渡瀬侑理の場合
「渡瀬くん、貴方の事が好きなの」
「それで?」
「誰とも付き合ってないなら、私と付き合わない?」
「悪いが、誰とも付き合う気は無い」
話があると呼び出されれば、この程度のものだ。
所詮、この茶髪の女もこの程度なもの。
「く、工藤さんは、イトコだって言ってたわ!!」
「だから?」
「三島くんと、付き合ってるって!!」
「あのバカ男とは、とっくに別れてる」
「わ、私!諦めないから!!」と、完璧に施されたアイメークの奥の目が嫉妬に滲む。
はっきり言って、煩わしい。
愛以外の人間など、どうでもいい。
世界が滅びようが、大地が揺れ崩れようが――。
(この惑星すら、どうでもいい)
大学内にあるカフェに向かえば、愛が一組の男女と三人でお茶を飲みながら談笑している。
俺の姿を遠くから見つければ、手を上げ「ゆ~くん」と声を掛けてくる。
友人二人も心得ているのか、男はすっと席を立ち、女の方は「渡瀬くん、愛の事、お願いね」と言って去って行く。
俺も何も言わないが、この愛の友人は、俺の勘が正しければ前世では宰相と宰相の妻――。
「ゆーくん、北條さんとの話は終わったの?」
ついさっきの出来事なのに、完璧に記憶を消去していた思い出したくない事を愛は思い出せてくれる――と言うより。
(あの女、北條っていうのか?)
「別に話も何も無かった」
「へ~、てっきり、告白だって思ってたのに~」
「………」
「北條さんって、可愛いもんね」
紅茶の入ったカップを手に愛は窓の外を見て、勝手に一人で喋り続ける。
あの髪の色って地毛らしいよ。成績も良いって教授が言ってたとか。有名な会社の社長令嬢なんだって。小さな頃は海外生活していて。ピアノのコンクールでは優秀な成績で。
「愛」
「それに…、え?なに?」
「そろそろ、出よう。書店のバイトの日だろう」
「…うん」
午後からの講義は教授の都合により休講となった。
ゆっくりと愛と昼食を取る予定だったのが、あの茶髪女せいで無駄な時間を過ごしてしまった。
先に席を立ち、トレイに乗ったカップを返却口まで返すと「そ、それぐらい出来るのに」と愛は言うが、最後には「いつも、ありがとう。ゆーくん」と感謝の言葉をくれる。
それはいつもの事で、いや、ずっと昔から続いている変わらない日常だ。
「ゆーくんも、誰かと付き合ったりすれば良いのに」
「面倒だろう」
「格好良くてモてるのに、もったいない」
「愛が居れば、それでいい」
「…わ、私なんて、すぐに飽きるよ」
「飽きる訳ないだろう」
長く、気の遠くなるほどの時間と時代を超えて来たんだ。
愛が、誰と居ようが構わない。
最期は俺が看取り、俺の腕の中で逝く。
そして、魂は時空を越え、新たな生を得る。
隣を歩く愛は、表情を和らげ微笑み――もう一度「ありがとう」と。
それは、感謝の気持ちではなく、労いの言葉でもない。
大切な言葉だと知っている俺は「ありがとう」と同じ言葉を返す。
お互い、姿形は変わってもこの言葉だけは変わらない。
今も、未来も――。
* * *
「起きろ、愛」
「う~、もう少し…」
休日の朝のメグムは、いつもこんな感じだ。
「はぁ~、やっぱり、こっちの世界の方がのんびり出来て良いわ~」と、異世界から帰った頃は、そんな事を言っていたのを今でも忘れる事が出来ない。
愛が異世界召喚なんて、しかも五年もの長い間、俺は何も知らなかった。
その事実だけでも、自分の力の無さを痛感する。
もう二度と目の届かない所へは行かせない。もっと近くに置いて手放さない。
「早く、起きろ」
「う~~、あと――」
「今すぐ起きないと、襲うぞ」
「――あわわ」
このセリフを言えば、ガバっとベッドから降り愛は、パジャマを脱ぎだす。
たった今「襲うぞ」と言ったにも関らず、愛は気にもせず肌を晒す。
