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その1

 

 「沙流、アンタ、また直行直帰?本当に好きねぇ」

 

 陽の光が差し込み混み合う社員食堂、アタシの前に座陣取った、会社の同僚、由美が、パスタをフォークで器用に巻きながら言った。


 「まぁね、ってゆうか、廃墟がアタシを呼んでいる!こう風化した壁とか当時使っていた物がそのまま残っているのよ?その場所は、そこが使われなくなった瞬間から時が止まってる。それをね、カメラのフレーム越しに覗いていると、何か懐かしいような、それでいて凛と張りつめた空間、たまんないのよー」


 「まったく、どうしてそんなもんが好きなのかなぁ、ってゆうかアレ、おっかしくない?」


 そう言うと、食堂の隅に置かれた、テレビの方を向いた。そこにはお笑い番組、現在赤丸急上昇中のコンビが、コントをしていた、そこから、観客と思われる人の、笑い声が絶えず響いている。


 「別にぃ・・・大して面白いとは思わないわね。」


 ずっと、笑いをこらえたままの由美に、思った事を素直に言う、すると


 「本当にアンタ、こういうの見て笑わないわよねぇ、私なんかこう・・・ここで大笑いをしない・・・ように堪えるだけ・・・で・・・必死・・・ククク・・・なん・・・だから。」


 その時、テレビの中の人が、言った一言がツボに入ったのか、由美は肩を震わせつつ、下を向いていた。


 「そんなに面白いかな?言ってる事は違うけど、使い古されたパターンか、わけのわからない事を言ってるだけ、後は勢いだけじゃん、そうでもないわね。」


 「・・・どんだけ笑いに厳しいのよ、ってゆうかお笑い嫌い?」


 「好きよ、でもねぇ・・・」


 「そんだけ批評するなら、いっそのこと芸人になりなよ。ってゆうか沙流、アンタなら、素で今の仕事より、よっぽど稼げるかもよ?」


 「どういう意味よ、ってゆうかアタシは今の仕事が好きなの。」


 そう、アタシは出版社のカメラマン、色んな写真を撮るのが仕事。

 最初は、雑用みたいな写真を、撮るだけだったけど、長い事やっているうちに、自分の企画も出せるようになり、ようやく、夢だった、写真集を作成することになったのだ。そしてその被写体は



 廃墟。



 人が住まなくなって、何十年も放っておかれ、家具やそこに住んでいたであろう人達が残した当時のままの姿が残る廃墟。もしくは炭鉱の閉山と共に捨てられた団地。

 当時、活気があった頃を、一人思い巡らせながら、シャッターを切る、その瞬間がたまらない。一見、ただの小汚く朽ち果てた、部屋にしか見えない、けれども、そんな空間をファインダー越しに覗いているうちに、美しく光輝く瞬間がある。

 それを伝えたいだけ、これからの仕事に、胸が膨らみ、思いを巡らせていると


 「ってゆうかさ、廃墟って出るんでしょ?怖くないの?」


 由美が、幽霊のポーズをしながら、言った。彼女は、幽霊の類を、とても苦手としていたのだ。

 アタシも、実際会ったら嫌だろうな・・・とは思う。でも幸い、霊感というものが、全くないのか、今まで、何度も趣味で、廃墟を徘徊していても、そんな目に会ったことはないので


 「ぜーんぜん、今まで、散々そういういわくつきの所に、行ってるけど、そんなもん見ないわよ。それに、アタシは、肝試しに行くのが目的じゃないし、ただ、綺麗な写真が撮りたいだけ、不用意に騒いだりはしないわよ、子供じゃあるまいし」


 「綺麗・・・ねぇ」


 由美は、アタシの言葉を聞いて、不思議そうな顔をした。まぁ、興味の無い人には、わからないだろうし、それに、霊的な物には興味が無い。

 アタシが、廃墟に侵入する時は、出来うる限り、管理者や行政に許可を取る。しかも行くのは真っ昼間、それに、必要最低限しか物は動かさない。

 しかし、心無い人にとっては、廃墟は、格好の遊び場なのか、わざわざ、夜中に不法侵入して、物を壊すわ、落書きをするわ、そんな若い子が増えてきてあっちこっち汚されているのを見てきた。

