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その4

 その後、写真集に載せるための資料は、徐々に揃っていった。

 完成までもう少し、アタシが長年夢にまで見た、自分が手がけた写真集が出来上がるのだ。ある日、夜遅くまで、会社に残り作業していると


 「沙流、最近珍しく仕事熱心ねぇ、はい、差し入れ。どっちがいい?」


 同じく、別の作業で残っていた、同僚の由美が、ジュースの缶をアタシの前に、出した。


 「コーヒーに・・・何コレ?『つぶ入おしるこ』?誰が飲むのよ、ってゆうか、それ以前に、真冬でもないのに、何でこんなもん、会社の自販機に売ってるのよ?折角、買ってきて貰ったのに悪いけどさ、ぶっちゃけこれ一択じゃないのさ。」


 缶コーヒーを受け取りつつ笑った。すると


 「えー・・・。この『つぶ入りおしるこ』、美味しいのにぃ。まぁいいわ、それよりも沙流、さっき、ウェブ上でちょこちょこやってたら、気になる記事があってね、ちょっと私んところ来なさいよ。」


 そう、手招きしながら、自分の席に戻る由美。それにつられるように、近寄り、デスク上の、PCのモニターを見た。そこには


 『心霊スポットで有名な、廃墟ホテル解体か?名乗りを上げたのは・・・』


 「・・・これって」


 モニターに映る記事に、息をすることを忘れ、食い入るように、見入っていると


 「アンタがこの前、写真を撮りに、行ったホテルじゃないの?でも良かったわねぇ、廃墟のまま放っておくなんて。治安的にもアレだし、土地だって無駄になるし、ねぇ?」


 由美が言う、あそこは、今にも崩れそうな上、危険な場所だし、そのせいなのか、心無い若者のたまり場になっている。でも・・・でも、あそこが無くなってしまったら、ゴローやミサ、他の霊達はどうするんだろ?

 アタシの中で、『ドクン。』と何かが心の中で動いたと同時に、無意識に駆け出すアタシの背後から、由美の声がした。


 「ちょっ!ちょっと沙流!沙流ったら!こんな夜中にどこ行くのよ!」


 その声は、アタシの耳に、届いていたものの、よろけながら、会社を出て駐車場へ出た。そして、自分の車に、滑り込むように乗り込み、キーを回す。エンジンの音が響き、アタシは車を走らせた。

 

   □■□


 沙流が会社を飛び出す数時間前、某病院。

 部屋の中には、医者と看護師、そして、四十代くらいの男女が、並んで、腰掛けていた。


 「先生、娘は・・・娘はいつ目を覚ますのでしょうか?」

 

 声の主は、清楚な服装の女性。彼女の目の下には、隈がくっきりと残り、声も弱々しく、疲れ果てているようだった。

 西日が差し込む診察室、女性の質問に、無言で難しい顔をする医者。少し開けられた、部屋の窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。

 次に口を開いたのは、髪をきっちりとセットし、スーツを身に纏った、ガタイの良い男性だった。


 「先生、黙っていないで、何か言って下さい。娘は、一体いつになったら、目を覚ますのかね。」


 その言葉に、少し困った様子で首を振りながら


 「・・・検査の結果だと、身体的には問題は全く無く脳波も正常です。いつ目を覚ましてもおかしくない状況なのは、確かなのですが。」


 原因がわからない、そんな医者の言葉を遮るように、男性が、声を荒らげた。


 「じゃあ・・・4か月も目を眠ったまま、目を覚まさない原因は何なんですか!」


 すると、医者は、ため息を一つつき、静かに話し始めた。 


 「原因・・・ですか。あれから色々と調べてみた結果、一つの結論に達しました。それは、お嬢さんの心の中にあるということです。」


 「心・・・?」


 「はい、娘さんが、ここに運ばれてくることになったのは、自宅で手首を深く切り、意識不明になっていたということでしたね?それは、死に至るまでの傷でした。幸い、発見が早かったのと、手術も成功して、傷も塞がり、一命はとりとめ、その後の回復も順調です。身体的にはまったく問題ありません。ですが・・・。」


