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召喚されて、戻ってきたら  作者: 塔子
召喚されて、戻ってきたら 3
6/14

【後編】

――ここは、緑溢れる深い森の中。


暖かな木漏れ日が、降り注いでいる。



「ここは、私が生まれ育った場所」



エスト様は、すっと目を閉じる。



「私の記憶の中の世界」

「え!?」

「過去の映像の中に居るのよ」

「それって…」



この綺麗な風景は、今は存在しないという事?



「森は、焼き払われてしまったのよ」

「………」



懐かしむように慈しむように緑の森を見渡しながらエスト様は言う。


そして、その美しい表情を陰らせる。



「魔獣さえ、復活しなければ…」

「!」



何も言えない。


どんな言葉を掛けても、この景色はもう何処にも存在しない。


だからなのか、風で木々の揺れる音も、小鳥たちのさえずりも、小川のせせらぎも何も聞こえない。



ここは、音の無い空間。


時間の流れから切り離された小さな世界。



「エスト様…」



心配げな声色で顔を上げると、エスト様はいつもと変わらない微笑みで「続きをしましょう」と。



は!?続き!?続きって!?



「ちょ、ちょっと、エスト様~~~!!」



私の抵抗なんて、たかが知れている。本気で抗う事なんて出来ないし、師に対して無駄な努力だ。



「んっ!」



右耳をはまれ、本当にパクパクと今にも食べられてしまいそうな勢いだ。



「甘くて、美味しいわ」

「エ、エスト様!待っ、――んーーっ!!」



キ、キス~~~っ!?


ダメでしょう!マズいでしょう!ヤバいでしょう!!


だって、女同士でこんなっ!!


舌を絡め取られ、エスト様が本気であるのが分かる。



「エ、エスト様っ!」



長く感じられたキスから解放され、息も絶え絶えで私は言い放つ。



「私は、女ですーっ!!」

「あら、そんな事、知っているわよ」



思わず、うっとり見つめてしまいそうになるエスト様の余裕に満ちた微笑に、開いた口が塞がらない。



「あの…、エスト様、本当に…分かって――」

「うふふ、私の可愛いメグ。貴女のそういう鈍い所も嫌いではないのよ」



エスト様が「――でもね」と言って、エスト様自ら上着のボタンを外していく。



――もう、逃げられない!!



私の心の叫びが、届いたのか。



「逃げても無駄よ。私も、ここまで来てしまったのだから」



私は、目を見張った。


上着を脱いだエスト様に、有るはずのものが、無い。


エスト様に、胸が、無いーーっ!?


ぺったんこの私ですら、ささやかな膨らみはありますよ!


そんな私より無いなんて、有り得ないでしょう!!



「エ、エスト様っ!」

「なあに?」


「いつから、男の人になったんですかっ?」



微妙な空気が流れる。


今までに、こんなエスト様は見た事が無い。


お腹を抱え、涙を浮かべ、必死に笑うのを我慢している。



「エスト様…」

「嫌だわ。私は、生まれた時から男よ」



う、嘘でしょう!


誰か、嘘だと言ってー!


目の前に居る絶世の美女が、男だなんて!


何かが、間違ってる!


うわ~ん、異世界!!間違ってる~~!!!