「それって、俺に襲って欲しいって事か?」
「ゆーくんは、朝からそんな事はしませーん」
信頼されているのか、家族感覚でいるのか。
この場合、後者である事には違いない。
「そのまま来い」
「え?」
説明は面倒だ。反論も抵抗もされる前に、こちらのペースにしてしまえば…。
相変わらず、愛は流され体質で、巻き込まれ体質だ。
「く、苦しい…っ」
「黙っていろ」
「だって、き、キツく締めすぎっ!」
「すぐに終わる」
「ちょ、どこに手を入れて!!」
「しっかり立っていろ」
「もう、いやー!ゆーくん!!」
「コレぐらいの事で喚くな」
何やら朝から艶めいたセリフに、否が応でも想像力が働くのは仕方ない。
バタバタドタドタと二つの足音が、こちらに向かってくるのが聞こえてくる。
「メグムー!!」
「メグムっ!!」
赤いのと銀色のが勢いに任せてドアを開け、愛の部屋に乗り込んで来る。
「レオン~~、アレク~~、く、苦しい~~、助けて~~、絞め殺される~~」
たかだか、着付けをしてるだけで、全くオーバーな。
グっと帯を締め形を整え、帯揚げ帯締めを結べば完成だ。
「何なんだ?メグム、その服?」
「変わった柄ですね。綺麗です」
「うーん、民族衣装って所かな?」
珍しいのか、愛の傍を離れない二人。
愛の髪は短いから、整えて飾りを付けるだけだ。
「どこか、出かけるのか?」
「…えーっと、どこに行くの?ゆーくん」
レオンハルトの質問をそのまま俺に横流しする愛は、親戚に結婚する人は居ないし、披露宴だって呼ばれてないし――と、一人でぶつぶつと話す。
「ホテルで食事だ」
簡潔に答えれば「と、いう事だって」と、また愛は答えも横流しする。
「遅くはならないが、留守を頼む。食事は、冷蔵庫に用意してあるから」
俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織る。
車のキーを手に取り、もう片方の手は愛の手を取る。
駐車場に向かい、愛を助手席に座わらせ、俺は運転席に座りエンジンをかける。
走り出した車の中では、愛は、そわそわし落ち着きが無い。
「着物を着て食事って、どういう事?」
「たまには、いいだろう」
「食事って、誰と?」
「伯母さんと伯父さん」
「食事って、親となの?」
「俺の親ともな」
「……!?」
怪訝な顔をして、俺の顔をじーっと探るような目で睨んでくる。
そんな顔をしても無駄だ。どんな表情も愛しいと思うのは惚れた弱みか、昔と違ってくるくる変わる表情は見ていて、やはり飽きない。
「ゆーくん、企んでいる」
愛は、口を尖らせ、不機嫌全開でぼそりと言う。
まぁ、企んでいるというなら、それは正解だ。
この先ホテルでの起こる出来事は、愛には内緒で、完全にシャットアウトの状態で両家と俺とで進めてきたからだ。
「だって、ホテルで食事っていう段階で怪しい。しかも、この格好…」
「ホテルを指定してきたのは、伯母さんだ。振袖は伯父さんの希望だ」
眉間に皺を寄せ「う~ん」と唸って見せても、愛には、答えは出ないだろう。
このままホテルに着き車を預けると、すぐさま「本日、担当させて――」と女性スタッフが挨拶をしにやって来て「すでに、ご家族の方はお待ちですよ」と控え室に案内される。
「愛!!」
「お、お母さん!!これ、どういう事なのっ!!」
「まぁまぁ、綺麗に着付けしてもらって。ゆーくんって、本当いつも器用よね~」
「だからっ!一体、今日は何なのっ!!」
微妙に噛み合わない母娘の会話を暖かい視線で見詰めていた伯父が「侑理くん、今日はすまいないね。本当にウチので良いのかい?」と、苦笑いを浮かべながら尋ねてくる。
「勿論です。伯父さん」
「そうよ、お義兄さん。愛ちゃんで凄く嬉しいのに」
「ははは、そうかい?」
「そうだよ、義兄さん。今まで以上に、これからも仲良くしていきましょう」