 「まだ何か?」


 今度は、女性の方が、医者に、疲れた声で尋ねた。すると


 「はい、自殺を図った。それはすなわち、『生きていこうとする意思が無い』ということなのです。先程も言いましたが、肉体的に全く問題はありません。しかし、目を覚まさないということは、こっちに戻ってきたくない、意識の中でそう強く思いこんでいる、そうとしか考えられません。」


 「そんなことって・・・。」


 「私は長いこと医者をやっていますが、こんな事例は初めてです。しかし、いくつか報告があるのです。ご両親、何か心当たりはありませんか?」


 医者はそう言いつつ、じっと二人を見つめると、男性が口を開いた。


 「心当たりも何も、家の事は妻に任せていたから、私は特に何も。」


 そこまで言うと女性を見て


 「おい、原因はお前にあるんじゃないのか?」


 そう言うと、声を少し荒げ


 「そんなことあるわけないでしょ!私はいつも、娘のために最善を尽くしてたわ!会社に行く事しか、頭にしかないあなたはいいわよね。一歩外に出たら自由気ままなんだから。」


 嫌味をたっぷりと含んだ言葉を返した、すると


 「そういう言い方は無いだろ!俺が働かないで、誰が家庭を支えるんだ!自由気まま?そんなわけないだろ!毎日毎日、嫌な事があろうが、体が辛かろうが、一生懸命働いて、お前らのために、稼いでやっているのは、誰だと思ってんだ!俺の金で、家でのんびりしてるだけの、主婦と一緒にしないでくれ!」


 「何よ!私だってね!」


 男性の言葉を、皮切りに、お互い、相手のアラを、つつき合うような言い争いが始まり、どんどん怒鳴り合いに発展していった。その時

 

 

 【ガンッ!】

 

 

 金属を堅い物で殴った音が、室内に響くいた。その音に、喧嘩を止め、驚いた表情をする二人に、医者が静かに言った。


 「・・・今、全てがわかりました。原因はお二方にあるようですね。」


     □■□


 とあるビル、その中の一室で、若い女社長は部下を集め会議をしていた。会社の名前は


 『株式会社オレノ』


 先代がバブル期に、小さな町工場から、日本屈指の一流企業まで、のし上げた、この会社は今や、精密機器製造は勿論、資本力を生かしてレストラン経営、レジャー産業から不動産斡旋まで一手に担うまでに成長したていた。

 そして、会社を大きくするために、走り続けた先代が、この間、体を壊して引退したのだ。その後を継いだのが社長にしては若すぎる三十にも満たない一人娘だった。

 最初、その若さから故の、経験不足を心配し、危惧したものの、彼女は、周囲の者の思惑とは裏腹に、キレ者だった。社長に就任するや否や、数カ月で、この不況の煽りで、近年、赤字を重ねる業績を、あっと言う間に、ひっくり返し、黒字に戻したのだ。

 

 そんな彼女がある日、部下たちを集めての会議のこと。


 「この度、我が社はホテル経営に、乗り出す事になった。今から配る資料を、見てほしい。」


 凛とした声が、会議室に響くと、それを合図のように、控えていたスタッフが、集まった人間に資料を配っていく。

 それが、手元に配られた人間は、黙ったまま、紙をめくり目を通し始める。会議が始まった時は、少しざわついていた会議室も、全員に資料が配り終える頃には、室内には、紙をめくる音だけが、響いていた。

 その後、ややしばらくして、ホワイトボードを背にした、背の高い、女社長が、言った。

  

 「みんな、一通り目を通してくれただろうか?それでは今から説明を始める」


 と、一言言うと、集まった部下達に、今回の企画を説明し始めた。話の内容としては


 ・市内郊外、周りに家が無く、木々に囲まれた、眺めの良い高台に、バブル期に建てられ、崩壊と共に経営が破たんして廃墟になっているホテルがある。

 ・そこについて、色々調べてみたところ、すぐ側に渓流が流れ景色も上々、夜になるとそこから見下ろす夜景が美しいということも調査済み。

 ・ホテルが潰れた原因、それは前オーナーが、接客やレストラン経営のノウハウも知らずに、資本力に任せて建ててしまったため、バブル崩壊と共に、無駄に豪勢で、値段が高く、質の悪いサービスが露見して、客足が遠のいたためということ。