「でも、エスト様、そんな素振りなんか…」

「う~ん、メグが私の傍に居てくれるなら、女と思われてても良いかなと思っていたの」



ほんの僅か憂いを含んだ表情を見せるエスト様は、本当に麗しい女性そのものだ。


私自身、女である事に自信を失いそうなほど。


そんな事ばかり考えてる私に、エスト様の言葉は続く。



「魔獣を倒し、無事に戻って来たメグをどんなに嬉しく思った事か」



はい。窒息死するかと思うほど、抱き締められました。



「メグが元の世界に帰りたいと言った時、どんなに胸を痛めた事か」



はい。凱旋後、休養という理由で半ば監禁状態には驚きました。


すぐに、解放されたけど…。



「メグの幸せの為、帰すのが一番良いと何度も自分に言い聞かせた事か」



はい。魔獣さえ倒してしまえば、即日即行、帰れるって信じてましたから。



「私の勝手な都合で召喚し、私の勝手な気持ちで帰したくないなんて…。メグにとっては酷い話よね」

「…エスト様」


「でも、自業自得だって思っていたの」

「………」


「どんなに辛くても、悲しくても、諦めなくてはって。二度と会えなくても、我慢しなくてはって。気が狂いそうだった。いいえ、もう狂ってしまったのかも」

「………」



エスト様の瞳は揺れる事無く、私から視線を逸らさない。


それに比べて、私の心は揺れる。



「レオンとアクレが貴女の後を追って消えた後、私は何を守りたかったのか、何を手にしたかったのか、そして、何が一番大切なのか、分かったの」



優しく、だけど、強く、抱きすくめられる。


私もエスト様の背に手を回し、同じように強く抱き締める。


エスト様の胸に耳を寄せ、聞こえてくるのはトクトクと早鐘のように打つ鼓動。


いつも、冷静沈着なエスト様がこんなに震えているなんて。



「私もあの二人と同じ。全てを捨てて、メグを愛しに来たの」










エスト様に抱きかかえれた状態でマンションの玄関前に居る。


春の女神かと思うほど、エスト様は柔和な微笑みを浮かべ何度も私の額にキスを落とす。



ええ、そうですよ。


歩く事も立つ事すらままならないほど、愛されましたよ。


エスト様に「メグの涙に狂いそう」と。


「泣かないで」と言いつつも「泣かせたい」と、ちぐはぐな事を言われ、もう、どうにもこうにも…。


と言う訳で、エスト様はちゃんと男の人でした――。



そうっと、エスト様の腕から降ろされ、私は中を伺うように、ゆっくりドアを開ける。



「メグム!」

「メグム!」



鎧を身に付け、両手に剣を構え、殺気に満ちたレオンハルト。


魔力を高め、すぐにでも魔術が行使出来る状態のアレクシス。あわわっ!


そんな完全武装で、外出なんて許しません!



「何処行くつもりなの!」


「行かせてたまるかっ!!」

「行かせません!何処にも」



…はい。また、会話が噛み合いません。


全く、この二人は…。


普段は、のんびりのほほんとしてるくせに、感情的になると暴走するのが難点だ。



「ちょっと、落ち着いて――」


「エーレンフェスト!メグムは俺の女だ!!」



コラー!いつ、私はレオンの女になったのよー!


レオンは赤い髪を逆立て、今にも切りかからん勢いだ。



「例え、誰であろうとメグムは譲れません!」



コラー!譲れませんって人をモノ扱いするなー!



アレクは銀の髪を振り乱して、聞こえてない?私の声。



「メグムを連れ戻す輩は、例え、エーレンフェストであろうと絶対阻止する!」


「勝ち目は無いと分かってますが、指を加えて見ているだけなど出来ません!」



……え?どういう事?


誰が、私を連れ去るって?


私だって、本気でイヤだよ。


また、どっかに召喚なんて。


…ま、まさか。


ちらりと私は振り返り、エスト様に視線を向ける。



「あら、嫌だわ~。メグを独占したいけど、さすがに連れ戻す気は無くてよ」



イヤイヤ、独占って言われたら…、エスト様には前科(監禁未遂事件)があるじゃないですかっ!!


