「強化フォームもない奴は戦力外だ」とクビになったおっさんヒーローが改造手術を受けカムバックしたら一番人気になりましたがもう興味ありません。 ~マッドサイエンティスト女と始める『親愛なる友人』ライフ~
その怪人が振り回す大剣は、まるで何かの漫画から飛び出してきたかのような、鉄塊じみた代物であり……。
しかも、切っ先から柄に至るまで、美術品のごとき彫り物が施されていて、通常の『怪人病』で発生した怪人が生み出すような得物とは、一線を画した迫力が感じられる。
そして、そのような印象は間違いではない。
まるで、直立した馬に騎士鎧を着せたかのような……あるいは、チェスにおけるナイトの駒を擬人化したような姿の怪人がこれで斬り上げると、受け止めたサンダービートの愛剣――ライズブレードがたやすく両断されたのである。
そして、当然、怪人の剣はライズブレードを両断したに留まらない。
「――ウェアッ!?」
剣による防御もむなしく、真っ向から怪人の斬撃を受けたサンダービートが、胸の装甲から火花を散らしつつ吹き飛ばされた。
多くの場合、ヒーローが装着するスーツの装甲材に採用されているのは、超鋼ナノスチール。
わずか数ミリで戦車以上の頑強さを誇る物質であるが、当代のヒーローでは随一の分厚さを誇るサンダービートの胸部装甲には、見るも無惨な斬撃痕が走っている。
今の一撃によって、表面層部分がたやすく切断されたのだ。
もしも、ライズブレードで事前に受け止めていなければ、スーツごと装着者が斬り捨てられていたかもしれない。
「くそ、なんて切れ味だ!」
すでに人々が避難を終えている国道を転げ回ったサンダービートが、膝立ちの姿勢となってうめく。
胸に白銀の胸甲をきらめかせ、四肢は青いアーマースーツで隙間なく覆われる……。
真紅のマシンアイが特徴的なヘルムには、カブトムシを彷彿とさせる角が雄々しくそびえ立っていた。
まさに、ヒーローの中のヒーローと呼ぶべき威容……。
設立して半世紀以上の年月が経ち、アイドル的な人気を誇る警視庁警備部特殊科超人課の隊員たちであるが、このサンダービートこそは、現役隊員で最大の人気を誇るナンバーワンヒーローなのだ。
だが、怪人たちの実力が日増しであるとささやかれている昨今……さしものサンダービートであっても、通常形態ではこのように苦戦することも日常茶飯事となっていた。
それは、ヒーローの敗北を意味するのか?
……否。
断じて、否である。
「だったら、パワーアップだ!」
その証拠に、サンダービートが、左腕に装着したスマートブレスレット型のアイテムを操作したのだ!
サンダービートとして実践投入された当時は、存在しなかった追加装備。
秘められし機能こそ、まさに本人が宣言したパワーアップであった。
「はあああああ……っ!」
ブレスレットの画面をタッチすると同時、サンダービートの全身が、その名にふさわしい雷光で包まれる!
『オメガライズ!』
同時に、ブレスレットが有名声優収録によるシステムボイスを発した。
サンダービートの全身を包み込む雷光が、少しずつ……少しずつ、その形を変えていく。
それはあたかも、サンダービートが装着している変身スーツの上から、さらなる追加外装が施されたかのようである。
否、ようである、ではない。
実際に、リアルタイムで追加外装が施されているのだ。
「パワーアップ……完了だ……!」
雷光が消え去り、レッドアイを発光させたサンダービートが、高らかに宣言した。
いや、今の彼は、サンダービートではない。
全身を包み込む雷光が消え去った後には、黄金色の追加アーマーが残されており、これまで以上のパワーを感じさせる装いとなっていたのである。
俗に、強化フォームと呼ばれる姿。
日に日に力を増していく怪人たちへ対抗するため、超人課の隊員たちが装着する変身スーツは、随時アップデートを施されているのだ。
そして、フォームチェンジをしたサンダービートは、新たな名で呼ばれていた。
その名も……!
