第5話:初めての実戦。渡された真剣と、重すぎる外套の意味
カンッ! カンッ! カンッ!
早朝の冷気を切り裂くように、けたたましい鐘の音が城中に鳴り響いた。
ただの訓練ではない。その切迫した音色が、辺境の地に魔獣の群れが接近している『警鐘』だと理解するのに、時間はかからなかった。
「ルナリア、部屋から絶対に出るな」
廊下へ飛び出した私の前に、漆黒の甲冑に身を包んだヴァルター様が現れた。
普段の修練着姿ではない。血の匂いを纏った、本物の『氷の死神』としての圧倒的な姿がそこにあった。
「小規模な群れだ。俺と討伐隊ですぐに片付けてくる」
そう言い残し、背を向けて戦場へと向かおうとする背中。
普通の令嬢なら、ここで「ご無事で」と祈り、部屋で震えながら待つのが正解だ。
だが。
「待ってください!」
私は気がつけば、修練着のまま、重い木剣を握りしめて駆け出していた。
「私も行きます!」
「……馬鹿を言うな。お前はまだ素振りしかしていないヒヨッコだぞ」
「ここで待っていても、強くなれません! 自分の身を守るためには、本物の戦場を知る必要があります!」
私の決死の懇願に、ヴァルター様はピタリと足を止めた。
振り返ったその青い瞳には、今までで一番の厳しい光が宿っている。
数秒の、ヒリヒリとするような沈黙。
足がすくみそうになるのを必死に堪え、私は彼を真っ直ぐに見つめ返した。
「――ふっ」
重い空気を破ったのは、微かな吐息。
ヴァルター様の口角が、獰猛な弧を描いて吊り上がった。
「……本当に、お前という奴は。俺の妻には、大人しく留守番をするという機能が備わっていないらしい」
彼は呆れたようにため息をつくと、腰のベルトから装飾の施された美しい『白銀の短剣』を引き抜き、私に向かって放り投げた。
「っ!」
受け取った瞬間、木剣とは全く違う、冷たくて鋭い真剣の重みが手に伝わる。
「お前の武器だ。……そして、これを使え」
バサァッ!!
次の瞬間、私の視界が真っ黒に覆われた。
ヴァルター様が自身の肩から外した、分厚く重たい毛皮の外套を、私の頭からすっぽりと被せたのだ。
「し、師匠……? 前が見えま――」
「動くな」
首元で、カチャリと冷たい金属の音が鳴る。
ヴァルター様が至近距離に立ち、不器用な手つきでマントの留め具を私の首元で留めていた。
「絶対に俺のそばを離れるな。一歩でも離れたら、その時点で破門だ。いいな?」
ドクンッ!!!!
まただ。
真剣な青い瞳で見下ろされ。
彼の体温と匂いが染み付いた、ひどく重たいマントに包み込まれ。
私の心臓が、警鐘の鐘よりも大きく、うるさく跳ね上がる。
(あ、熱い……っ! そしてマントが重い……!)
顔が火を噴きそうだ。
しかし、いけない。これから本物の戦場へ向かうというのに、何を血迷っているんだ私!
気を引き締めなければ、一瞬の隙が命取りになる。
「……はいっ! 足手まといにはなりません!」
私が必死に己の心臓を落ち着かせ、死地へ向かう覚悟を固めていることなど露知らず。
(……少しサイズが大きすぎたか? いや、魔獣の返り血と吹雪から守るにはこれくらい厚手の方が……)
不器用な師匠はひたすらに弟子の防寒と安全ばかりを気に懸けていた。




