第4話:朝食時の羞恥プレイはスパルタ指導の証です
「……痛っ」
朝の食堂。
ナイフを持とうとした私の手から、銀色の食器がカチャリと滑り落ちた。
地獄の特訓開始から、二週間。
実戦形式の稽古が増えたせいで、私の両腕は常に限界を迎え、極限の筋肉痛に襲われている。
「申し訳ありません。手が、少し……」
「……昨日、俺の撃ち込みを受けすぎたせいだな」
テーブルの向かい側。
新聞を読んでいたヴァルター様が、ため息をついて立ち上がった。
(怒られる!)
私は思わず身を縮める。
ただでさえ出来損ないなのに、まともに食事すら取れないポンコツ弟子。
いつ「もう教えることはない」と見限られてもおかしくない。
だが。
ヴァルター様は私の隣に立つと、おもむろに私の皿の厚切り肉を切り分け始めた。
「し、師匠……?」
「口を開けろ」
「はい?」
カチャリ、と。
切り分けられた肉が刺さったフォークが、私の口元へと差し出された。
「えっ? えっ?」
「口を開けろと言っている。腕が動かないなら、俺が食わせてやる」
(えええええええっ!?)
氷の死神様からの、まさかの『あーん』である。
壁際で控えていたメイド長のマーサが、「ひっ」と短い悲鳴を上げて目をひん剥いていた。
無理もない。あの冷酷無比な公爵様が、妻に自ら食事を食べさせようとしているのだ。
「い、いや! 自分で食べられますから!」
「遠慮するな。お前のその細すぎる身体には、もっと肉が必要だ」
「ですからっ――」
「……食え。命令だ」
有無を言わさぬ、覇気を纏った低い声。
逆らえば斬られるかもしれない。
私は半泣きになりながら、震える口を開けてパクリと肉をくわえた。
「……んっ」
「どうだ? うまいか?」
「は、はい……」
もぐもぐと咀嚼する私を、ヴァルター様はひどく満足そうに見下ろしている。
ドクンッ!!!!
至近距離からの、逃げ場のない餌付け。
そして「よく食べたな」とでも言いたげな、頭をポンと撫でる大きな手。
私の顔は、茹でダコのように真っ赤に沸騰していた。
(な、なんだこの羞恥プレイは……っ!)
いや、違う。落ち着け、ルナリア。
いくら師匠でも、ただの弟子に食事を食べさせるなんて面倒なことをするはずがない。
彼が自ら肉を私の口に突っ込む理由。それは一つしかない。
そう、これは『食事もまた訓練の一部である』という、師匠からの強烈なプレッシャー!
「俺の攻撃に耐えられる筋肉をさっさと付けろ」という無言の脅迫なのだ!
(ひぃぃ……! 師匠のスパルタ指導、恐るべし……っ!)
「次は野菜だ。残さず食えよ、ルナリア」
「……はいぃ……」
私のトンチンカンな勘違いなど露知らず。
「早く大きく育て」とばかりに甲斐甲斐しく肉を切り分ける不器用な師匠と、怯えながら餌付けされるポンコツ弟子。
壁際で控えるメイドのマーサが、(……まるでヒナ鳥に餌を与える親鳥のよう……)と、かつてない異常事態に密かに震え上がっていたことなど。
目の前の『特訓』をこなすことと、己の心臓の音を誤魔化すことに必死な私に、気づく余裕なんてあるはずもなかった。