「サンダービート・マッハの力! 見せてやるぜ!」
言い放つのと同時……。
足元のアスファルトを蹴り砕いたサンダービート・マッハの姿が、かき消える。
強化フォームとなって瞬間的な超スピードを発揮できるようになったサンダービート・マッハが、文字通り、目にも留まらぬ速度で怪人へと殴りかかったのだ。
サンダービート・マッハは、通常形態と比べてパワーも桁違いに強化されている。
この姿となった彼が放つパンチを受けて、タダで済む怪人などいるはずが――。
「――ウェッ!?」
……それが、いた。
サンダービート・マッハの動きを完全に見切っていた敵怪人は、突き出された右のストレートを、左手で握り込むようにして受け止めたのだ。
――ミリミリッ!
――ミリミリミリッ!
「ウェアアアアアッ!?」
握り込まれたサンダービート・マッハの右手から嫌な音が漏れ出し、苦悶の叫びが放たれる。
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『なんということでしょう!
強化形態にフォームチェンジしたヒーローのパンチが、この怪人には、まったく通用していません!
このまま、サンダービート・マッハの右手が握りつぶされてしまうのでしょうか!?
強化フォームになったヒーローでも、この怪人にはかなわないのでしょうか!?』
専用アプリを通じ、特殊ドローン撮影による映像が配信されている番組の中、美人アナウンサーの悲鳴じみた声が漏れる。
彼女自身、SNSなどではサンダービート推しであることを公言してはばからないが、それは嘘ではなかったということだ。
『救援ないの?』
『ウィンドマンティスもファイヤークワガも、別の現場で戦ってる』
『アイススパイダーは何やってるし?』
『一人だけ強化フォームがなくてクビになった定期』
『変身スーツが20年以上前の製造なんだから、仕方ない。中の人も40超えてるはずだし』
『居たところで役に立たない』
『名前が挙がらなかったヒーローも、それぞれの現場で戦ってる。
救援はない』
コメント欄に流れるのは、リスナーたちのコメントだ。
警備部特殊科超人課……Security Bureau、Special Division、Superhuman Affairs Section、の頭文字を合わせた配信アプリ名が『SSS』。
月額980円のサブスク契約を結ぶことによって、怪人事件に関する様々な情報を得られる他、リアルタイムでヒーローの活躍を見たり、後楽園で開かれるイベントでは、スーツ装着済みの隊員――ヒーローと握手したりできるのである。
そして、リアルタイム中継の特徴は、リスナーたちがそれぞれコメントを打ち込めるということ。
『サンダービートがんばれ!』
『見切られてても、スピードそのものはこっちが勝ってるんだから、離れればいける!』
『どうやって離れるかが問題なんだって!』
『もう、誰でもいいからサンダービートを助けてくれし!』
馬の特質を備えた怪人に拳を握り込まれ、苦悶するサンダービート・マッハの配信映像を背景に、悲痛なコメントがいくつも流れていった。
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強化フォームを手に入れて以来、サンダービート・マッハが初めて陥った絶体絶命の窮地……。
それを救ったのは、砲弾のごとく飛び込みながら怪人へと飛び蹴りを放った何者かであった。
「――ッ!?」
馬めいた頭部の横っ面に真っ向からの飛び蹴りを喰らった怪人が、たまらず手を放して十数メートルも吹き飛ばされる。
「――ウェアッ!?」
ようやく解放されたサンダービート・マッハが膝立ちとなりながら、ギリギリのところで砕かれず済んだ右手をさすった。
そんな彼の前に、飛び蹴りの衝撃を完全に殺して着地した人物……。
一言でその容姿を表すならば、中折れ帽を被り、トレンチコートとスーツに身を包んだ男……ということになるだろう。
それだけならば、一般人でもおかしくはない格好。
ただし、普通の人間ではありえないのが、コートの背中から、クモを思わせる形状をした八本のマシン・アームが突き出し、自在にうごめいていること。
そして、サンダービート・マッハの様子を確認するために振り返った顔が、目出し帽とサングラスで隠されていることだった。
「誰なんだ! あんた一体!?」
サンダービート・マッハの問いかけは、ごく当然のこと。
俗にヒーローと呼ばれる超人課の隊員たちは、変身スーツ装着後の姿を全員公開されている。
だが、このような……明らかにハンドメイドと分かるコスチュームの隊員など、当然ながら存在しない。
今頃、SSSの配信は、何者なのか疑問視するコメントで溢れているはずだった。
「………………」
怪人物は、答えない。
ただ、早くも立ち上がろうとしていた馬怪人に対し、向き直っただけだ。
コートの背から生えた八本のクモ型マシン・アームが、先端部を刃物のように鋭く研ぎ澄まさせる。
「――フッ!」
そして、怪コートが――動く。
その瞬発力たるや、尋常なものではない。
サンダービート・マッハに匹敵するほどなのだ。
しかも、先にサンダービート・マッハが見せた攻撃と異なり、直線的な動きではなかった。
――ガッ!
