第2話:初日から地獄の特訓。冷徹な師匠の不意打ちスキンシップに心臓がもちません
翌朝。
まだ太陽も昇っていない、薄暗く凍てつくような早朝。
バンッ!!
「起きろ、俺の弟子。特訓の時間だ」
容赦なく扉が開け放たれ、軍服ではなく身軽な修練着に身を包んだヴァルター様が現れた。
(はやっ!? そして寒っ!!)
だが、泣き言を言うつもりはない。
私は急いで動きやすい服に着替え、猛吹雪の吹き荒れる中庭へと飛び出した。
「まずは基礎体力と筋力だ。これを持て」
ヒュンッ、と。
彼から無造作に投げ渡されたのは、一本の木剣。
「っ……おもっ!?」
受け取った瞬間、腕がちぎれるかと思った。
ただの木じゃない。中に鉄でも仕込まれているのかと疑うほど、異常な重さだ。
「それを五百回振れ。日が暮れるまでかかっても構わん。ただし、正しいフォームでだ」
「ご、五百……」
呆然とする私に、ヴァルター様は冷酷な笑みを浮かべる。
「言ったはずだぞ、俺の訓練は地獄だと。今ならまだ、温かい部屋で一生を過ごす『飾りの妻』に戻れるが?」
その挑発に。
私の胸の奥で、何かがカッと熱く燃え上がった。
「……誰が、戻るもんですか!」
私は歯を食いしばり、重すぎる木剣を両手で握りしめた。
「いーちっ! にーっ! さーんっ!」
雪が舞う中、必死に剣を振る。
十回で腕が悲鳴を上げ、三十回で息が切れ、五十回を超える頃には、手のひらの皮が破れて血が滲み始めた。
痛い。苦しい。寒い。
でも、実家で虐げられていた日々の絶望に比べたら、こんなもの――!
「ひゃく、にじゅう……っ!」
しかし、無情にも限界は訪れる。
足がもつれ、私は雪の上に無様に倒れ込んでしまった。
「……そこまでだ」
頭上から、静かな声が降ってくる。
見上げると、ヴァルター様が私の前に立っていた。
「よくやった。初日にしては上出来だ。今日はもう休――」
「まだです!!」
「……なに?」
私は雪を掴み、ふらつく足で強引に立ち上がった。
破れた手のひらから血が滴っても、木剣だけは絶対に離さない。
「まだ、百二十回です……! 泣いて逃げ出しても許さないと、師匠が言ったんじゃありませんか!」
泥だらけの顔で、彼を真っ直ぐに睨みつける。
数秒の、沈黙。
ヴァルター様は目を丸くして私を見つめ――やがて、片手で顔を覆った。
「……くっ、はははっ! お前という奴は、本当に……!」
まただ。
氷の死神とは似ても似つかない、あの楽しそうな笑顔。
彼がスッと距離を詰め、私の目の前にしゃがみ込む。
「っ……」
大きな手が、私の血のにじむ両手を、そっと包み込んだ。
冷え切った私の手とは違う、ひどく温かくて、剣タコだらけの分厚い掌。
「し、師匠……?」
「無理をするなと言っているんだ、馬鹿弟子」
至近距離。
彼の長いまつ毛に雪が乗っているのが見えるほど、顔が近い。
親指の腹で、私の傷口の周りを優しく、ひどく愛おしそうに撫でてくる。
ドクンッ!!!!
まただ。
昨日からおかしい、私の心臓。
顔が一気にカッと熱くなり、全身の血が沸騰しそうになる。
(ち、近すぎる! 師匠の顔が良すぎる……っ!)
いや、違う。
落ち着け、ルナリア。
これはただの手当てだ。師匠は私の手を心配して手当てしてくれているだけ。
そう、この胸の高鳴りは、死神の圧倒的な覇気を前にした『生存本能からの警鐘』に決まっている!
「……傷の治りが早くなる魔法をかけた。だが、今日はもう振るな。命令だ」
「は、はいっ!」
私の勘違いなど露知らず。
最強で不器用な師匠との、前途多難すぎる地獄の特訓(と、心臓に悪すぎるスキンシップ)は、まだ始まったばかりだった。