 それに憤りを覚えつつ、アタシは、仕事として、シャッターを切る時は、当時のままの姿が色濃く残ったところをファインダーに納めることを信条にしている。


 「ともかく、明日は早いのよね、今回のターゲットは、家からちょっと、離れたところにあるから、ちゃっちゃと仕事を片付けて、さっさと帰らないと。」


 そう言いつつ席を立った。その後は事務所に戻り、鬼のような早さで、仕事を片付け、壁に掛けてある社員達の行き先を書き込む、ホワイトボードに



 【直行・直帰  納村 沙流】



 枠からはみ出るくらいの大きな強い文字で翌日の予定を書き込んだ 。


 □■□


 「さてと、やっと着いた」


 ドアを閉めて軽く伸びをする、自宅から車で五時間、某県某所の街中から少し離れた高台にそれはあった。

 元々は、バブル全盛期に、リゾートホテルとして使われていたらしいけど、バブル崩壊とともに所有者が倒産してしまい、そのままになったという。

 以前は真っ白い壁だったのだろうが長い年月放っておかれ、雨風にさらされていたため、所々が朽ち果て、崩れかけたところから、コンクリートがむき出しになっていた。


 「うふふふふ・・・すごくいい物件だわ」


 その、いい感じで、朽ち果てた建物の姿に、思わず笑みがこぼれた、人間が無理やり自然界にうち立てた造形物。

 それが使われなくなり、年月が経つうち徐々に自然に取り込まれていく途中の姿、この途中経過の風景がたまらない、そして建物全体を見回す


 「え・・・と、五階建て、ってことか、結構広いけどまずは一番上から探索かな」


 一人呟くとバッグの中からヘルメット、そして軍手を出して装備、準備は完了、正面玄関のドアを開けて中に入った。


 「うわ・・・酷いわね」


 元は受付のフロアだったのだろう、凄い荒らされようだった。

 肝試しに来た若者が捨てて行ったのか浮浪者の寝床になっていたのか、壁は落書きだらけ、床はゴミだらけ、出入り口から一番近いということもあり荒らされ方が半端無かった。


 「ま、こんなことだろうとは思ったけどね」


 そのフロアを無視して上へと続く階段を目指した。奥へ歩みを進める途中、ところどころ割られている窓から外を覗くとその下は切り立った崖だった。かなり下には細く川の流れが見える、眺めは格別だ。


 「ふぅん・・・結構いいところじゃない、景色もいいし、当時としては結構豪華な造りだったみたいね、一度来てみたかったわ」


 ボロボロになった真っ赤な絨毯が敷かれた階段を上り一気に五階を目指す、昇りきると崩れた天井から陽の光が差し込んでいい気持ちだ。


 「よし!探索開始!」


 そこはフロントと変わらずところどころ荒されてはいたものの、人の出入りはさほどなかったのか、手つかずの客間が残っていた。

 そのままにされた調度品、床に転がる座イスなど被写体としては申し分なかった、それを次々にフィルムに収める。

 その後、屋上へと続く非常階段への扉を開け登ると辺りを一望出来る、眼下にはホテルのすぐ横を流れる清流、そして遠くには街並みが見えた。


 「いい!いいね!これよこれ!」


 気持ちが高ぶり、足取り軽く、調理場、そして、長い年月、放っておかれたためか、名前は読み取れなかったものの、ロッカーが並ぶ、以前は、仲居さんの詰め所だったであろう部屋、社長室。

