第8話:地下工房での身体採寸。這うような密着は、明日の殺し合いに向けた弱点探りですね!
初めての実戦から数日後。
筋肉痛がようやく引いてきた私を、ヴァルター様は城の地下にある個人的な工房へと連れ出した。
カンッ……カンッ……。
鉄を打つ音が響く、薄暗く熱気にあふれた空間。
壁には無数の剣や槍、そして見たこともないような恐ろしい武具がズラリと並んでいる。
「……お前は先日、見事に魔獣を仕留めた」
ヴァルター様は腕を組み、ずらりと並んだ防具の山を睨みつけながら言った。
「だが、それは運が良かっただけだ。防具一つ着けず、布きれ同然の修練着で戦場に出るなど、命がいくつあっても足りん」
「はい……」
「だから今日は、お前の防具を見立ててやる」
そう言って、彼は分厚い革の巻尺を手にした。
「両手を広げろ。サイズを測る」
「えっ? ここにある鎧を着るのではないのですか?」
「普通の騎士の鎧など、お前の貧弱な筋力では重すぎて一歩も動けなくなる。特注で軽く頑丈なものを打たせる」
なるほど。
確かに、木剣を振るだけで息切れする私に、鉄の鎧は無謀だ。
私は素直に頷き、修練着のまま、十字架のように両手を開いて立った。
「動くなよ」
スッ、と。
ヴァルター様が距離を詰めてくる。
まずは肩幅。
背後に立たれ、首の付け根から肩先へと、彼の手が這うように滑っていく。
剣ダコだらけの無骨な指先が、私の薄い修練着越しに肩の骨格をなぞる。
「ひゃっ……」
「……細すぎる。これでは強い衝撃を受けた時、簡単に鎖骨が砕けるな」
耳元で、ひどく真剣な低い声が響いた。
次に彼は私の前に回り込み、腰骨のあたりに手を当てた。
巻尺を回すため、彼のがっしりとした両腕が私の胴体をぐるりと抱き込むような体勢になる。
至近距離。
彼の顔が、私の胸元のすぐ近くにある。
「っ……!」
「……肉が足りない。内臓を守る脂肪も筋肉も皆無だ。少しでも刃が通れば致命傷になる」
腹部から肋骨にかけて、確認するようにポンポンと軽く叩かれる。
さらに、太ももから足首にかけて、しゃがみ込んだ彼の手が滑り降りていく。
「重心を支える脚の筋肉も、まだまだ甘いな……」
ドクンッ!!!! ドクンッ!!!!
私の心臓が、まるで鍛冶屋のハンマーのように激しく打ち鳴らされ始めた。
顔が一気に熱くなる。
(ち、近いです! 師匠! 採寸とはいえ、ボディタッチが念入りすぎます……っ!)
いや、違う。落ち着け、ルナリア。
これはただの防具作りだ。師匠は、私の身体に完璧にフィットする鎧を作るために、骨格や筋肉の付き方をプロとして見極めているだけ。
……いや、待てよ?
防具を作るだけなら、巻尺の数字を見るだけでいいはず。
どうしてわざわざ「鎖骨が砕ける」だの「致命傷になる」だの、物騒な言葉を呟きながら私の身体を撫で回しているの?
(……はっ! まさか!)
私は一つの恐るべき事実に思い至り、血の気が引いた。
(これって、『明日の実戦形式の模擬戦に向けた、緻密な弱点の分析』じゃないの!?)
そうだ。間違いない。
私が初陣で魔獣を倒して少し調子に乗っているのを見抜き、「お前の身体にはこれだけ死に直結する弱点があるんだぞ」と、手取り足取り(物理的に)教えてくれているのだ!
そして明日の特訓では、今彼が触れた急所を容赦なく狙ってくるつもりに違いない!
「……っ! 師匠、わかりました! 私の弱点はそこですね!」
「……は?」
「これ以上の分析は不要です! 明日の特訓、絶対にその弱点を突かれないように立ち回ってみせますから!」
私がギラギラと燃える決意の目で宣言すると、ヴァルター様は巻尺を持ったまま、ポカンと口を開けて固まってしまった。
数秒の沈黙の後。
「……ふっ、くくくっ……ははははっ!」
まただ。
氷の死神とは似ても似つかない、腹を抱えた大爆笑。
「お前という奴は、本当に……っ! 採寸の最中に『弱点を突かれないように立ち回る』などと宣言した令嬢は、歴史上お前だけだろうな!」
笑い涙を拭いながら、彼は愛おしそうに私の頭をガシガシと撫で回した。
「いいだろう。明日はお前のその『弱点』を徹底的に鍛え直してやる。覚悟しておけよ」
「はいっ! 望むところです!」
私はドヤ顔で胸を張った。
師匠からのプレッシャー(物理)を乗り越え、また一つ戦士として成長できた気がする。
……部屋の隅で炉の火の番をしていた老鍛冶屋が、
「(閣下が、『他の男《職人》に妻の身体を触らせるわけにはいかない』と過保護を拗らせて、わざわざ仕事を奪ってまで自分で採寸しているというのに……なんと鈍感な……)」
と、呆れてハンマーを取り落としそうになっていたことなど。
明日の特訓のシミュレーションで頭がいっぱいの私が、気づけるはずもなかった。