――ガガガッ!
長く伸びたマシン・アームが先端部を国道の路面に突き立て、急加速と急停止、方向転換を巧みに織り交ぜたのである。
このようにされると、受けて立つ側は、残像に惑わされる他ない。
結果、急接近して放たれたマシン・アームの攻撃は――ヒット!
ヒット! ヒット! ヒット!
ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット!
ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! ヒット!
アッパーカット気味に振り上げる一撃も、逆に上から下へと振り下ろす一撃も、ストレートパンチのように突き出す一撃も、横薙ぎに振っての一撃も、ことごとくが馬怪人へと直撃し、頑強な体表の上で火花を散らした。
もはや、馬怪人は完全なるグロッキー!
大剣を持ち上げる力もなく、それを杖のように地面へ突き立てることで、どうにか立っている状態だ。
その姿を見て、攻撃の手を止めた怪コートが構えを変える。
武術家が呼吸を整える時のように、両脚を広く開いた状態で、深く腰を落とす姿勢……。
すると、怪コートの全身が、淡い光に包まれた……!
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『――浄化技!
これは、浄化技です!
そもそも、怪人とは人体変異型ウィルスに感染した病人!
私も! あなたも! 誰もがこうなる可能性を秘めています!
しかし! 超人課の隊員――ヒーローは違う!
特β型血液を持つ彼らは、人体変異型ウィルスに対して、波動力抗体と呼ばれる未解明のエネルギーを有しています!
その波動力抗体をスーツの機能によって瞬間的に活性化し、怪人へと放つことで元の人間へと戻す!
それこそが、必殺技や浄化技と呼ばれるヒーロー最大の一撃なのです!』
『知ってるし』
『義務教育で習った』
『てか興奮しすぎw』
SSSの配信内でまくしたてるキャスターに対し、冷めたようなコメントがすかさず流れる。
だが、さすがはサブスク代を払ってヒーローの推し活をしているリスナーたち。
一部はキャスターの意を汲み、先回りして結論を告げた。
『ていうことは、つまり、このコートとかロボットアームが超人課の変身スーツと同じ機能を持ってるってこと?』
『超人課以外にも、そんなもん作れる組織があったんだ?』
『個人じゃね?』
『どっちでも、隠してる意味が分からんし』
言うまでもないが、超人課の隊員たちが着用する変身スーツには、おびただしい額の血税が投入されているし、開発にあたっては、国内最高峰の頭脳が集結している。
怪コートのコスチュームが同じ機能を発現しているということは、これらの条件と張り合える開発力を確保しているということであった。
とても、現実的な話ではない。
もっとも、この状況でそこまで考察できた人間など、微々たるもの。
『サンダービートを救ってくれるならなんだってイイし!』
『てか、このヒーローもよく見たらイケてね?』
『帽子もコートも渋くてカッコイイ!』
『推し変しちゃいそう!』
『ヒーローネームはなんて言うんだろ?』
そういった考察系のコメントは、すぐさまミーハーなコメント群に埋もれていったのである。
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「――はっ!」
十分に、波動力抗体が充填されたということだろう。
全身を青い輝きに包まれた怪コートが、初めて言葉らしきものを発した。
思いのほかに渋く、重たいかけ声と共に行ったのは――跳躍。
それも、ただの跳躍ではない。
マシン・アームも駆使してアスファルトを蹴り、右脚での砲弾じみた跳び蹴りを放ったのだ。
サンダービート・マッハの戦いに介入した時の一撃と似ていて異なるのは、八本のマシン・アームが足先をカバーしたこと。
しかも、その状態で背中の基部が回転したことだ。
これは――ドリル!
怪コートは、背部のマシン・アームを高速回転させてのドリルキックを叩き込もうとしているのだ!
「――ッ!」
馬の特質を備えた怪人が、防御せんと大剣を構えた。
――バキイイイィィン!
しかし、腹の部分で受け止めようとした大剣は、ドリルキックによってたやすく粉砕されたのだ!