それに、連れ戻すのは私ではなく――。



「連れ戻すのは私じゃなく、レオンとアレクなんでしょう?」



確認の意を込めてエスト様に問う。


エスト様は、ほんの少し驚いた顔をして瞬きを繰り返すが、すぐにふわりと微笑んでくれる。


こんな状況下でも、つい先ほどの行為を思い出して頬が熱くなる。



「ふざけるな!エーレンフェスト!!」

「馬鹿ですか!エーレンフェスト!!」



二人の声が重なった。


完全にキレてる。


この流れを回避するのに、咄嗟に出た言葉が――。



「おすわり!おすわりー!おすわりーーっ!!」


「うげっ!?」

「んぐっ!?」



まるで、重力に耐えきれないという感じで、床にベシャっと這いつくばって、起き上がろうともがくレオンとアレク。


うっ、ごめん。


ちょっと、やり過ぎたかも…。


そんな私達三人を見てエスト様は屈託無く笑み、「あなた達って、違う世界に来ても変わらず同じなのね」と。



「そうね。レオンとアレクの二人相手なら私も負ける気はしないけど、黒翼の王が相手となると、……どうかしら?」



ずっと、後ろに控えていたゆーくんにエスト様は話し掛ける。


相変わらず眉間にくっきり皺が寄り、ただ単に機嫌が悪いというレベルじゃないゆーくん。


私でも分かる。


視線だけで相手の息の根を止める事が出来そう。


ゾクッと背中に何かがつたう。


いつの間にか、ゆーくんの目の色は紫色に変わっている。



「私もお伽話だと思っていたわ。まさか、実在していたなんて。――ならメグは片翼の歌姫なのかしら?」



は?エスト様?


私が――カタヨク?歌姫!?


自分で言うのも何ですが、有り得ないほどの音痴なんですよ!!


友人曰わく、私の歌声は最終兵器だとか。


何より、ゆーくんの紫色の目がいつもと違ってかなり怖い。


そんなゆーくんにエスト様はニコニコと微笑みを浮かべ、「あまり過去を詮索するのは、止めておきましょう」と言い、「本題に入りましょう」と話を変える。



「そもそも、私がこの世界に来た理由は――」



ゴクっと喉が鳴る。



「メグを私の紅い月にする為よ」

「…はぁっ!?」



あ、紅い月!?


つまり、それって……。



「エーレンフェストっ!!」

「エーレンフェストっ!!」



腹這い中のレオンとアレクが、ジタバタともがく。



「私を貴女の蒼い月にして?」



とエスト様が私に請う。


な、何を言ってるんですか!?エスト様~~っ!!


それって、異世界ではプロポーズの決まり文句じゃないですかーーっ!!



「――って、プロポーズぅ~~!?」



私一人がパニック、いや、レオンとアレクも必死にもがいている。


今回の“おすわり×3”は、かなり効果抜群で思うように身体が動かない様子。


うわ、こんな時に私ってタイミング悪過ぎっ!!


ワタワタしてる私達を優しい眼差しで見守るエスト様。



めぐむを俺から連れ去る奴は、何者であろうと容赦はしない」



そんなエスト様にゆーくんは殺意に満ちた言葉を放つ。


あわわ!レオンとアレクを制する事は出来るけど、ゆーくんの場合は……。


えーっと、どうすれば良かったっけ~!?


って、何も無いじゃないーー!!


つまり、この場で最強なのはゆーくんで。


ゆーくんとエスト様が激突すれば、ココは…、ココとかそういうレベルじゃない!


きっと、この世界は――。


自分の想像(=勝手な妄想)に血の気が引く。



「まっ、待って。ゆーくん」



私の声が聞こえていないのか、紫色の瞳には怒りの炎が揺らめいている。


対峙するエスト様は、綺麗な笑みを絶えず浮かべながら、相変わらず神々しいオーラを惜しみなく振り撒いている。


初めて見る本気モードの二人になす術も無く、かと言って黙ったまま何もしないのも非常にマズい。


レオンとアレクは、今、役に立たない状態。


わ、私が何とかせねば!



「ゆーく~ん、エスト様~」



何も策が無いまま、二人の間に入る。



めぐむっ!」

「あらら」



あれ?何で、いきなり戦意喪失?


あんなにギラギラ戦闘モードだったのに…。



めぐむ、泣かないでくれ」

「ふぇ?」


「メグの涙には、誰も勝てないわね」

「きゃ!」



二人して頬を舐めないで!!


本当に泣いてるの?自覚が無いのですが…。



「メグを何処にも連れて行かないわ。信じてくれる?」



可愛らしい仕草で首を傾げて、微笑む女神様(男だけど)は、懇願というよりかなり上から目線。



「私がメグの居る所へ行くの。だから、傍に居させて」



え?つまり、それって…。



「エスト様!!異世界あっちに戻らないって事なんですかっ?」

「えへ、ヴィルヘルムとコンラートに押し付けてきちゃった♪」



エスト様!大賢者なのに、将来有望なのに、美人なのにー。


うわ~ん、目に浮かぶよ。三賢者の内、二人のおじいちゃん達が、にっちもさっちもいかない様子が…。



「だって、メグの居ない世界なんて、退屈で仕方ないでしょう」



いやいや、私が頑張って魔獣から救った世界ですよ!!