伯父との会話は両親に任せ、隣に居て相槌を打つのみにする。
横では、愛と伯母さんの会話が少しずつ歩み寄ってきたというか噛み合い始めて――この後、起こる出来事を知った愛が「はぁ~!?ゆゆゆ、結納~~っ!?」と、真っ赤な顔をして叫んだ。
「これより、結納の儀をとり行わせていただきます」
庭園が見える案内された和室では、担当スタッフの女性が進行役となり、つつがなく進められていく。
「結納の品でございます。幾久しくお納めください」
「結構なお品をありがとうございます。幾久しくお受けいたします」
真っ赤になって怒っていた愛も、眉間に皺を寄せてたかと思えば、困った表情に変わり、今にも泣き出しそうな顔をし俯く。
「ありがとうございました。無事、結納をお納めすることができました」
「こちらこそお世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします」
両家の父親達が結びの挨拶をし、約15分ほどの結納は終わった。
引き続き、スタッフが食事の準備をし家族だけで食事が始まると、和やかなリラックスした空気が流れ伯母さんと母の姉妹の明るい声が響き合う。
そんな中、愛は一人、箸が進まない様子で。
「本当に、帰っちゃうの?」
「――え?」
「愛も、泊まっていったら?」
「………」
「就活も終わった事だし、明日は休日でしょう」
「……お母さん達は泊まるの?」
「折角、こんな良いホテルに来たんだもの。もう少し満喫したいじゃない」
「………」
「今からでも、部屋を取って――」
「伯母さん」
話の相手を愛から俺の方へを変えさせる。
この中で一番の年上が伯母さんだ。伯母さんが言い出したら、一つ年下の伯父さんでは止められない。
「伯母さん、すいません。言ってなかったけど、最近、犬を飼い始めまして」
「犬?」
「えぇ、二匹。赤いのと銀色のね」
「そうなの。じゃあ、仕方ないわね。餌とか散歩とか世話があるものね」
ようやく食事会も終わり、納得してくれた伯母達と別れ、来た道のりを車でマンションへと戻る。
「…愛、黙っていて悪かった」
運転しながら、愛の様子をちらりと見れば、小さく溜め息を付いている。
「ゆーくん、絶対、後悔する」
「しない」
「そ、即答しないで、ちゃんと考えてよ!」
「する訳がない」
「だって、私だよ!!」
「愛がいい」
「お、お母さんも言ってたけど“返品、受け付けません”だよ」
「俺の母親も言っていただろう“返品なんて有り得ません”と」
ここまで言えば、愛も、少し冷静になろうと一度口を閉じる。
「ゆーくんは、私と居て楽しい?」
「あぁ」
「私、鈍臭いから面倒じゃない?」
「別に」
「赤と銀がもれなく付いてくるよ」
「それを言うなら、金色もだろう」
「…ゆーくんは、幸せになれる?」
「なれる。愛が嫌だと言っても放さない」
丁度、信号が赤になる。ブレーキを踏み、愛の方に視線を向ける。
愛は、じーっと自分の左手の薬指を見ている。
「愛?」
「ゆゆ、ゆーくんっ、この指輪、いいい、いくらなの?」
「そういうのは、教えない」
「で、でもでもっ、この大きさ!有り得っ――ふがっ、んがっ、んんーーっ!!」
信号待ちでキスなんて、どこか頭の緩い夢見がちなドラマばかり観ているバカップルがするものだと思っていた。
まさか、自分がするとは…。
「ゆ、ゆ、くん!あ、青っ!!あっ、んんっ!!」
「続きは、帰ってからな」
愛は「し、知らないっ!!」と、耳まで赤くし、そっぽを向く。
「ちゃんと、普段用のも買ってある」
「えぇっ!?ふ、普段用!?」
「それなら、付けていても邪魔にならないだろう」
「……ゆーくん、お金、使い過ぎだよ」
マンションに着けば、予想通り二匹の聞き分けの無い犬達が我さきにと廊下を駆けてくる。