 ・場所が悪いわけではなく、質の高いサービスを展開すれば客足はつかめるだろう、その点については、我がグループが、培った知識をフルに活用すれば、データ上では問題なく経営でき、採算も取れる。

 ・駐車場についても、土地柄、ホテルに広い場所が確保できるため、車で来る客にも、アピールできる。

 ・そして何より幽霊が出るという、いわくつきの場所なため、土地代が二束三文だということ、幽霊騒ぎについては、未だ調査中だが、多分噂に過ぎないだろう、調査が済み次第、廃墟を取り壊し着工に移る。


 大勢がいるにも関わらず、沈黙が続く室内に、女社長の凛とした声だけが、延々と響いていた。そして、一気に話を終えると

 

 「・・・これで以上だが、皆の意見を聞かせてほしい。」


 集まった部下達をジッと見ていた。すると


 「問題ありません」

 「私から言う事は・・・何も」


 彼女より年上・・・というより、その場に居た、親くらいの年代の者達は、それに似た、内容の言葉を、口々に言うと黙って下を向いた。

 そんな彼らを見つめる、女社長の瞳に怒りの色が灯っていく、そして腕を小刻みに震えさせたその次の瞬間


 【ガンっ!】


 っと、音がした。彼女が後ろにある、ホワイトボードを拳で叩いた音だった。

 突然の大きな音に、ハッとした表情を浮かべる、集まった部下達。そんな彼らに、怒気の(はら)んだ声で、女社長は怒鳴った。


 「本当に何も無いのか?本当に、何も無いんだな?・・・ったく、どうして、お前達どうしていつもそうなんだ?何で意見を言おうとしない、心の中では『どうだっていい、後は乗っかるだけだ』なんて思ってるのが見え見えだ!それにしても、どういう基準で父は、こんなのを重役に据えておいたかな。いいか、一昔前は、黙っていても業績が上がったらしいが、今の時代、知恵を振りしぼらないと、この先はないぞ!わかってるのか?」


 その言葉を皮切りに、すごい剣幕で怒鳴り散らす女社長の声だけが、室内に響いていた。一方、集まった重役達は、こわばった表情で下を向いたままだった。

 散々、罵声を浴びせた後、何かに気づいたように彼女が


 「うん・・・?」


 声を上げると、頭をもたげ、遠くに呼びかけるように言った。


 「奧で作業をしている、そこのお前達!」


 視線の先には、作業着を着た、二人の若い男が居た。彼女の声で、呼び掛けられていることに、気づいたのか、鉢植えを抱えたまま、こわばった表情で、立ち尽くしていた。

 

 「俺・・・いや、私達の事ですか?」


 最初に、戸惑った声を出しつつ、口を開いたのは、二人組の片割れ、小太りの男だった。その横には、痩せた、長身の男が、突然のことに、引きつった表情をしていた。それに女社長が

 

 「あぁ、そうだ、それでだ・・・お前達に訊きたい、どうだ?この企画にどこか問題は無いか?そこで作業しながら、ずっと聞いていただろ?今の話。」


 突然始まったやりとりに、重役たちが後ろを振り返った。その視線を一身に浴びながら、小太りの男が言う

 

 「あ、いえ、聞き耳を立てていたわけじゃないので、私からは何も。たまたま作業に時間がかかって、ここに居てしまっただけのことですので。」


 すると今度は、細身で長身の男が

 

 「気分を害されたのでしたら、すみませんス、もう作業は終わったっスから出て行くスから。」


 そう言うと、慌てた様子で、そそくさと、出ていこうとする二人組を、制するように女社長は言った。


 「私は出て行けとは一言も言っていない、意見を訊きたいと言っているんだ。」

 

 すると、小太りの男が


 「しかし・・・我々は、会議に対して、意見する立場ではないですし、それに、社員ですらありません。ただの派遣です。そんなおこがましいことは・・・。」


 その言葉を聞いた途端、女社長は、その言葉に『フッ・・・。』と吐き捨てると、冷たい笑みを浮かべ


 「派遣だろうが、なんだろうが、この場に居たんだ。多少なりとも、意見の一つくらいは、あると思っていたのだがな。やはり、お前達も、コイツ等同然、肩書きだけは、立派だが、全く役に立たない人間と、一緒なのか。まぁ、社員、しかも重役でこうなんだ、所詮、定職に就けない派遣なんて、クズみたいなものか・・・。いや、すまなかったな。変なこと聞いて。」

