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『「飾りの妻でいろ」と突き放された没落令嬢、最強の死神公爵に弟子入りする  作者: 烏丸ぽっぽ


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13/16

第13話:密室での戦術講義。耳元での囁きは聴覚への妨害工作……と、思い込むには限界があります!


昨日の馬術訓練(ばじゅつくんれん)から一夜が明けても、私の身体は明らかにおかしかった。


(……熱い。まだ、背中に師匠の胸板(むないた)の感触が残ってる……っ)


朝の素振(すぶ)りを終え、今はヴァルター様の書斎(しょさい)辺境(へんきょう)地形図(ちけいず)を広げているというのに。

私の頭には、戦術(せんじゅつ)の解説が全く入ってきていなかった。


「……辺境の森の地形は複雑だ。特にこの谷底(たにそこ)死角(しかく)になりやすい。魔獣(まじゅう)奇襲(きしゅう)を受けるならここだ」


私の背後に立ち、テーブルの上の地図を指差すヴァルター様。

その声が耳元に落ちるたび、昨日馬上で言われた『俺の腕の中で前だけを見ていればいい』という言葉がフラッシュバックして、カァァッと顔が熱くなる。


(ち、近いです! 師匠! 地図を指差すために身を乗り出しているから、完全に私を背後から包み込む体勢になってます……っ!)


落ち着け、ルナリア。

これはただの座学(ざがく)だ。師匠は、弟子に正しい地形を教えるために地図を見ているだけ。

なら、どうしてそんなに吐息(といき)がかかるほどの距離で喋るの!?


(……そうだわ! きっとこれは『戦場における、敵の聴覚妨害に対する集中力維持の訓練』なんだわ!)


耳元でわざと低い、なんだか甘い(ように聞こえる)声を出して、指揮官(しきかん)である私の判断力を奪おうとしているのだ!

ここでドキドキして集中を切らしてしまえば、部隊は谷底で奇襲を受けて全滅してしまう!


「……っ、騙されません!」


「……ん?」


「どれだけ耳元で低音を響かせても……私は絶対に、地形図から目を逸らしたり……っ」


宣言しようとして、ふと真横に視線を向けてしまった。

至近距離(しきんきょり)

真剣な表情で地図を見つめる、ヴァルター様の端正(たんせい)な横顔があった。

長いまつ毛と、スッと通った鼻筋(はなすじ)。そして、少しだけ開いた薄い唇。


(……あ、だめだ。やっぱり、かっこいい……)


ドクンッ!!!!


私の心臓が、これまでで一番大きな音を立てて跳ねた。


「ルナリア」


「ひゃいっ!?」


不意に名前を呼ばれ、肩がビクッと跳ねる。


「……さっきから全く図を見ていないな。どこか具合でも悪いのか?」


ヴァルター様が地図から手を離し、私の顔を正面から覗き込んできた。

心配そうに少しだけ眉をひそめた、氷結(ひょうけつ)の青い瞳。

それが至近距離にあるだけで、心臓がトクトクと煩い音を立て、息が苦しくなる。


「い、いえ! 具合なんて悪くありません! ちゃんと聞いてます!」


「嘘をつけ。顔が真っ赤だぞ」


スッ、と。

(けん)ダコのある大きくて温かい手が、私の(ひたい)に伸びてきた。

前髪を軽くかき上げられ、彼の(てのひら)がピタリと額に当てられる。


「っ……!!」


「……熱があるな。昨日の馬術で風に当たりすぎたか。今日の特訓(とっくん)は中止だ、部屋に戻って休め」


彼の手から伝わる温もりが、私の熱をさらに急上昇(きゅうじょうしょう)させていく。

私を気遣(きづか)う、その不器用(ぶきよう)な優しさ。

もう、強引な勘違いでこの動悸(どうき)を誤魔化すのは限界だった。


(あ、あああ……駄目、師匠の顔が、直視(ちょくし)できない……っ!)


「し、師匠の講義が熱を帯びていたから、私の脳もオーバーヒートしただけです! 失礼します!!」


私は椅子からガタッと立ち上がると、真っ赤になった顔を両手で隠し、逃げるように書斎を飛び出した。


「おい、ルナリア! 廊下を走ったら転ぶぞ!」


背後から聞こえる、どこまでも過保護(かほご)な注意の声に、さらに胸がギュッと締め付けられる。

自室(じしつ)に駆け込み、ベッドにダイブして、枕に顔を強く押し付けた。


(どうしよう……これじゃあ、明日の特訓、師匠の顔をまともに見られないわ……!)


本物の戦場を乗り越え、魔獣の恐怖にも打ち勝ったというのに。

ただの飾りの妻だった私の心臓は、ここに来て全く別の『未知(みち)強敵(きょうてき)』の前に、完全な敗北(はいぼく)を迎えようとしていた。


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