「お、おすわりっ!!」
「うわっ!」「うぐっ!」と、赤いのと銀色のは情けない声に情けない顔して、きちんと正座し愛の前にして顔を上げる。
「着替えてくるから、それまで待っててっ!!」
愛の言霊の効果は、感心するほど絶大だ。
お預けを食らった二匹は、しょんぼりとして項垂れる。
着替える為に自分の部屋に入っていく愛の後に俺も続く。
「一人で、脱げないだろう」
「た、確かに…」
呆れるほどだ。どこからどうやって脱ぎ始めたらいいのか、全く知らないくせに。
「ゆ、ゆーくん、もう少し、優しく!」
「黙っていろ」
「は、早く、ほどいてよ~!!」
「すぐに終わる」
「ウソ!ダメ!どこ触って!!」
「しっかり立っていろ」
「もう、こらー!ゆーくん!!」
「コレぐらいの事で喚くな」
このやり取りが、朝の着付けの様子を思い起こさせる。
着せるのも、脱がせるのも、同じとは――。
「着替え、終わったか?」
「メグム、入りますよ!」
そして、赤いのと銀色は我慢出来ずに愛の部屋に飛び込んで来るのも同じとは――。
すばやく、ルームワンピースを愛の頭から被せる。
「お、お待たせ。レオン、アレク」
「メグム、おかえり!」
「メグム、おかえり!」
三人が三人を抱き寄せ合って、微笑み合う。
端から見れば、三人というのが異様なものとして取られるだろう。だが、俺の知らない五年間を共有している三人だからこそ、絆みたいな物が存在するのだろう。
それに対して、俺はどうする事も出来ない。もどかしさは一生消えないだろう。
しかし、こんな風にじゃれ合っている姿を見れば、やはり二匹の犬にしか見えないなと思う。
自分の着替えを済ませた俺はキッチンへと向かう。
「………、レオンハルト!アレクシス!」
なお、リビングで愛とじゃれあい続ける二人に声を掛ける。
「昼食、食べてないのか?用意はしてあったのを伝えておいただろう」
レオンが顔を上げた。
「あ、忘れてた」
アレクが振り向いた。
「そう言えば…」
手付かずのままの料理が、冷蔵庫の中に入っている。
「何か、アレクと二人で食べても美味くないし」と言って、レオンは冷蔵庫の中を覗き込んで皿を取り出しレンジの“あたため”を押す。
「う~ん。今までずっと三人で食べてきたから」と言って、アレクはお鍋に温める為、ガスに火を付け、食器棚からスープ皿を用意する。
「あ、分かる。一人より二人。二人より三人っていう感じでしょう」
愛が、そう言うと「あぁ、そうかもな」「たぶん、そうです」と、二人が答える。
「今は、ちゃんとした食事が用意されてるのって変な感じと言うか、あの頃は、野宿の時は怪しい果物とかきのことか採ったり、川に入って魚を獲ったり、罠を仕掛けて小動物を獲ったり……」
しみじみと思い出を語る愛。その話を苦笑しながらも懐かしそうな顔して聞いているレオンとアレク。
自分でも分かる眉間に皺を寄せて表情が険しくなっていくのを。
「あぁ、でもでも、ゆーくん!私、異世界では毒の効果も一切効果無しだったから、何を食べても平気――」
「そういう問題じゃないだろう!!」
自分自身の無力さが、愛に異世界召喚など馬鹿げた事を知らない間にさせていたかと思うと、つい、声を荒げてしまった。
「ゆーくん…、何か私気に障る事言った?」
「…いや、そういう…、」
さっきからレンジは“あたため”は終わったと、アラームが鳴り、鍋はぐつぐつと煮立ってきた。
「と、とにかく、少し早いけど、ご飯にしよう!」
「――そうだな」
「俺は、飯より先にメグムを食いたい」
「レオン?」
「僕も、食事よりメグムが欲しいです」
「アレク?」
気を取り直して、食事をしようというのに。
だが、今日という日を境にはっきりと宣言出来る。
「この際、はっきりしておこう。レオンハルト、アレクシス」