 

 彼女は、派遣の二人に、明らかに、馬鹿にした態度を取った。重役達が、二人を見守る中、そのまま立ち去るかと思われたその時、小太りの男は鉢植えを、ゆっくりと床に降ろて、静かに言った。


 「・・・その言葉、いくら社長とはいえども気に食いませんね、撤回していただきたいですね。何なら、私の意見、聞いてもらえますか?」


 そして、鋭い目付きで、社長を睨みつけた。すると


 「ほう、面白い、聞かせてみろ。」


 その言葉に、冷たく言う女社長。


 「えぇ、さっきの企画、アレで終わりですか?だとしたら、私が思うに、不十分ですね。なぁ、シマよ。」


 なじられたのがよほど悔しかったのか、広めの室内だったが、堂々とした声で言った。


 「面白い、どこに問題があると?」


 するとさっき、シマと呼ばれた男が

 

 「作業に時間がかかってしまったもので、聞くつもりはなかったんスけど、内容は、丸聞こえでしてね、ブチさんと、喋ってたんスよ、いいスか?この会社が多角経営をしてることは知ってるッス、中の施設については、問題ないんじゃないスかね。でも、車で来られない人とかは、どうするんスかね?だって聞いたところ、そこって、山の中にあるんスよね?しかも元が廃墟ならバスだって通ってないはずっス、車を持ってない人とか主婦層とか、自力で来れない高齢者層とか、どうするんスか?それに、ちょっと気の利いたホテルならやっている、日帰り入浴は出て来ないし、さっきの話の中じゃ、そこら辺のことには、触れられていなかったっスよね?」


 「そうですよ、都会育ちで、何不自由なく、ぬくぬくと育ってきたお嬢さんだからですかね。高齢者や車を持っていない人の事が全部抜けてる、それに、みんながみんな、ホテルにおいそれと来れるわけじゃないんですよ。日帰り入浴に、ランチをつけたり、細かく稼ぐとか、そういう頭は無いんですか?話の内容を聞いて思ったんですが、社長って、自分の経済観念で、物を考えているように、見受けられました。しかも、さっきの私達に対する発言もそう、何だかんだ言って、普段からカネ持ってない人間を、見下して生きてるんでしょ?私達は、あなた達から見たら、定職にも就けない、その日暮らしのクズかもしれませんが、自分の中の、狭い世界でしか、物を考えられないっていうのは、どうかと思いますよ。」


 派遣二人の、とんでもない発言に、彼女の怖さを知っている重役達が凍りついた。

 場の皆が思うことは、ただ一つ、嫌味を言われた女社長が、怒鳴り出し、そのしっぺ返しが、自分たちに来る、そのことだけだった。しかし・・・


 「フフ、フフフ・・・アハハハハハ!」


 その思いとは裏腹に、突然、女社長は大笑いを始めた、そして涙を拭きながら言った。


 「全くその通り!私は世間知らずのお嬢さんさ、よくぞ意見を言ってくれた、礼を言う、そしてそっちのヒョロっとした彼が言った通り、ちょっと考えれば、わかることを、色々と仕込んでおいたのさ。良く気づいてくれたな。それに引き換えお前達ときたら・・・。」


 重役達に向き直すと、また、いつの間にか、冷たい顔に戻った彼女が 


 「普段、業務に関係無い者が、話を聞いていただけでわかることを、どうしてわからない?さっき、お前達、何て言ったか覚えてるか?『何もありません』だとさ、全く、呆れてしまうな。この会議で一つ、はっきりとわかったことがある。まぁいい、今回の会議はこれで終わりとする。」


 そう言うと、女社長はツカツカと出口に向かって歩きだした。そして、振り向きもしないまま。

 

