第14話:過保護すぎる看病でもう無理です、私の防壁が完全に崩壊しました!
ベッドの分厚い布団を頭まですっぽりと被り、私は暗闇の中で丸まっていた。
(……どうしよう。どうしよう……っ)
書斎から逃げ帰ってきて数時間。
私の心臓は、いまだにトクトクと警鐘を鳴らし続けている。
今までなら、「これは戦場における極限状態の訓練よ!」と即座に戦士としての完璧な理屈を組み立てて納得できたのに。
今はもう、どんなに過酷な実戦を想定してみても、この『師匠の顔が良すぎるし優しすぎるからドキドキしている』という真実を覆い隠すことができなかった。
(私、師匠のこと……)
コンコン。
「ルナリア、入るぞ」
「ひゃいっ!?」
突然のノックと共に、部屋の扉が開いた。
布団の隙間から恐る恐る覗き込むと、そこには執務用の軍服を脱ぎ、ラフなシャツ姿になったヴァルター様が、銀のトレイを持って立っていた。
「し、師匠!? なぜここに! 執務は……」
「弟子が高熱で倒れたのだ。書類など後回しに決まっているだろう」
(うわぁぁぁ、相変わらず過保護すぎる……っ!)
彼はベッドの脇に腰を下ろした。
ギシッ、とマットレスが沈み込み、彼特有の香木の匂いがふわりと漂ってくる。
「マーサに栄養のあるスープを作らせた。起き上がれるか?」
「は、はいっ! 自分で食べられますから!」
私は慌てて飛び起き、トレイを受け取ろうとした。
しかし、ヴァルター様はトレイを私の手の届かないサイドテーブルに置くと、スープの入った匙をすくい上げ、ふーふーと息を吹きかけ始めた。
「えっ?」
「熱いから気をつけろ。……ほら、口を開けろ」
カチャリ、と。
銀の匙が、私の口元へと差し出される。
(で、出たー! 恐怖の強制あーん!!)
地獄の特訓開始直後に食堂でやられた、あの羞恥プレイの再来だ。
あの時は「早く筋肉をつけろというプレッシャーね!」と思い込めたが、今は違う。
至近距離。
匙を差し出すヴァルター様の青い瞳には、私を気遣う深い心配の色が浮かんでいる。
「……食欲がないか? だが、少しでも胃に入れないと体力が落ちるぞ」
「い、いえ、食べます! 食べますから、自分で……っ」
「病人が我慢をするな。いいから開けろ」
有無を言わさぬ、死神公爵の低い声。
私は逆らえず、真っ赤な顔で震える唇を開き、差し出されたスープをパクリと飲んだ。
「……んっ」
「どうだ。美味いか?」
「は、はい……すごく……」
ドクンッ!!!! ドクンッ!!!!
私を見つめる、ひどく甘い(ように見える)視線。
熱いスープのせいだけではない。顔面から火を噴きそうだ。
どうしよう。何か、何か正当な理由を考えて、この異常な鼓動を抑え込まないと!
(こ、これは……そう! 『敵国に捕らわれた際、毒入りの食事を無理やり食べさせられる拷問のシミュレーション』よ! きっとそうに違いないわ!)
必死に戦術的な意図を見出そうとする、私の思考を遮るように。
「……まだ顔が赤いな。熱が下がっていないのか」
スッ、と。
ヴァルター様の大きな手が伸びてきて、私の頬をそっと包み込んだ。
剣ダコだらけの、分厚くて温かい掌。
親指の腹が、熱を持った私の頬を、愛おしむように優しく撫でる。
「っ……!!」
「……お前は頑張りすぎだ。俺の厳しい特訓に、文句一つ言わずについてくる。本当に……自慢の弟子だ」
耳元で囁かれる、かすれた声。
そこには、私を試すようなプレッシャーも、殺気も、何一つない。
ただ純粋な、私への深い情愛だけが滲んでいた。
(あ……だめだ、もう)
私の脳内で必死に組み立てていた『毒味シミュレーション』の想定が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
こんなにも優しく触れられて。
こんなにも甘い声で「自慢だ」と言われて。
これを特訓だと思い込めるほど、私の心臓はもう、都合よくできていなかった。
(私……師匠のことが、好きだ……)
その事実に完全に気づいてしまった瞬間。
私の体温は限界を突破し、ボンッ! と頭から湯気が出そうなほど沸騰した。
「ル、ルナリア!? どうした、顔が茹でダコのように真っ赤だぞ!」
「も、申し訳ありません師匠! 私、やっぱり今日はもう寝ますぅぅぅっ!」
私は叫ぶなり、バサァッ!と布団を頭まで被り、再び暗闇の中へと逃げ込んだ。
「おい、息が詰まるぞ! クソッ、急に熱が上がったか! 医者を呼べ!!」
……ベッドの外で、不器用な師匠が「俺の看病が至らなかったせいだ!」と本気で焦りながら医者を呼びに走っていく足音が聞こえる。
そして、入り口で一部始終を見ていたマーサが、「(……公爵閣下。それは看病ではなく、ただの『熱烈な口説き』でございます。奥様の熱の原因は、間違いなくあなた様ですわ……)」と、深い深いため息をついていたことなど。
布団の中で己の初恋を自覚して、悶え転げている私が気づけるはずもなかった。