頼りの防御を打ち砕かれた怪人の胴体に、怪コート必殺のドリルキックが叩き込まれる。
だが、恐るべき貫通力を誇るだろうこの一撃が、馬怪人の肉体までも粉砕することはない。
代わりに、怪コートを包み込む青い光が馬怪人の肉体に移り、全身を輝かせた!
そして、必殺の……あるいは浄化の一撃を叩き込んだ怪コートが、反動を使っての華麗な宙返りと着地を決めると同時、光に包まれた馬怪人が倒れ、本来の……人間としての姿を取り戻したのであった。
俗に怪人病とも呼ばれる病にかかっていた被害者は、大学生くらいだろう若い男性。
SSSの撮影ドローンはその姿を捉えているが、配信映像にはボカしがかかっているはずである。
運転手が避難した結果、乗り捨てられた自動車が並ぶ国道の中、怪コートがゆらりと立ち上がった。
「あんた……オレと同じヒーローなのか?」
その背にかけられたのは、サンダービート・マッハの声。
「………………」
しかし、怪コートはそれに振り返ることすらせず……。
「――ふっ!」
アスファルトを陥没させかねない脚力で跳躍すると、背中のマシン・アームも駆使して本物のクモがごとくコンクリート・ジャングルを跳び回り、あっという間にその姿を消失させたのであった。
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『おつかれだな、文月。
実戦テストの結果はパーフェクトだ』
外部から鼓膜を震わせるのではなく、耳朶の奥で直接生成された音声が、俺の聴覚を刺激する。
同時に、路地裏を見ている視界の片隅で開かれるのが、相手の映像を映したウィンドウ。
まるで、SF映画の中で、味方と通信を交わしているサイボーグの視界映像を切り取ったかのような光景。
そして、実際に今の俺は、支援者と通信を交わしているサイボーグなのだ。
いや、こいつが言うところだと、改造人間、か。
『おい、何か言ってみたらどうだ? ヒーロー。
お前が望んだ通り、国家権力に頼らず正義を果たせる力が手に入ったんだぞ?』
その、こいつが、いぶかしげな表情となりながらウィンドウの中で首を傾げた。
こいつの姿を一見して、俺にこのような強化改造手術を施せる科学者であるとは、誰も思わないだろう。
何しろ、少女だ。
見た目上の年齢は、せいぜいが13、14といったところ。
イギリス系の血筋に由来する自然な色合いの金髪を、ポニーテールに結わえている。
トンボ眼鏡というのだったか……? 大きな円形の眼鏡は、知性よりもかわいらしさの方をより強調していた。
ただし、少女なのは見た目だけだ。
俺より年下であることは間違いないが、実際にいくつなのかは把握していない。
とりあえず、20年前……こいつの姉に引き合わされて出会った時には、今と同じ容姿だったのである。
「そう……だな。
事前にテストはしていたが、実戦で使ってみると、自分で想像していた以上のポテンシャルだった。
お前のおかげだ。モリー」
そんな外見ロリ博士に対し、ひとまず礼の言葉を述べておく。
何か助けられた時、お礼を言うのは大事なことだ。
ヒーローでありたいと思うなら、欠かすことはできない習慣である。
『わざわざ肉声で出さずとも、頭の中で念じるだけで通話は可能だといつも言ってるだろう?』
「これもいつも言ってるが、俺はロートルなんだ。
便利な機能でも、なかなか使いこなせる気がしない」
『そこを努力して使いこなせ。そうでなければ、宝の持ち腐れだ。
ほら、やってみろ』
「あー……」
ウィンドウの中で非常に偉そうに腕組みしているマッドサイエンティストの言葉は、ごもっとも。
それに、せっかく俺の体を切り刻んで埋め込んだ機能であるのだから、使ってもらわなければ手術のし甲斐もないというものだろう。
『イイカンジダ。
少クトモ、怪人病ノ患者ヲ浄化スルコトニハ成功シタ。
ソコガ一番心配ナトコロダッタガ、大成功ト言ッテイイダロウナ』
『片言……もっと練習しろ』
精一杯の努力で脳内の台詞を送った俺に対し、マッドサイエンティストが呆れた表情で告げた。
『だがまあ、それも後日のことだな。
さっさと変身を解除して、帰還しろ。