 多少荒れてはいたけど満足のいくものが撮れた。一息ついて、何気なく時計に目をやる


 「・・・もう午後の四時かぁ、そろそろ切り上げないと暗くなっちゃうわね、それじゃあ最後にココだけ調べて帰ろう」


 と、客間だったのであろう扉を開けて、一歩足を踏み入れた瞬間、踏み降ろした足が床に吸い込まれた。


 「きゃっ!」


 足を取られ思わず悲鳴を上げたその次の瞬間、ドドドドド、と大きな物音と共に体がふわりと宙に浮いた。

 その次の瞬間、浮いたと思っていたのが間違いだということに気づいた。

 ・・・アタシ、落ちてるんだ。


 「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 □■□


 「・・・痛ッ!」


 暗闇の中でどこからともなく感じる鈍痛と共に目を覚ました。

 あれからどのくらい経ったのだろう。しかし、この状態でわかること、それは陽がすっかり落ちてしまった事くらいだろうか、ぼんやりとした頭で体を起こした。


 「よっこい、しょっと」


 どこか打ったらしく、からだのあちこちに鈍い痛みはあるものの、ケガはないみたいだ。

 それと体を起こした時に手に当たった感触、これは畳だろう、そのせいもあって大丈夫だったわけか。しばらくそのままの体勢で、ボーっとしていたものの次第に頭がはっきりしてきた。

 真っ暗闇、そしてここは廃墟。どんな危険があるかわからない、一刻も早くここを出る事を考えないと。

 まずは明かりの確保だ、急いで持ってきたリュックをまさぐる、すると筒状の固い物が手に当たった。


 「あった!」


 即座にスイッチを入れると目の前の壁を眩しく照らした、そしてそのまま上を向けた。

 そこには朽ち果てて完全に落ち、材木が剥き出しになっているた天井、そして更に上にはアタシがそこから落ちたであろう穴が開いていた。


 「二階分くらい落ちたのか・・・最後に居たのは三階だからここは一階ってことになるわね、位置からするとここを出て真っすぐ廊下を走れば出口はすぐそこ・・・ってことか、急がないと!」


 真っ暗な中を、ぐるっと照らし出口を探す、すると銀色に光るドアノブが映し出された。


 「あそこか!」

 

 すぐさま駆け寄りノブを掴もうとしたその瞬間のことだった。


 

 【キィ・・・キィ・・・】



 古い自転車をこいでいる時と同じような音、ともかく錆びたものが擦れて動くような音が扉の先から聞こえた。


 (何なの・・・?)


 耳を澄ませる、車輪?でもそんなものは、今まで見て回ったが、そんなも物は無かった。でも今、聞こえるこの音は間違いなく錆びた車輪の音。


 (何だろう・・・)


 ドアノブに手をかけようとしたままの体勢で再び耳を澄ます。

 もしかしたら肝試しに来た若い集団がそっと入ってきているのか?いや、違う、それならこのガレキだらけの廊下を歩くことになるから足音もするはず、しかしあれから車輪の音だけしかしないのだ。


 (どうしよう・・・)

 

 とはいえこんな場所で一夜を明かすつもりなどない。

 それに当初の予定では、とっくに家に着いて写真をパソコンに取り込み選別、そして明日には会社に持って行く準備をしなければならないのに。

 しかし、この体にヒシヒシと伝わる、嫌な感じは何だろう?生まれてこのかた幽霊の類は見た事が無いし、霊感などあるとも、思ってみたこともなかった。

 でも、このドアを開けた先に、何か見てはいけないものが、居るような気がしてならなかった。 

 思わず、大きな音を立てて、ゴクリと唾を飲む。それから、音を立てないようにゆっくりとノブを回しそっとドアを開けた。

 最初、恐る恐る、ゆっくりと開いたが、このままでは、ラチがあかないし、今のところ、何か居るような、姿は見えない。

 思い切って出てみると目の前には出口と反対側の廊下が続いていた。


 「何も居ない・・・か、やっぱりそうよね」


 一息ついて出口の方を向いたその瞬間・・・。


 

 何かがそこに立っていた。



 それが目に入った瞬間、徐々に瞳孔が開いていくのを、はっきりと、感じた。

 目の前、自分から数メートルの所、車輪のついた鉄の塊が見える。食べ物を運ぶカートだろうか、それを押す真っ白い服を身に(まと)った人間の姿

 