「メグが居れば、もう何も要らないわ」



女神は、今までに見た事が無いほどの優艶な笑顔を見せた。










結局、大賢者エーレンフェストも、こっちの世界の人となった。


「私の我が儘でメグを召喚したのだから、最後まで我が儘でもいいでしょう」と、屈託無くエスト様は微笑む。


そうだった。エスト様は、誰より我が儘で自分勝手で自己中心的。


それでも、許せてしまうのは、いつも最後には相手の為を想い行動するから。


ヴィルヘルムさんとコンラートさん、二人に仕事を押し付けて来たと言うけど、きっとおじいちゃん二人でも困らないように準備をして来ていると思う。



そして、今夜もゆーくんのマンションは賑やかだ。



「このっ!エーレンフェスト!!俺のから揚げ取るな!!」


「あぁー!エーレンフェスト!!それは、僕の分です!!」


「お前ら!うるさい!!飯の時ぐらい静かに食べろ!!」


「だって、メグのご飯、久し振りで美味しくって嬉しいんだもん!」



男が四人も揃うとこんな感じなの?


確かにゆーくんの言うとおり、非常にうるさい。



「レオンもアレクも、そんなに怒らない。私の分、あげるから」



そう言って、私のお皿からから揚げを一つレオンのお皿に乗せようとした時。



「あーん」

「っ!?」


「あ、僕も!あーん」

「!!!」


「あ、それ、良いわね。あーん」

「………」



エスト様まで…。


怒りを通り過ぎると、もう溜め息しか出ないというか、呆気に取られて…。


私が、このから揚げを彼らの“あーん”に応えれば、この場が静かになって収まるのね。



「はい、レオン」

「アレクも」

「エスト様、どうぞ」



そんな様子を眉間に皺を寄せたまま見詰めていたゆーくん。



「…ゆーくんも」



公平に扱わないと大変なことになりそうなので、勿論、ゆーくんにも。



「メグ!食事の後、一緒にお風呂に入りましょう!」

「っんぐ!?」



エ、エスト様~~!もう少しでから揚げを喉に詰まらせる所でしたよ~~っ!!



「ふざけるな!エーレンフェスト!」

「馬鹿ですか!エーレンフェスト!」



収まったはずなのに、また始まったよ…。


でも、何だか懐かしい。


異世界生活を思い出す。


レオンハルトは“風呂なんて、有り得ない!”と。


そして、アレクシスは“僕だって、我慢してるのに”と――。


無言でカタンと椅子から立ち上がったのは、ゆーくん。


自分の食器をシンクに置き振り返る。そして、一言。



「レオンは、此処の片付け」

「はぁ?」


「アレクは、洗濯物を畳め」

「え~っ」


「エストは、もう家に帰れ」

「ヤダ~」



ゆーくんの命令に反論しても覆らない。


それを、知ってる三人は渋々席を立つ。



めぐむ、入ろうか」

「むっ!」



私も、よ~く知ってる。


いつの間にか、ゆーくんペースで物事が進んでいる事に。


ゆーくんに抱っこされて、行く先はバスルーム。


心の中で、大きな溜め息をつく。



「ゆーくん。多分、明日も、明後日も、明明後日もあるから、今夜は程々に」

「諦めろ、めぐむ



ダイニングでは、何やら三人の自己主張する声が聞こえてくる。


レオン達が明日からの順番を決めているのだろう。


また、今夜から幸せ過ぎて寝不足の日々を過ごす事になりそう。


本当に、これでいいのかな?って、思った日もあったけど。



レオンハルトが居て。



アレクシスが居て。



ゆーくんが居て。



エスト様が居て。



そこが、私の辿り着く場所。



幸せは、そこにある。



うん。私はこの世界で一番の幸せ者だ!










あと、私の体力と睡眠時間があれば、もっと幸せかも…――。









『召喚されて、戻ってきたら3』   END






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