身体の調子を確認するぞ』
『了解』
モリーの指示に従い、まずは変身解除を試みる。
かつて、超人課の隊員として怪人と戦っていた時は、専用車両でスーツを装着してから現場に向かっていた。
だが、改造手術を受けた今は違う。
「リチェンジ」
キーとなる言葉と共に精神を集中すると、背中から直接生え出し、スーツもコートも突き破っていたクモ足型のマシン・アームが見る見る内にその大きさを縮小させ、体内へと格納されていく。
同時に、マシン・アームによって破られていたスーツとコートの穴も、繊維型ナノマシンによって修復される。
繊維型ナノマシンの働きは、それだけではない。
ベージュ色だった中折れ帽とコートは、藍色に変化。
同時に、地味な色合いだったスーツもストライプ生地へと変化を果たす。
後は、目出し帽とサングラスをコートのポケットにしまえば、変身解除完了。
よほどに勘が鋭くない限り、今の俺とさっきの怪人物を結びつけることはできないだろう。
――ジャリ。
路地裏に落ちているゴミを踏みしめながら、表通りへ続く道を歩み出す。
と、たまたま地面に転がっている割れた鏡が、視界へと入り込んだ。
改造手術の結果、変身前でもマサイ人並みの視力を誇るようになった俺の目が捉えたのは、鏡に映った40男の姿。
見た目は、若々しい方だと自分でも思う。
黒髪もきっちりとしたセンターパートで整えているし、シワだってそう多い方ではない。
イケオジ……とまでは言わないでおくが、くたびれた感じはしない清涼な中年男にはなれているんじゃないだろうか?
もっとも、見た目だけこざっぱりと整えても、ロートルさを隠せないからこそ、超人課の隊員を辞め、こうして改造人間実験体第一号として、非合法な活動を始めたわけであるが。
なぜ、こうなったかというと……。
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警視庁警備部特殊科超人課の本部といえど、大都会東京のド真ん中に存在するのだから、その外観は、普通のオフィスビルと変わらない。
むしろ、超人課の創設と共に建設され、半世紀もの時が流れているのだから、建物のところどころに存在する老朽化の兆候を、隠すことができなくなりつつあった。
そして、俺たち隊員が普段過ごすオフィスも、警察組織の一部であるからには、当然ながら、一般警察署のそれと大差ない代物であり……。
「俺が現役引退!?
どういうことです!?」
そんなありふれた警察オフィスの中に、俺の怒鳴り声が響き渡ったのである。
怒鳴られた相手は、目の前にいる神経質そうな50男。
銀縁眼鏡をかけたブランドスーツ姿は、シゴデキとイケオジのハイブリットという他にない。
超人課の責任者――保土課長だ。
「君にも、その理由は薄々察せているだろう?
文月君……。
いや、20年以上の貢献に敬意を表し、こう呼ぼうか?
ベテランヒーロー――アイススパイダー」
課長が口に出すアイススパイダーというヒーロー名の、なんとネットリとした発音であることか。
嫌味として言っていることは、明らか。
何しろ、ここ数年の俺は……。
「もっとも。開発も製造も20年以上前であるアイススパイダーのスーツには、近年のトレンドである強化フォームを実装することができない。
SSSの配信でも、こう言われてるよ?
『強化フォームもないロートルヒーローなど、映す価値なし』だと」
「あんな人気取りの配信アプリの反応なんて、気にする必要ないでしょう?」
「そんなわけにはいかない。
我々は、貴重な血税を湯水のように消費している立場なのだから、市民の理解を得なければならない。
それに、一人一人のサブスク額は微々たるものとはいえ、集まれば馬鹿にできない金額。
我々超人課が活動するにあたっては、貴重な資金源となっていることだしね。
もっとも、公式の人気ランキングでここ数年連続最下位のアイススパイダー君には、関係のないことだろうが」
その言葉に、ギリリと歯を食いしばる俺。
残念ながら、ぐうの音も出ない正論というやつだ。
だから、切り口を変えてみる。
「なら、新しいスーツを支給していただくわけにはいかないんですか?