 「来季の人事異動、とても楽しみだ、それと・・・そこの派遣の二人組!ちょっと私の所へ来い。」


 そう、吐き捨てるように言うと、会議室を出て行った、その後、重たい顔をしながらその場を動こうとしない重役たち、そして


 「なんかヤバいことになったスね」

 「ちょっと煽られて言いすぎたかもな、ハハ・・・。」


 引きつった笑顔で固まったまま、派遣二人が、彼女の出ていったドアを見つめていた。


     □■□


 場所は変わり、会社から程近い個人経営の居酒屋、『陽だまり居酒屋ポッケ』そこに女社長、さっきの派遣の二人組が居た。

 小さな店の奥にある、小さいテーブルがある、小上がり、彼女と向かい合うように、男二人が並んで座っている。

 メニューを眺める社長の目を盗み、長身で、細身の男が、小太りの男に、ヒソヒソと話していた。


 「いやー・・・ブチさん、さすがに昼間は焦ったスよね、突然、社長室に呼ばれた時は、クビを本気で覚悟したス。」


 「そうだよな、でも部屋に入るなり『ちょっと付き合ってくれないか?』って言われて、付いてきたら居酒屋だもんな。社長直々に連れて来られるとはこっちの方がびっくりしたよ、でも、何言われるかわかんないぞ、酒の勢いに任せて、昼間の事をグチグチと、言われるかもしれないから、気を付けないとな。」


 ボソボソと喋る二人に、女社長はメニューを少し下げ、二人を睨みながら


 「お前達、丸聞こえだぞ、ヒソヒソ話ならもっと小声でやるもんだ。・・・まぁいい、とりあえず何か頼もう・・・ビールでいいよな?」


 とはいえ、目の前の彼女は、少し、柔らかい表情をしている。社内に居る時とは別人のようにも見えた。彼女の提案に、無言で頷く二人を見て、手を上げると


 「フェデさん、すまない。こっちにビール三つ。」


 すると、カウンターの中に居た女性が「はぁい」と声を上げ、フェデさんと呼ばれた女性が笑顔でやってきた。そんな彼女は、身長の低さと、ボブに切りそろえたショートカットのため、子供にも見えた。そんな彼女が、三人に元気の良い笑顔を向け


「はいはい、それにしても、いつも一人で来るのに、連れが居るなんて珍しいわね。」


 彼女は社長の事をよく知っているのだろう、温かい声を出す『フェデ』と呼ばれた女性。それに、普段は見たことのない、柔らかい表情の社長が答えた。


 「私だって、たまには同じくらいの人と、飲んだりしたいのさ。」


 そんなやりとりをしていた、そこにはいつもの何か張り詰めていて厳しい顔をした女社長ではなく、良く見ると、綺麗な顔立ちをした、年頃の女性がそこには居た。


 「それにしても、『フェデ』って名前、珍しいスね?社長の古い友達スか?」


 派遣片われ、長身の方が言った、それに


 「いや、ここだけの付き合いだ。『フェデ』っていうのは、彼女のあだ名みたいでさ、私が、ここに通い始めたころには、既にそう呼ばれていたから、それに(なら)ってるまでさ。それはそうと、お前達を呼んだのは、ただただ酒を飲むためじゃないんだ。」


 そう言いつつ、女社長はじっと二人を見つめた。すると


 「わかってるっス、昼間の件の事っスよね?」

 「そうですよ、俺達は、ただの作業員で、派遣ですよ。」


 とはいえ、はっきりとした理由がわからず、戸惑いの声を出す男二人に、彼女はため息を一つつくと、小さく言った。


 「私が、父から会社を継いで、約一年、痛いほどわかったんだ。お前達も見ただろう?あの連中を、彼らは、会社の要となる重役なんだ。会社の舵取りをしなきゃいけない立場なのに、本気で会社のことなんて、考えちゃいないってことをさ。私が父から会社を継い頃、あの者達のせいで、会社は危ない状況だったんだ。ただ漫然(漫然)と、業務をこなすだけ、当たり前の結果さ。私から言わせたら、ただの置き物と変わらない。今回の件だって、お前達も見ただろう?あの有様さ、それに引き換え、お前達はあの状況で考え、そして、社長である私に、真っ向から意見してきたじゃないか。久々に、涙が出るほど嬉しかった。けどな、あの者達の、気持ちもわかる。私が就任当時、結構、強引な人事をしてきたせいで、私のことを、恐れているのか、何も言わなくなってしまってさ。とはいえ、今の状況は、十数人の、考えない置き物よりも、考える無礼者の方が、この会社には、必要だってことさ。」

