第八話 ガゼトリア国2
ウル王はその夜、明かりのない濃い闇の充満する地下へと通じる階段を、ゆらめく蝋燭の明かりをたよりにゆっくり降りていく。
地下室にいくには異様に長い階段。先は闇に吸い込まれ見えない。
カツ、カツと石に靴があたる音が不気味な静寂のなかに響いている。
ウル王しか行くことの許されない聖地。
ガゼトリア国の王と側近のみしか知り得ることのない所。
レイトにも来たるべき指示は出した。
カイリも今動いている。
私は神をも動かそうとしている。
奪うしかない。ガゼトリアはもはや、死に絶えようとしている。
灰と溶岩に奪われた。
だが、こうなることはわかっていた。
一ヵ月前、ザグラ山が噴火する以前に、一人予言したものがいた。
最後の一段を下り、険しく岩を削り進んだだけの狭い通路を進んでゆく。
その岩窟の先には、朱色のひかりがあふれている。眩しいくらいに朱い光に、不要になった蝋燭の炎を軽く吹き消す。
ウル王は蝋燭を岩窟の下に置き、朱にむかって歩きだした。
その光は徐々に、ウル王の毒を秘めた美しい顔を朱で、妖艶に染め上げていく。
岩窟は終わりをつげ、巨大な広場にでた。
眩しさに目が慣れると、全貌が見える。
円状に広がるそこには、また円状の巨大な穴が中心に空き、下にマグマが見える。ごぼごぼと生きてるかのごとく気泡を幾重も上げている。
「ガゼルフィア、俺だ。姿を表せ。」
ガゼルフィア。ガゼトリア誕生古来より、この地の神として祭られてきた存在。
破壊と炎の神である。
辺りは静寂に支配される。マグマの気泡を吐き出す音以外邪魔するものはない。
「あら、ウル。あなた、相変わらず言葉使いに気を付けたほういいわよ?」
姿は見えないが、中から妖艶な声が静寂を破り聞こえてきた。
「早く姿をみせろ。」 「そんなに急がせちゃだめよ。そんなんじゃ、もてないわよ?」
笑いを含んだ声がまた中から響いた。
それからゆっくり、マグマから姿が浮かびあがってきた。
真っ赤な派手なドレスに身をつつんだ女性が少しずつ近づいてくる。
薄い絹を肩から掛け、ブレスレットにつながり、ひらひらとはためいている。
「それで、話って何?私の眠りをさまたげたんだから、それなりの話をしないと焼き殺すわよ。」
けだるそうに腰に届く緩やかなウェーブを揺らしながら歩いてくる。
ウル王の前に密着するようにして立ち止まり、軽くウル王の顎をさすりながら吐息をかける。
「戦がはじまる。」 ウル王はただ煩わしいとでもゆうように、その女を見下ろしていた。
「ふーん、大方、予想どうりね。」
顔に吐息がかかるほど密着してくる。
「まぁ、ザグラが噴火するのはわかってたけどまさかここまでとわね。それに、また近いうちに噴火するわ。あと、一週間程かしら。」
くるっとウル王に背をむけ、石で出来た宝石をいくつもあしらった椅子へとゆっくり歩いていく。
「まぁ、前の噴火の時も言ったけど、止めてあげてもいいのよ?」
そういいながら、椅子に腰をかける。
ウル王を挑発的に誘う目は燃えるように紅い。
「俺も前に言ったが、それはいらない。」
「一国の主人が、何故ゆえ国をまもらない?」
「もう動きだしている。止めることもかなわない。これから他国を含め、戦に導いていく。」
「なぜ?平和がお嫌い?
まぁ、私はガゼトリアの創立から行く末迄見届けるのが契約だからなんとも言わないわ。
この国の崩壊だけが私が解放される時。
いい子ぶるのもさすがに飽きたわ。早く胸の刻印が消されることを祈るだけ。
言っとくけどね、私はガゼトリアを一番憎んでるわよ?
私を、神をここへと縛り付ける、おろかなガゼトリアを。私は呪い続けるわ。」
そういいながら左胸の上に付けられた刻印を触る。
ガゼトリアはその昔、魔道師達の棲む国だった。立っている木はどす黒く枯れ実りもなにもない、火山灰の上に生を見いだせるものは生きる悪魔達だけだった。魔道師たちは集まり、ここに国を作ろうとしていた。
他国から人をさらい、魔術を試し、くぐつを作り出したり、生き血を使い黒魔術を習得していった。
そして、他国は何度も魔道師達を滅ぼそうと立ち上がったが、ことごとく敗北におわる。
血塗られた歴史は100年の長きに渡り繰り返された。
その間、魔道師達も陰りの色が濃くなる。
一人の魔道師、ガゼトリアは、名も無きこの荒れ、枯れはてた地に国を作ろうとゆう野望をまだ燃やしていた。
一人、神をも揺るがす黒魔術を完成させる。