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『「飾りの妻でいろ」と突き放された没落令嬢、最強の死神公爵に弟子入りする  作者: 烏丸ぽっぽ


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第3話:師匠との模擬戦と無自覚な腰抱きは突然に


地獄の特訓が始まって、一週間。

私の生活は、劇的(げきてき)に変わった。


朝四時に起き、雪の中庭で例の超重量木剣ちょうじゅうりょうぼっけんを五百回振る。

朝食を済ませたら、今度はヴァルター様の書斎(しょさい)で、魔獣(まじゅう)の生態や辺境(へんきょう)の歴史についての講義。

午後からは、木剣での型稽古と、基礎体力をつけるための走り込み。


「……死ぬ。今度こそ死ぬ……」


夕暮れ時、私は中庭の雪の上に、大の字になって倒れ込んでいた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、指一本動かすのも億劫(おっくう)だ。


ドレスなんて、もう何日着ていないだろう。

今の私は、泥と汗にまみれた修練着姿(しゅうれんぎすがた)の、ただの出来損(できそこ)ないの弟子だ。


「――おい、起きろ。ルナリア」


頭上から、冷ややかな声が降ってくる。

見上げると、ヴァルター様が腕を組んで私を見下ろしていた。


「……師匠、もう無理です。一歩も動けません……」


「ほう? 一歩も動けない、か」


彼は不敵な笑みを浮かべ、腰に帯びていた真剣(しんけん)(さや)ごと抜き放った。


「なら、実戦形式(じっせんけいしき)だ。俺の攻撃を、三分間(しの)いでみせろ」


「えぇっ!? いきなりですか!?」


私はガバッと跳ね起きた。

全身の筋肉痛なんて、一瞬で吹き飛んだ。


「待ってください! まだ型の稽古を始めたばかりで――」


魔獣(まじゅう)は、お前が型を覚えるまで待ってはくれない。……行くぞ」


ヴァルター様の空気が、一瞬で変わった。

遊びではない。殺気(さっき)すら感じる、本物の戦士の構え。


(……やるしかない!)


私は雪に突き刺さっていた木剣を掴み、必死に構えた。


ヒュンッ!!


「っ……!」


速い。

彼の放った一撃は、私の予想を(はる)かに超える速度で迫ってきた。

(さや)に収まったままとはいえ、まともに喰らえば骨が砕ける。


私は必死に木剣で受け止めようとしたが――。


ガキィィンッ!!


「ぐっ……おもっ!?」


受け止めた瞬間、腕が痺れた。

ただの木剣が、まるで鉄塊(てっかい)のように感じる。

力でねじ伏せられ、私はそのまま雪の上に押し倒された。


「……甘い。剣の重さに振り回されている」


「まだ、です……!」


私は雪を掴み、ふらつく足で立ち上がった。

何度倒されても、泥まみれになっても、真剣(鞘付き)で迫り来る彼に立ち向かう。


「攻撃が直線的(ちょくせんてき)だ。もっと周囲を見ろ」


「はいっ!」


「足元がおろそかになっている。重心(じゅうしん)を低くしろ」


「くっ……!」


三分間が、永遠のように感じられた。

全身打撲だらけで、息も絶え絶え。

それでも、私は絶対に木剣を離さなかった。


「……そこまでだ」


ヴァルター様の声と共に、殺気が霧散(むさん)した。


「よくやった。……まさか、一度も木剣を離さないとはな」


彼は目を丸くして、私を見つめていた。

氷の死神(しにがみ)とは似ても似つかない、あの楽しそうな笑顔。


「……あはは。師匠の地獄の特訓のおかげ、です……」


私は力なく笑い、そのまま糸が切れたように倒れそうになった。


ガシッ!!


「おっと。無茶をするな、馬鹿弟子」


倒れそうになった私の身体は、温かい胸の中に受け止められた。

ヴァルター様が、私の腰を大きな手でぐっと抱き寄せたのだ。


「っ……!?」


至近距離(しきんきょり)

彼の鼓動(こどう)が、ダイレクトに伝わってくる。

汗と、微かに香るヴァルター様の匂い。

親指の腹が、私の腰のカーブを、無自覚に優しく撫でてくる。


ドクンッ!!!!


まただ。

この一週間、何度も感じた、この異常な胸の高鳴り。

顔が一気にカッと熱くなり、全身の血が沸騰しそうになる。


(ち、近すぎる! 師匠の顔が良すぎる……っ! そして、腰の手が熱い……っ!)


いや、違う。

落ち着け、ルナリア。

これはただの介抱(かいほう)だ。師匠は限界(げんかい)を迎えた弟子を、倒れないように支えてくれているだけ。


そう、この胸の高鳴りは、死闘を生き延びたことによる『アドレナリンの過剰分泌(かじょうぶんぴつ)』!

圧倒的な格上と打ち合ったことで、身体がパニックを起こしている証拠に違いない!


「……派手に腰を捻ったな。この前と同じ治癒魔法(ちゆまほう)をかけてやるから、今日はおとなしく休め。これ以上動くのは禁止だ」


「は、はいっ!」


治癒魔法の柔らかな光が、ズキズキと痛む腰をじんわりと包み込んでいく。

けれどそれ以上に、私を支える師匠の腕のたくましさのほうが、どうしようもなく気になってしまう。


(早く、早くアドレナリン引いて……っ!)


命懸けの特訓そのものよりも、その後に待っている師匠の『無自覚な介抱』のほうがよっぽど心臓に負担がかかる。


真っ赤になった顔を必死に俯かせながら、私は己の勘違(かんちが)いだらけの心臓を、夜まで必死になだめ続けるのだった。


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