赤いのと銀色のが、俺の方に視線を向ける。愛も振り向く。
「愛は、今日から俺の婚約者だ」
しーんとした中、ピリッとした空気が肌を刺す。
「ふざけるな!メグムは俺の女だ!」
「ご冗談を、メグムは僕の恋人です」
「過去も現在も未来も、愛は俺の花嫁に変わりない」
そう言って、愛の左手首を取る。
薬指には、透明な石が存在を主張するかのように強く光り輝いている。
「魔石を渡せば、婚約成立なのか!?」
「それなら、すぐにでも用意出来ます」
行く先に当てがあるのか、赤いのと銀色のは勢いよく部屋を飛び出し、出て行く。
素直と言うか、単純と言うか。
「ゆーくん…、これって、魔石なの?」
「さぁな」
「私、指輪が無くても、きっと」
「もう、何度も送っているから」
初めて愛を妻にした時から、永遠を約束するという意味を込めて送っている。
そして、決まって愛は、『指輪が無くても』と少し困った顔をして、潤む瞳で俺を見詰めてくる。
「それより、こっちが普段用だ」
「えっ!?」
替えの指輪は、シンプルなリングに小さな石が埋め込まれている。
「ゆ、ゆ、ゆーくんっ!!確かに石はさっきのより小さいけど!!天然で、紫色で、この大きさは、有り得ないってーーっ!!!!」
慌てる愛を抱きかかえ、自室に向かう。
「続きをするって、言っただろう」
「あわわっ」
しばらく、レオンもアレクも戻って来ないだろう。
まぁ、例え、戻って来たとしても――。
「――愛してる」
どんなに長い時が流れても、今の愛に記憶が無くても、この時だけは同じセリフをお互い口にする。
「この世界より、お前の方が良い」
「――貴方の為に、祈りましょう」
それだけ言うと愛は、すっと意識を手放した。
記憶は封じてあるから、思い出す事はないと分かっていても、この言葉を聞く度、心が震える。
あの日、あの時、この想いを告げた瞬間から世界の崩壊が決定的なものとなる。
なだらかな胸を規則正しく上下させ、健やかな眠りに身を委ねる愛しい我が妻。
欲しいのは、他でもない。
今、目の前で眠る女の全て。
「愚かな俺を、憎むか?」
幾度となく、繰り返してきた言葉。
目覚めれば、愛は何も憶えていないだろう。
閉じた目蓋に、口付けを落とす。
「――ありがとう。俺を、選んでくれて」
そこ言葉に、狂気と愛しさを込めて――。
その日も、愛と大学内のカフェで昼食を一緒に取ろうと約束をしていた。
講義終わりに、教授に捉まり少し遅れてカフェに向かう。
込み合うカフェ内に、一際、甲高い女の声が響いている。
「渡瀬くんとは、付き合ってないって言ったのは、あなたじゃないっ!!」
「………」
茶髪の女が、愛に、鬼の形相で詰め寄っている。
「イトコ同士で何してるのよ!!気持ち悪いっ!!」
「――わ…く、言わ……で」
「?――何を言って」
「ゆーくんは、悪くない!」
「そうね。一体、あなたは何人の男と付き合っているのよっ!!」
「それは――」
「あなたみたいなのを、阿婆擦れって言うのよっ!!」
「愛」
「ゆーくん!」
「渡瀬くん!」
何故かマズいという顔をする愛と、勝ち誇った表情の茶髪女。
「渡瀬くん。こんな何股してるか、分からない女なんかとは、付き合うのは止めるべきだわ!」
グロスが塗られた艶やかな唇が、綺麗に歪む。
ただ、それだけを見ているだけで吐き気がする。
今、この場で滅してやろうか。最大の痛みと苦しみをもって。
「ちょ、ちょっと、待って~!ゆーく~んっ!!」
慌てて、俺と茶髪女の間に愛が、割り込んで茶髪女に向き合う。
「ゆーくん!落ち着いて!暴走しちゃダメーーっ!!」
「愛を悪く言うヤツを俺が簡単に許すと思うか」
「私は何を言われても平気!ゆーくんの事も大事だから!!」
「俺もだ。愛《めぐむ》を傷付ける者は、誰であろうと逃さない」
――逃さない。当然だ。