そうすれば、俺はまだまだ戦え――」
「自分の身体測定結果を知らないわけもないだろう?」
課長の言葉に、ギクリと体をこわばらせる俺だ。
酒は随分と前に断った。
仕事の都合上、そう上手くはいかないが、可能な限りの睡眠時間を確保している。
妻を亡くして以来の一時期は荒れた食生活だったが、今では、完璧に栄養バランスを計算した健康的な食事をしていた。
だが、それでも……。
「君なりに身体能力を維持しようと努めているのだろうがな。
数値は残酷だ。ごまかせない。
君の体はもう、ピークを過ぎている。
超人課の隊員として戦うことは、これ以上許可できない。
付け加えておくが、これは私個人の意見ではなく、超人課隊員の総意だ」
「な!?」
課長の言葉を受けて、周囲を見回す。
このオフィスを使っているのは、総勢8人ほどの隊員たち……。
誰もが、俺から目を逸らすか、あるいは意識してノートPCの画面とにらめっこ中だ。
しん……とした静寂が、オフィスの中へと満ちる。
その沈黙こそが、何よりも雄弁に彼らの意思を物語っていると思えた。
「まあ、課長として結論を述べるとするならば、だ。
強化フォームもない奴は戦力外だ、文月君」
椅子の背もたれに深く体重を預けながら、課長が言い放った言葉。
それは、議論の終了を意味しており……。
「無論、普通の警察官として、君には大いなる活躍を期待している。
今後の配属先については追って通達するので、まずは有給を消化したまえ」
課長の言葉をじっと聞いた俺は、やるせないもので身を震わせていたのである。
--
――カランッ。
という音と共に、グラスの中で氷が溶けゆく。
酒など飲んだのは、随分と久しぶり。
せっかくなので、以前は絶対に頼まなかっただろう高いウィスキーを注文してみたが……味も香りも、まったく感じられない。
ただ、無限の暗闇へと吸い込まれていくような、暗鬱とした思いだけが、俺の心を支配していた。
『置いていっちゃってごめんね。
でも、どうかあなたは、あなたらしく素敵なヒーローでいて』
思い出されるのは、あの言葉……あの表情……。
残された俺にとっては、人生の指針であり、生きる意味そのものであると言っていい。
ムーディーなバーのカウンターで、ただじっと眼前のグラスを睨みつける。
ただ無為に、いたずらに、時間を消費するためだけの行動……。
これならば、いっそのこと、スマホをイジり続けているバカな子供の方がマシであるかもしれない。
そいつが声をかけてきたのは、そんな風に自嘲していた時のことだったのである。
「久しぶりだな、文月。
元気に……は、していないようだな?
引退になったことは知ってる」
そのかわいらしい声が発されたのは、隣の席――の、だいぶ低い位置。
白衣とプリーツスカートでキメた金髪ポニーテールの眼鏡っ子。
「モリー・イシノか?
驚いたぞ。
お前、本当に年を取らないな」
モリーの容姿は、記憶から一切変化がなく、ローティーンそのもの。
しかし、実年齢が異なることは、こいつがかざした運転免許証を見たマスターが、無言でうなずいたことからも明らかだ。
俺の角度からでは、生年月日の部分が見えん。実際、いくつなんだ?
「角のハイボールを」
モリーのオーダーに答えるべく、用意を始めるマスター。
「そっちはちゃんとやれてるみたいだな。
だったら、何よりだ」
マスターの仕事ぶりを眺めながら、しみじみとつぶやく。
そうしている間に作り終わり、コトリという音と共に供されるハイボール。
それを一口飲んだモリーが、「ふう」と息を吐く。
「姉さんから、せっかくの頭脳を社会に役立てろと散々言われてたからな。
世の中の役に立つ地味な基礎研究を日々続けているよ」
「その割には、羽振りがいいみたいだな?
ここ、結構高いのに」
超人課の隊員は、そこそこの高給取りでもある。
さすがにプロ野球選手並とはいかないが、危険な任務へ従事している貴重なスキルと血液型の持ち主たちなわけだからな。
ゆえに、引退の決まった俺も少しばかりグレードの高い店を使うことができるわけだ。
「基礎研究が金にならんというのは、素人考えだぞ?
むしろ、そういったところできちんと特許を取っているからこそ、このように飲み代を心配する必要もなく、好きな研究に打ち込めるわけだ」
「そうかい……」
ようやく、自分のグラスに口を付ける俺。
うっとりと陶酔させる香りと、喉を焼く甘み。
上等な酒を上等な味で感じられたのは、こいつのおかげだろうか?
「それで、こんな所で会ったのはなんの縁だ?
マスターが年齢確認をしていた以上、常連というわけでもないだろうし……。
口ぶりから考えても、わざわざ俺に会いに来たみたいだが?