 

 そう言うと物憂げな表情をして、悲しげなため息をついた。


 「そうなんスか・・・」

 「色々大変なんですね、社長ってのも。何かすみません、昼間のことは、謝ります。酷いこと言って、すみませんでした。」

 

 と、その時、さっき『フェデ』と呼ばれた小柄な女将さんが


 「はいはい、お待たせ、ゆっくりしていってね♪そして今日のオススメ、旦那が、生きのいいの仕入れてきたから、じゃんじゃん食べてって。」

 

 元気な声でビールを持ってきた。


 「あぁ、ありがと」


 女社長が、笑顔で受け取り、三人で乾杯をした後


 「それでだ、本題に入るぞ、あれ?そういえば・・・まだ名前を聞いて無かったな」


 そう言いつつ二人を見つめた、すると長身の男が


 「自分は島田、24ス、隣に座ってるブチさんからは、『シマ』って呼ばれてるっス。」


 それに続くように、小太りの男が言った。


 「俺は小渕です、さっきからシマが言ってる『ブチさん、ブチさん』ってのは俺のことです、ちなみに28です。」


 めいめい、二人が名乗った後、女社長が

 

 「最後に私だな、私は会社名のままの名前で折野、歳は・・・27。昼間は上から目線で怒鳴り散らしてしまったけど、小渕さんは年上だったんだな、『お前』なんて言って悪かった。」


 そう言って頭を下げた、するとブチが


 「止めてくださいよ、社長から『さん』付けで呼ばれるなんて、恐れ多いです、気軽に『ブチ』とでも呼んで下さい。」

 

 慌てた様子で、頭を下げる、折野社長に言った。すると


 「それにしても、『シマ』に『ブチ』って、何だか模様みたい、いいコンビね。」


 クスクスと笑っていた、折野社長だったものの、すぐに、真顔に戻り

 

 「それでだ、本題に入る、いらない御託はこの際省くぞ、単刀直入に言うと、あの廃墟ホテルに、一度行っておきたいんだ。それも夜、日が落ちた後だ。」


 その言葉に


 「ええっ!」

 「本気スか!?」


 驚くブチとシマ、それをよそに続けた。


 「本気だ、あのホテル、あんないい所に建っているのに、あの物件には、夜景を見渡せるラウンジが無かったんだ。今度建てるのには、それを作りたい。しかし、どの角度に作るのがベストなのか・・・が、わからないんだ。こればかりは、建物を壊す前に、現場に行って、自分の目で見て確かめないとな。幸い、屋上には出ることが出来るみたいだしな。」


 「しかし・・・あそこは出るって評判ですよ?」


 「そうっスよ!噂では、霊道が通ってるとか、頭半分しかない子供の幽霊を見たとか、噂が絶えないスよ?」


 男二人でも、さすがに夜行くのは嫌なのか、尻ごみする二人に


 「さすがに私も、一人では怖いんだ。だが、大勢で行くわけにもいかないだろ?今にも朽ち果てそうな建物なんだ、大勢で行ってみろ、重さで床が抜けたりしかねないんだ。それに、うっかり怪我人でも出してみろ、それこそ企画自体、白紙に戻る、だから少数精鋭、言い方は悪いが、自由のきく、派遣のあなたたちだから、頼めることでもあるんだ。でも、人選の理由は、それだけじゃない。昼間、突然、話を振られても、その状況で切り返してきただろ?咄嗟の時にも、柔軟に、対応の出来る、頭の柔らかい人間が必要なんだ、頼む!」


 そう言いつつ、深々と頭を下げる折野、男二人はビール片手に沈黙が続いた。そしてブチが少しため息をつきつつ静かに答えた


 「・・・わかりました、社長にそこまで頭下げられたら断れないよな、シマ」


 意を決したように頷き隣のシマを見た、すると


 「女の子に頭下げられたら男として行かないといけないスね、でも・・・残業手当、ちゃんと割り増しでくれるんスよね?」


 悪戯に笑いながら言うシマ、そんな彼にブチが


 「バカ!今はそんな話する空気じゃないだろっ!」


 【ごんっ!】と頭を叩いた


 つづく

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