【前編】
2012年5月26日に短編として投稿した作品です。連載へ変更の為、再投稿する事になりました。
「戻ってきた…?」
ぐるりと我が家であるワンルームを見渡す。
あの日あの時と何一つ変わってない。
全く、あのままの状態だ。
着ているパジャマも、点けっぱなしのテレビも、長く伸びた髪も肩のラインの短い髪に戻ってる。
テーブルの上には、飲みかけの缶チューハイ。
確か、入社試験に落ちて凹んでいたんだっけ?――でも。
「や、やったー!本当に帰って来たんだーー!」
何の因果か、異世界に勇者として召喚され、なんとか魔獣を倒し、ようやく使命を果たした。
そして、無事に元の世界に元の姿で、しかも召喚された日に戻って来た。
ホッと安心したのか、うるっと涙が…。
「ここ、何だ?」
え?
「物置部屋のようですね」
は?
振り返ると、そこには――。
軽装な黒い鎧を身に付け、腰には二本の大きな剣を下げた剣士。
もう一人は、灰色の生地に銀の刺繍が施されたローブを纏った魔術師。
――目を疑う。
何度、瞬きをしても、どんなに目を擦ってみても、それは夢でも幻でも目の錯覚でもない。
「……な、何で、居るの?」
ぽつりと零れ落ちた言葉。
「メグム!おぉ〜、本当にあの頃の姿に戻ってる!」
「懐かしいですね。初めて会った時を思い出します」
笑顔で話しかけられても、会話は成立していない。
「…だから、何で?来たの?」
今度は、はっきりと二人の男に問う。
「そりゃあ、来たかったからさ」
「咄嗟の事で、身体が勝手に…」
いい大人が、“来たかったから”とか“身体が勝手に”とか、言ってんじゃないわよ!!
「ど、どうするのよ!!二人とも!!戻れないかもしれないよ!!」
「………」
「………」
私の切羽詰った言葉に、二人はお互いの顔を見合わせる。
「まぁ、何とかなるさ」
「自然の摂理のままに」
相変わらず、暢気なセリフに言葉も何も、溜め息すらも出なかった。
剣士の名は、レオンハルト。のほほんとしているが、これでも最強の剣士。行く末は異世界の大将軍だ。
魔術師の名は、アレクシス。おっとりしているが、これでも稀代の魔術師。行く末は異世界の大賢者だ。
そして、私の名は工藤 愛。
五年前、この三人で異世界に現われた魔獣を倒す旅に出た。
もちろん、色々あった。
生死を分ける戦いを何度も潜り抜け、三人で協力し、どんな時も負けない!諦めない!挫けない!をモットーに突き進んできたんだから!!
そして、元の世界に帰ってみれば……、こんなオマケが二人も。
もう、悩むとか、頭を抱えるとか、そういうレベルじゃない!!
「だってさ、あのままメグムと別れるなんて出来る訳ねぇ!」
……ちゃんと別れの挨拶は済ませたはず。
「五年間もずっと一緒だったんですよ。今更、別れるなど…」
……初めから期間限定の召喚だったはず。
「だから、俺はメグムの事が好きだって何度も言ってきただろう!」
――私も、元の世界に恋人が居るって、何度も言ってきたじゃない!!
「愛してます。メグムの居ない世界で一人で生きていく事など不可能です」
――よく言うよ!例え、世界滅亡の日が来てもアンタは生き残れるよ!
何を言っても、聞いてくれないだろう。
この五年間で十分身に染み付いた彼らとの会話は、全くと言っていいほど成立しない。
魔獣討伐の旅の間、こうして彼らの熱い想いに耳を貸さず、知らない振りをして、時には全力で打ちのめしてきた。
私には、元の世界に恋人が居る。家族も居る。生活もある。
だから、一刻も早く魔獣を倒して、帰りたかった。
長かった五年間。
これで、やっと解放されると思ったのに……。
「私も、何度も言ってるけど。――レオンハルト!アレクシス!」
「おぅ」
「はい」
「私には、恋人が居るの!二人は弟のようにしか…。第一、年下には興味無…い…」
異世界に居た頃なら、年下には興味無い!と言えば、二人は何も言い返さなかった。
けど、今、この時点では――。
「俺、23だぜ!」
「僕は、22です」
し、しまった!私は、26年分生きてきたけど、元に戻ったから姿形は21歳だ!
「で、でも!人生経験はちゃんと26年分なので、今でも私の方が年上です」
「へぇ、そうかよ」
「そうなんですか」
腰に手を当て、胸を反らして偉そうな態度を取る。
ここで、下手に出たらコイツらの良いようにされるのは、今までの五年分の経験で得ている。
「ところで、本当にどうするの?これから」
「………」
「………」
何も返答が無い所をみると、本気で後先考えずに行動したのか…。
「エーレンフェスト様に、召喚してもらえば?」
「無理だな」
「駄目です」
はぁ?何勝手に決め付けてるのよ!!エーレンフェスト様は三賢者の中でも一番の実力者で…。
「だって、私の時、召喚したのはエーレンフェスト様なんだから、出来ないはずないでしょう?」
「だから、召喚っていうのはな。呼ぶ側と呼ばれる側の――」
「――お互いの気持ちが呼び合わないと、成功しないんです」
何?それ?初めて知った。
「じゃあ、私は“異世界に行きたい”って、思ったから呼ばれたわけ?」
私の小さな疑問に二人は同時に頷く。
あの時は就活に限界を感じ、既に何十社と受けても受けても内定はもらえず。
卒業後、どうやって生きていこうか、もう目の前が真っ暗で自棄になってたのは確かだけど。
でも、異世界に行きたいって思うほど、現実逃避は……してたかもしれません。
「それなら、思いなさいな!帰りたい!元の世界に戻りたい!って!!」
片手ずつ二人の胸倉を掴んでは、説得にチャレンジする。
なのに、二人は揃って、首を横に振るだけ。
「帰らないって言うなら、フルボッコにしてやるんだから!!」
説得が無理なら、脅してやる。
それでも、二人は意地になって首を横に振るだけ。
さすがの私も、今ここでどうする事も出来ない。
異世界では無敵の勇者だったけど、この世界では一般家庭で育ったごく普通の女子大生だ。
「…分かった。とにかく、対策案が出るまで、ここに居ていいよ」
「いいのか?」
「本当ですか」
見るからに分かる。レオンハルトとアレクシスの表情は、パーっと明るくなっていくのが。
それに対して、私はただただ暗くなっていくばかり。
せっかく、元の世界に戻ってきたのに、やってる事は魔物退治が無いだけで異世界に居た時と変わらない。
私たち三人は、こんな風に五年間過ごしてきたんだっけ。