……まさか、義理の兄妹でサシ飲みしたくなったってわけでもないだろう?」
「いやいや、なかなかどうして悪くない酒だ。
敬愛すべき義理の兄が望むなら、私はいつでも酌をしよう」
「よせよ。
お互い、彼女を思い出して辛くなるだけだろ」
沈黙。
軽口で返さなかったのは、それがきっと図星だから。
だから、俺の亡き妻でこいつの姉である彼女が亡くなって以来、お互い二度と会わずにいたのだ。
それに……こいつは昔から、感傷だけで動くような女じゃない。
「教えろよ。
何か俺に、用なり頼み事なりがあるんだろ?」
――カラン。
俺の言葉へ、合わせたかのように鳴る氷の音。
それを挟んで、モリーがいよいよ本題に入った。
「実は、お前をスカウトしに来た。
今やっている仕事を辞めて、私のところで働かないか?」
「お前のところで働くって、研究助手でもやれってのか?」
「半分正解」
そう答えたモリーが、カウンターにUSBメモリーを滑らせた。
「もう半分は、被験者……だな」
「被験者?」
眉を潜めながら、USBメモリーをつまみ上げる俺。
ちなみにだが、メモリーが収まっている本体は、デフォルメされたヒーローのフィギュアとなっている。
緑を主体としたスーツに、金色の装甲を配されたクモ型マスクのヒーロー。
随分と昔、グッズとして出たアイススパイダー……つまり、俺を模したUSBメモリだ。
こいつ、こんなもん持ってたのか。
「詳しい内容は、それを読んでくれ。
連絡先も入ってるから、気が向いたら連絡してくれればいい。
――待ってるぞ」
一万円札を置き、颯爽と去っていくモリー。
「研究助手兼被験者、ね」
つぶやきながら俺は、現役時代の自分がデフォルメされたデザインのメモリを弄んだのである。
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そして俺は今、副都心某所に存在する雑居ビルの一室……つまりはモリーのラボで、手術台じみたベッドの上に寝そべっていた。
なお、別室に本物の手術台も存在する。
そして、俺はそこで手術を受けたのだ。
機械と人間……そして、『特β型』血液の持ち主と、怪人の細胞とを融合させる改造手術を……。
「経過観察は良好だな。
怪人細胞と特β型血液の共存は上手くいっている。
体内に仕込んだナノテク・ギアも、全機能問題がない」
「記念すべき改造人間第一号は、ひとまず懸念された諸問題をクリアできているわけか」
かざした手と殺風景な天井が映る視界は、俺が念じればいつでも気温や時刻、自身のバイタルなどを表示したモノに切り替えることが可能。
その上、単純な視力や動体視力も飛躍的に向上しているのだから、恐れ入るしかない。
本当、大したマッドサイエンティストだ。
パンツ一丁のままベッドの上で身を起こした俺に対し、得体の知れない様々な機器に囲まれながらマウスを動かしていたモリーが、ふと、モニターの一つをこちらに向ける。
アームで保持された縦型モニターに映し出されていたのは……。
「SSSの画面か……そういや、引退の後は見なくなってたな。
で、この画面は……人気投票?」
「面白いぞ。
なんと、超人課の隊員でもないモグリのヒーローがエントリーされてしまった。
結果、ヒーローランキング堂々の第一位だ」
モリーがマウスをクリックすると、問題のモグリヒーロー……。
コートや目出し帽で正体を隠している変身後の俺が表示された。
ヒーロー名は……。
「『親愛なる友人』?
随分と詩的というか、語呂の悪い呼び名だな」
「名乗ってないのだから、民衆が勝手に定着させた名前で納得するしかあるまい?
それに、君の活動内容には、合っていると思うぞ?
何しろ、怪人と戦うのは、ほんの一部。
他の活動は、徘徊老人を家まで送り届けたり、枝に絡まった子供の風船を取ってやったりだろ?
