【前編】
朝、目覚めると――。
見慣れた天井にカーテンからこぼれる太陽の光。
あぁ、そっか、戻ってきたんだ。
もう、野宿したり魔物に襲われる心配もないし、戦いに明け暮れる事もないんだ。
起きよう。
朝ご飯作って、洗濯して、少し片付けて掃除して。
あれ?
身体が重い。動かない。
まさか、呪い?石化の術でも受けた!?
いやいや、どんな魔法も無効化する体質の私にそんな事は有り得ない。
それに、私は戻ってきたんだから。
首を右に向けると赤い光が、左に向けると銀の光が。
え?え?何?何?
「よぉ、メグム。もう少しゆっくりしようぜ」
「相変わらず、早起きなんですね。メグムは」
は?どういう事?
「それとも、もう一回スるか?俺は何回でもいいぜ」
「限界まで、試しますか?何度でも付き合いますよ」
身体が動かないのは、呪いでも石化の術でも何でもない。
「こらーっ!いつまで、抱き付いてるのよー!」
シングルベッドに三人で寝るなんて、暑苦しい!息苦しい!むさ苦しい!
冗談じゃない!と、ばかりにベッドから飛び出す。
「わ、私を抱き潰す気かーー!」
「メグム、ヤる気か?こうなったら、とことんヤるか!」
「メグムが望むなら、イき着く所まで、イきましょうか」
目が!二人共、目が本気だ!
「五年分の俺の想いは、ハンパないぜ!」
「言い尽くせまん。五年分の気持ちは!」
もう、十分です!
お腹いっぱいです!
これ以上、食べたらお腹を壊してしまうよ!
「とにかく、服――」
レオン!フェロモン全開で近付くな~!
アレクも!魅了の術を使ったでしょう!
右耳を甘く優しくはむのは、レオン。
左耳に熱い吐息で囁くのは、アレク。
「あっ!やんっ!」
ピンポーン。
朝早くから、来客です。
ピンポーン、ピンポーン。
「レオンハルト、アレクシス、や…めて――っ!!」
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
あわわ、このチャイムの鳴らし方は!!
「こ、こんな事してる場合じゃない!早く!とにかく、早く、服を着てーーっ!!」
私の必死の訴えが通じたのか、危険を感じた時の二人の判断と動きの速さは、さすがと言うべきか。
五年間で培った、身を守り戦いに対する反応は完璧だ。
私も、慌てず冷静に下着と衣服を拾い上げ、身に着けていく。
玄関のドアをゆっくりと開ける。
「お、…おはよ」
「おはよう、愛」
そこには、不機嫌さを眉間の皺で表した男が立っていた。
遠慮なんて微塵も無く、すっと部屋の中に入ってきた男は、銀の眼鏡のブリッジを押し上げ、持っていた大きな紙袋をメグムに差し出す。
「今日は、N社の面接だろう?いつまでも寝てないで準備しろ」
「う、うん」
「それから――、あれは、何だ?」
「ん?」
あれって?何?こっちが訊きたいよ…――って、忘れてたーーっ!
敵意むき出し、且つ殺気立てて、レオンは両手に剣を、アレクは呪文を唱えてる。
昨夜と同じ展開ーっ?!でも、違う!全然、違うー!!
その構えは、相手と刺し違えてでも構わないっていうヤツじゃない!
その呪文は、身を滅ぼす覚悟が必要な禁術っていうヤツじゃない!!
「ちょ、ちょっと、待って!待ちなさい!!」
「メグム、あいつ、まじヤバい!!」
「メグム、早く、離れて下さい!!」
バ、バカ!!ここで、そんな、ごつい奥義とか究極の魔法とか繰り広げられたら、この辺一体、壊滅状態になるじゃない!!
「お、おすわり!!」
私にも、二人の暴走を止める術をこの五年間で習得しておいて良かったと、初めてココに来て思う。
「いい加減にして!何がヤバいの?何が離れて下さいなの?」
すうっと息を吸って、ゆっくり息を吐き、“おすわり”状態の二人に言い放つ。
「あれは、私の従弟なの!!」
信じられないというような顔をして二人が私に詰め寄る。
「あいつ!俺と同じ“気”を持ってるぞ!」
そんな“気”なんて知らないってば!
「おそらく、僕と同等の力を感じます!」
だから、そんな“力”も知らないって!
……でも、まさか。
「ゆーくん、そんな能力持ってるの?す、スゴい!」
「愛……、有る訳ないだろう!――それより」
私の従弟、ゆーくん事、渡瀬侑理は、さらに眉間に皺を寄せて言った。
「――それより、何なんだ?あの赤いのと銀色のは?」
赤いの――燃える炎ような赤い髪の男、レオンハルト。
銀色の――煌く月光のような銀の髪の男、アレクシス。
……私、今、見惚れていた?――なんて、まさかね?
「全く、昨夜、あの三島圭祐と別れたばかりだというのに、また変なのを連れ込んで」
――なっ?何で?知ってるの?圭祐と別れた事!!
その情報、どこから?だって、まだ24時間経ってないよ!!
本当は、ゆーくんも持ってるんじゃないの。遠視の術とか。
「あぁ、説明は後で構わない。先に面接に行く準備をしろ!」
素早くリクルートスーツに着替えて、メイクもささっと簡単に済ませる。
髪も短いながら一つに纏めて。
大きな紙袋の中から、ラップに包ませたおにぎりを取り出して、ゆーくんは私に渡してくれる。
「駅まで送ってってやる。話は、車の中で聞く。――あいつらにも、これを食わせとけ」
紙袋の中を覗くと、沢山のおにぎりと沢山のタッパーが。
無駄の無い動きでゆーくんは、タッパーを冷蔵庫に冷凍庫にとぱぱっと入れてくれる。
「車、回してくるから。その間に戸締りして、下で待ってろ!」
的確な指示に、私は頷く。
「すぐ、ここに戻ってくる。それまで、おとなしく留守番でもしていろ!」
ゆーくんが言う赤いのと銀色も、素直に頷いた。
私の話す五年間の物語を、車を運転しながら従弟の侑理は、最初は驚きの表情を見せたものの、真剣な面持ちで最後まで聞いてくれた。
「――愛」
「ん?」
「守ってやれなくて、ごめん」
「ううん」
別に、ゆーくんのせいでもないし、悪い訳じゃない。
どういう理由で選ばれたのか知らないけど、私が召喚されて、こうして無事に戻って来たのだから、何も誰も悔やむ必要は無い。
――何より。
「信じてくれるの?」
「愛は、嘘が下手だからな」
やっぱり、ゆーくんだ!
このゆーくんの私に対する無条件の優しさが好き。
「まぁ、それなりに楽しかったし。人間、やる気になれば何でも出来るって、学んだよ」
私一人では、出来ない事も誰かの助けがあれば頑張れる。
レオンハルトが居て、アレクシスが居て――。
そして、元の世界に戻れば、ゆーくんだって居て――。
私を支えてくれる。
私を導いてくれる。
私に勇気をくれる。