムの手を取って確認するが、どこも傷一つ無い。とても綺麗な手だ。



「ち、ちがっ!!」

「?――メグム?」



ますます赤さを増す顔色に、目は泳ぎ、明らかに挙動不審。


そして、メグムの手の中には絆創膏が一つ。



「と、とにかく、コレ、貼るから、屈んで!!」



ペタっと貼られた場所は、鎖骨の少し上。


勿論、怪我なんてしていない。故に、メグムの行動の意味が分からな…――!!!!



「メ、メグムっ!!!これって、つまり、!!!!」

「あわわ!アレク、それ以上、言わないでーーっ!」



「絶対にいいって言うまで、取らないでね」と、メグムに念を押される。


つまり、ここにはあの時メグムが付けた痕が有る訳で…。


そう思うと、メグムに負けないほどカーっと顔が熱くなるのを自覚する。



「メ、メグム…。怒ってませんか?」

「…?」



頬を朱に染めたまま、首を傾げる仕草に思わず両手を差し出し、抱き締めたくなる。


そんな僕に、メグムは自ら飛び込み僕の両腕にすっぽり納まる。



「怒ってるのは、アレクでしょう」

「………」

「特別とか、下だとか、意味不明な事を言って」

「………」

「ゆーくんは“特別”というより、頭が上がらないのいね。まぁ、小さい頃から一緒な訳だし…。レオンは――」

「……っ」



トクンっと、心音が聞こえてきそうなほど。これほど、逃げ出したくなるような衝動に駆られる事なんて。


魔物と対峙してる時でも、こんな風にはならなかったのに。


そんな僕をメグムはじーっと、上目遣いで何か探るような目で見つめてくる。



「レオンは、アレクと一緒!!私の方が年上です!!こっちに戻ったら年下になってしまったけど、私が年長者です!!」

「メ、メグム!?」

「ついでに言っておくけど、私はゆーくんより、一ヶ月お姉さんなんだからね!!」

「………」


「“姉”と豪語するなら、もう少しその流され体質を改善して欲しいな」


「ゆーくん!?」

「ユーリっ!!」



戻って来たのか、相変わらずの不機嫌さを隠しもせず、僕を見るユーリの目は本当に面倒臭そうで…。


さらに、メグムと一種に居る所を見られては、もう逃げ場は無い。



「さて、アレクシス。逝った先が(めぐむ)の所とは、往生際が悪いな」



足元には、エーレンフェストの部屋で見たのと同じ魔法陣が現れる。


ぐっと、ユーリに胸倉を捕まれ、有無を言わせないとまでに魔法陣の中に放り込まれる。



――今度こそ、終わりですね。



そう思った瞬間。背中から落ちる。



「…アレク」

「メグム…」



閉じていた目を開けるとメグムが居る。驚いて、目を見開いて回りを確認すると、やはりさっきまで居たキッチンに居る。


この状況を理解出来ない僕をユーリは何度も乱暴に足蹴りで魔法陣の中に放り込む。


その度に、落ち逝く先はメグムの傍ら。



「…これって」

「深く考えるな。これがアレクの望む場所だ」



深く考えるなと、言われても。この魔法陣はメグムと繋がっている?それとも…。



「何度、落としても此処に落ちるとは。他に逝く宛てが無くて良かったな」



ユーリの言葉に、身体に電流が走るのを感じる。


逝く宛てが無い――つまり、僕の逝く先は常に…。


実は、答えはそれほど難しくは無く、とても簡単で単純で。僕が一人勝手に僕の心を難しくしていただけ。



「僕は、此処に居たいです。メグムとレオンとユーリと一緒に」



そんな僕にユーリは眼鏡のブリッジを中指で軽くあげ「勝手にしろ」と言って、埃のかぶった古い本を置いて行く。



「エーレンフェストの部屋から持ち出した。読み終わったら返しておけ」



手にとって、その本を確かめると――。



「『超簡単 誰にでも出来る輪廻転生の術』…!?」



あまりにも怪し過ぎるタイトルに、言葉が出ない。


でも、これでこの先も永遠に続く未来をメグム達と一緒に居られるなら。



「メグム」

「なに?」

「ずっと、この先もメグムの傍に居たい。居ても良いですか?」

「当たり前でしょう!この世界でアレクが困らないように守ってあげる!」

「守る?僕を?」

「そう!だから、どんな小さな悩みも遠慮せずに言ってね!」



「一人で何でも解決しちゃうアレクって凄いけど、たまには頼りにされたいのよ。私としては!」と、かなり上から目線のメグムの言葉に肩の力が抜けていく。



「守って下さい、僕を」

「勿論、ずっと異世界では守られっ放しだったんだもの。この世界では、私が」



そう言いつつも、僕は永遠にメグムを守り続けると約束する。


この身が朽ち果てても、魂は新たな身体を得て生き続ける。


どんな世界であっても、メグムの傍で。



「あ、レオンが帰って来る」

「え?」



腕の中にあった柔らかな温もりが、離れていくのを寂しく思う。


メグムはフライ返しを片手にパンケーキ作りを再開する。



「どうして?レオンが帰ってくると分かるんですか?」

「ん?だって、分かるよ。う~ん、何となくかな~?」



足音が聞こえる訳でも、声が聞こえる訳でも、気配を感じる訳でもない。


なのに、メグムには分かる?レオンだから?



「メグム、それは、レオンだからですか?」

「え?――アレクの時だって、分かったよ」



だって、五年も一緒に旅してきたんだもの、とメグムは言う。


理由なんて必要無いでしょう、と。



「ただいま~~」



玄関の施錠が外される音と共に、レオンが帰って来た。


メグムが「ほらね」と目配せだけをして「おかえり~、レオン~」と、出迎える。



「さて、全員揃ったし、おやつにパンケーキを食べよう」



メグムは「はい、はい、はい」と、パンケーキを人数分に取り分けてくれる。


皿の上には、綺麗にカットされたパンケーキ。どの皿もパンケーキは同じ大きさ。


メグムの中では誰が特別とか誰が上だとか、そういう括りは存在しないのだろう。



「たくさん食べてね。三人の為に作ったんだから」



素直に、美味しいと思う。


この先、次の時代でもこんな風に四人で食卓を囲んでいたい。


こんな僕だから、きっとまた一人勝手に悩んで迷惑を掛けてしまうだろう。


でも、僕には救いの手を差し伸べてくれる人達が居る。


いつ道を誤っても、何処を彷徨っても、落ち逝く先は必ず。



――メグムの傍ら。






『アレクシスの場合』 END





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