派手なところでも、地方遠征して、深夜の果物泥棒たちを証拠映像付きで拘束したりとかだ」
椅子に座りながら脚を組み直し、にまにまと笑うモリー。
同時に、視界の片隅でウィンドウ表示されるそれら案件の映像。便利な体ですこと。
「夢なんだ……。
警察官としての役割にも、超人課隊員としての立場にも縛られず、ただ俺らしいヒーローとして活動するのが」
そして、それは約束でもある……。
「それでこそ、私が生み出したアマチュア・ヒーロー。
いや、クライム・ファイターとでも呼んだ方がいいかな?」
「なんでもいいよ、呼び名なんて」
こればかりは、隠す必要のない本心。
軽く肩をすくめて、おどけてみせた。
「それでは、本日も張り切って見回りという名の街歩きでもしてくるがいい。
私から金をもらって生活している義兄よ」
「言い方。
金っつっても給料だからな? 助手兼被験者の。
治験のバイトみたいなもんだ。
断じてヒモじゃないぞ」
「自分でヒモという単語を出してしまった時点で、馬脚を現してしまっていると思うがな」
「ぐっ……」
自分でもちょっと痛いところを突かれたとは思うので、ここで言い返すのは中断。
言われるまま、パトロールへ赴くべく、脱いでいた衣服――スーツやトレンチコートを身にまとう。
これらに使われている繊維型ナノマシンも、こいつの発明。
こんな便利グッズの特許を握っているのなら、そりゃ、金にも余裕があるわけだ。
「それじゃ、見回り行ってくるよ」
最後に、革靴を履いて準備完了。
見回りと言っても、常に変身した状態で行うわけではない。
ごく普通の紳士ないしビジネスマンとして街中を歩いて周り、困っている人などがいたら変身して助けるのだ。
――ビー!
――ビー! ビー! ビー!
と、スマートフォンから聞き慣れたアラーム音が鳴り響いたのは、その時のこと。
キャリアも機種も関係なく鳴るこのアラームが意味する事態は、ただ一つ。
「怪人が出現したぞ。
『親愛なる友人』殿?」
「……チェンジ」
言われるまでもなく、きっかけとなるワードをつぶやきながら精神集中。
すると、俺の意思に呼応して背中からコア・ユニットと八本のクモ型マシン・アームが出現。
徐々に大きさを増しつつ、シャツもワイシャツもスーツもコートも貫き、自由自在にうごめいたのである。
最後に、一度中折れ帽を取ってから、市販品の目出し帽とサングラスを装着して変身完了だ。
「ようし!」
中折れ帽を被り直し、気合を入れる俺。
だが……。
「変身場所を考えろ。
ここから出て行ったら、正体がバレバレじゃないか?」
「……あ」
ジト目のモリーに言われ、一度変身を解除。
適当な路地裏で再度変身し、出動することになったのである。
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「あり得ない……。
隊員でもない野良のヒーローが、SSSの公式人気投票で、一位を獲得するなど……!」
怪人出現の報を聞いた隊員たちが出動し、無人となったオフィスの中……。
警視庁警備部特殊科超人課課長――保土は、歯噛みしながらノートPCの画面を眺めていた。
だが、どれだけ睨みつけても、表示されている内容は変わらない。
人気投票結果一位――『親愛なる友人』。
二位――サンダービート。
「くそ! くそ! くそ!
おかげで、大目玉だ!
キャリアの中のキャリア!
東大を首席で卒業したこの私が……!」
歯ぎしりしながら、マウスを操作。
すると、別ウィンドウで小さく表示されていたSSSの中継映像が拡大され、ミュートされていた音声も流れ出す。
だが、その内容は、保土の怒りをさらに増加させるものであったのだ。
『ご覧ください!
『親愛なる友人』! 『親愛なる友人』が今日も駆けつけてくれました!
在野の身でありながら、先日の人気投票結果では、堂々の第一位!
ナンバーワン・ヒーローが、怪人を倒しに来てくれたのです!』
ドローンが撮影する映像の中では、トレンチコートに身を包んだ目出し帽男が、背中から生えたマシン・アームと自身の身体能力を駆使し、ビルの屋上から屋上へと、素晴らしい跳躍力で駆け巡っていた。
その様は、まさに獲物を捕食せんとする――蜘蛛!
そんな彼に送られるのは、弾幕と化した応援と称賛のコメント群……。
「おのれえええええ……!
貴様、一体何者なんだ……!」
彼の正体など知らぬ保土は、その映像を見ながら、怒りのあまりブランド物の万年筆をへし折ったのである。
「――インクがっ!?」
……そんなことをしたのだから、当然、中のインクが漏れ出して情けない悲鳴を上げることになったのは、語るまでもない。
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