例え、世界の果てまで逃げたとしても、必ず見つけ出してこの世の苦しみの全てを与えてやろう。
「北條さん。愛は、俺の婚約者だ」
「は?」
「目に余る暴言だ。愛に対して謝罪すべきだ」
「っ!」
目を細め、言葉に含みを持たせて言い放つ。
見る見るうちに青褪めていく茶髪の女は「バカバカしい!!」と、捨て台詞を残し、足早に去って行く。
その女の後姿を見とどけだ愛は、きょろきょろと見渡す。さーっと血の気が引き青ざめていく。
「ゆ、ゆーくん…、私、とんでもない事、言ってしまったと思うのだけど…」
「とんでもない事って、どの事だ?俺達が婚約したっていうのは事実だろう」
カフェの一角とは言え、あれだけのやり取りをしていたのだから目立ってないと言う方が難しい。しかも、ランチタイムなのだから。
「取り合えず、外で昼食にしよう」
大学内から、愛を連れ出す事にする。
ご飯と言っても、ファーストフード店だ。
「ゆーくん、これから、どうしよう……」
愛はハンバーガーに、申し訳なさそうな顔をして、カプっとかぶり付きながら、そんな事を言う。
「でも、良かったよ~。ゆーくんが珍しく暴走するんじゃないかって、焦った」
「今からでも、遅くない。愛が望むなら、あの女を滅する事など容易い」
「あわわ」と、真っ青な顔をして「そこまで、しなくていいから!」と、語気を強くして言う。
「ほんと、ゆーくん、怒らせると本気で怖過ぎ!」
ドリンクを飲む愛の胸元には、チェーンが光り、小さなリングが三つ連なっている。
「愛は、何気にモテ過ぎだろう」
「は?」
「今まで、何人の男と付き合った?」
「なっ!?で、でも、すぐ、フられるよ」
「今は?」
「………」
「同時進行で、複数は有り得ないな」
「うっ!!で、でも、また、フられるよ」
それこそ、有り得ないだろう。
三つのリングの一つは俺のもの。
残り二つは、レオンハルトのものと、アレクシスのもの。
魔石を送れば、婚約成立だと思い込んでいる二人に、そうではないと説明する訳でもなく、愛は嬉しそうな顔をして、受け取っていたのを昨日の事のように鮮明に思い出す事が出来る。
「愛も、ある意味、残酷だな」
「…ん?――何か、言った?ゆーくん」
愛の問いに「何も」と、首を振る。
「そろそろ、大学に戻ろうか」と言って、トレイを持てば愛はすっと俺の隣に寄り沿うように歩き付いて来る。
そして――。
「ゆーくん。いつも、ありがとう」
初めて出会った、あの頃と変わらない笑顔を向けてくれた。
片翼の歌姫は、残酷だ。
万人の為に祈り、世界の為だけに歌う。
全てのものから愛され、全てのものを愛する。
故に、誰かを特別に愛する事をしない。
『死に行く定めの者を愛する人なんて、居ないでしょう』
心は有っても、決して揺らいではいけない。
だが、その心を揺らしてしまったのは、この俺だ。
後悔などしていない。例え、悔やんだとしても今更だ。
『この幸せが、永遠に続けばいいのにね…』
『ならば、俺達が永遠の幸せを作ればいい』
片翼の姫との約束は、守り続けている。
「ゆーくん!?何か、考え事?」
「――いや、愛が、幸せならそれでいい」
「?――私は、いつでも、幸せだよ!」
少し不思議そうな顔して見上げてくる愛。
愛の答えが、とても嬉しくて思わず笑みが、こぼれてしまった。
「うわっ、ゆーくん。その笑顔は、瞬殺ものだよ~。いつも、眉間に皺を寄せて難しい顔をしてるのに。その笑顔を見たら、誰もがゆーくんの事、好きになるよ~」
「なら、愛の前だけ、笑うようにしよう」
「あわわ、腹黒笑顔は勘弁して!」
「誰が、腹黒だ!」
愛の首元には、光るリング。
俺だけの歌姫になって欲しいという願いが叶うのは、いつになるだろう。
でも、どんな未来が待っていても幸せは続く。
今もなお――。
『渡瀬侑理の場合』END




