第12話:軍馬での二人乗り。なるほど、前方からの奇襲に対する訓練ですね!
数日続いた吹雪が止み、青空が顔を出した昼下がり。
私はヴァルター様に連れられ、城の裏手にある広大な馬場へとやってきていた。
「前線で魔獣の群れを追うには、機動力が必要不可欠だ。今日は馬術を教える」
そう言って彼が引いてきたのは、見上げるほど巨大な漆黒の軍馬だった。
「あ、あの……師匠。私、実家の庭で小さなポニーにしか乗ったことがないのですが」
「心配するな。こいつは賢い。俺の言うことなら何でも聞く」
ヴァルター様は私に向かって顎をしゃくった。
「乗れ」
「は、はいっ」
短い足で必死に鐙へ背伸びをしていると、ふっと身体が宙に浮いた。
「ひゃっ!?」
背後からヴァルター様に腰を掴まれ、そのまま軽々と鞍の上へ乗せられる。
「ありがとうございます」とお礼を言おうとした次の瞬間、彼がひらりと身を翻し、私の『真後ろ』にまたがった。
「えっ!? し、師匠?」
「手綱を握れ。俺が上から重ねて持ってやる」
背後から伸びてきたがっしりとした両腕に、完全に閉じ込められる体勢になる。
背中には硬い胸板が密着し、彼の手が私の小さな手をすっぽりと覆い隠した。
「まずはゆっくり歩かせる。姿勢を崩すなよ」
耳元で囁かれる低い声。
馬が歩き出すたびに、彼の体温と鼓動がダイレクトに伝わってくる。
ドクンッ!!!! ドクンッ!!!!
私の心臓が、本日も元気に警鐘を鳴らし始めた。
(ち、近いです! 師匠! 背中がぴったりくっついてます……っ!)
いや、落ち着けルナリア。
初心者が落馬しないよう、熟練者が同乗して教えるのは理にかなっている。手綱の引き方を安全に学べる、非常に効率的で正しい指導法だ。
……だが、少し考えてみてほしい。
私は今、軍の『最高司令官』である死神公爵の、さらに【前方】に座らされているのだ。
(……はっ! そうか! 理解したわ!)
戦場において、指揮官を背後にして前に立つ者の役割は一つしかない。
(これは『前方からの奇襲(矢や魔法)に対し、瞬時に盾となって主君を守る前衛』の訓練なんだわ!)
いつどこから飛んでくるか分からない攻撃。それを指揮官よりも先に察知し、身を挺して庇う。
その極限の緊張感を養うために、師匠はあえて私を前に座らせているのだ!
ここで「密着して恥ずかしい」などと気を抜いていれば、私たちは二人まとめて敵の凶弾に貫かれてしまう!
「……っ、任せてください!」
「……ん?」
私は前をしっかりと見据えたまま、力強く宣言した。
「前から矢が飛んできたら……私が絶対に盾となって、師匠をお守りしますから!」
私がギラギラとした瞳で周囲を警戒し始めると。
今までならここで失笑していたはずのヴァルター様が、ふっと息を呑む気配がした。
数秒の沈黙の後。
「……呆れた奴だ。自分の命をなんだと思っている」
耳元に落ちた声は、いつもの笑いを含んでいなかった。
代わりに、不機嫌そうな、ひどく低い声。
ギュッ。
「ひゃうっ」
彼の手綱を握る手に力が込められ、私の背中が、さらに深く彼の胸板に押し付けられた。
「俺が、妻を盾にするような男に見えるか?」
「え? いや、これは訓練で――」
「前から矢が来ようが魔獣が来ようが、お前に届く前に俺がすべて叩き斬る。お前はただ、俺の腕の中で前だけを見ていればいい」
それは、死神の覇気とは違う、底知れない熱を持った言葉だった。
ヒュンッ!
その言葉と同時に、彼が手綱を弾き、馬が一気に駆け出した。
「きゃあっ!?」
突然の加速。
私はバランスを崩し、完全に彼にもたれかかる形になってしまう。
だが、彼は私を抱え込むようにしっかりと支え、全くブレることなく風を切って進んでいく。
(な、なに!? 今の言葉、なに!?)
訓練じゃないの?
ただの過保護? それとも、最強の公爵としての矜持?
ドドドドドッという馬の蹄の音に混じって、自分の心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。
(どうして……こんなに、胸がドキドキして、頭が真っ白に……っ)
風の冷たさも感じないほど、背中から伝わる熱が熱かった。