 「ヒッ!」


 思わず声が漏れ、目の前の何かと目が合った、すると、私の声を、待っていたかのように、ソイツの動きがピタリと、止まったかと思うと


 ソイツがゆっくりゆっくり口を開くとニヤっと笑ったのだ


 それから、アタシを見つけても、なお急ぐわけでもなく、ゆっくり、ゆっくりとこっちに近づいてきている。

 ソイツとの距離はたった数メートル、うかうかしていると捕まってしまう!

 恐怖でその場に崩れそうになりながらも走りだした。そして、階段をよろけながら屋上を目指して、一心不乱に、階段を、駆け上がった。

 そう、屋上まで出てしまえば、五階から、屋上へと続く、今までより急になった非常階段を、あの、鉄の塊を押して、昇って来るなど、不可能。到底、アイツは追っては来られないだろう。

 根拠は無いけれども、あのカートとアイツは一体、絶対、そうに違いない。いや、そうであって欲しい!

 屋上まで、逃げ切れば、そこで、そのまま朝まで待てばいいのだ。


 「ハッ・・・ハッ・・・」


 息も絶え絶えに五階まで駆け上がりそこから非常階段を一気に駆け上がった。そして屋上へと繋がる階段のドアに手をかけノブを回し力いっぱい、押し開けようとしたのだけど・・・


 【ガンッ!】


 何かが挟まっているのだろうか、ビクともしない。


 「何で?何で!昼間はちゃんと開いたじゃない!」


 半分パニックになりながら、もう一度力任せに、扉を押したり引いたりしてみる。しかし扉は固く閉ざされたままだ、と、その時。


 【キィ・・・キィ・・・】


 下の方から、さっきの恐ろしい音が聞こえた。ここは五階、アイツは一階に居る筈だ、なのに音がするということは・・・

 

 近づいてきている!


 今の場所は、五階から少し上がった所にある、非常扉の前。そして扉が開かない現在となっては、ただ逃げ場のない、行き止まりにしかすぎない。

 アタシが、モタモタしている間に、すぐ下まで来られるともう逃げ場は無い。屋上に出る事が出来なくなった今、ここに居ては、危険でしかないのだ。

 慌てて階段を駆け降りる。そして廊下までたどり着いたその瞬間


 【ガチャン!】


 金属が何かにぶつかる音、すぐ下の方から音がした。

 思わず、階段の下の方を懐中電灯で照らすと、さっきの銀色のカートの先が見えていた。それを見て思わず固まる。


 ・・・何であんな重たそうな物を押しながら階段を上がって来られるのだろう。


 やはりアレは普通の人間ではない、そのことだけはわかった。それを理解したと同時に、心臓の音がバクバクと、異常なほど、脈打った。

 しばらく、アタシは動けなくなり、それを凝視するしか出来ないでいると、徐々にさっきの白い服を纏った人の姿がゆっくりと見え始めた。

 そして、アタシに気付いたのか、こっちを見て、さっき一階で見せたような、不気味な笑顔で、ニヤリと笑った。

 思わず背筋が凍る。アイツの狙いは間違いなくアタシ、じわじわと追い詰める作戦なのだろうか?

 とにかくここに居ても危険なだけだ、いろんなことが一遍に起こり、固くなった体にもう一度力を込めて奥に向かって駆け出した。


 「隠れるところ・・・とにかく隠れるところ・・・客間?ううん、ダメ!鍵もないし入って来られたら一巻の終わり、鍵があって、アイツが入って来られなくて、朝まで安全に居られそうなところ・・・」


 その時、ふと目に入ったのは『W・C』の看板だった。


 「ここなら!」


 ともかく、目の前から消してしまいたい!そういう願いも込めて、ボロボロのトイレに、転がるように、駆け込み、鍵のかかる個室に入ると、祈るような気持ちで鍵を閉めた。

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