第11話:就寝前の疲労回復マッサージ。それは敵の拷問に対する痛覚耐性の訓練ですね!
夜。
剣術、体術、そして魔力循環というフルコースの特訓を終えた私は、自室のベッドの上で完全に屍と化していた。
「……指一本、動かないわ……」
魔力酔い(という名の勘違い)の疲労も相まって、泥のように眠ってしまいたい。
そう思い、重い瞼を閉じかけた、その時だった。
コンコン。
「起きているか、ルナリア」
「ひゃいっ!?」
不意に扉が開き、寝着の上にガウンを羽織っただけの、ひどくラフな姿のヴァルター様が入ってきた。
手には、小さな丸い壺のようなものを持っている。
「し、師匠? こんな夜更けにどうされたのですか?」
「そのままうつ伏せになれ。今日の疲労を明日に持ち越せば、筋肉が硬直して怪我に繋がる」
そう言うと、彼はベッドの脇に腰を下ろし、私のふくらはぎを覆っていた寝着の裾を、膝のあたりまでスッとまくり上げた。
「えっ? ちょっと、師匠!?」
「暴れるな。特製の薬効クリームだ」
ポン、と壺の蓋が開けられ、ハーブのツンとした香りが部屋に広がる。
次の瞬間。
ヴァルター様の大きくて分厚い掌が、私の露になったふくらはぎをガシッと掴んだ。
「ひゃうっ!」
「……かなり張っているな。やはり重心の落とし方がまだ甘い」
ひんやりとしたクリームが塗られたかと思うと、彼の親指が、私の凝り固まった筋肉の筋に沿って、グーッと力強く押し込まれていく。
痛い。でも、それ以上に……気持ちいい。
絶妙な力加減で揉みほぐされるたび、酷使した脚から疲労が溶け出していくのがわかる。
だが、状況がヤバすぎる。
(あ、足! 脚を直に触られてる……っ!)
静まり返った夜の寝室。
薄明かりの中、ベッドに腰掛ける美貌の死神公爵が、妻の脚を念入りにマッサージしているのだ。
彼の指が滑るたび、大きな掌の温もりがダイレクトに伝わってくる。
「……っ、ん……ぅ……」
痛気持ちよさと恥ずかしさで、変な声が漏れそうになるのを必死に堪える。
私がシーツをギュッと握りしめて耐えていると、ヴァルター様はさらに手を滑らせ、膝裏のリンパのあたりをキュッと押し込んだ。
「ああっ!」
ドクンッ!!!! ドクンッ!!!!
私の心臓が、夜の静寂を打ち破る勢いで早鐘を打ち始めた。
顔がボンッと音を立てて茹で上がる。
(だ、駄目です! 師匠! 距離感がおかしいです! 変な声が出ちゃいます……っ!)
いや、違う。落ち着け、ルナリア。
これはただのマッサージだ。師匠は、出来損ないの弟子が明日も動けるように、わざわざ就寝前に身体のケアをしてくれているだけ。
なら、どうして使用人や侍女に任せず、最強の公爵様自らがこんな夜這いのようなシチュエーションで揉みほぐしに来たの!?
私はシーツに顔を押し付けたまま、一つの恐るべき『真実』に思い至った。
(……そうか、わかったわ! これは『敵に捕縛された際の、拷問に対する痛覚耐性および尋問回避の訓練』なんだわ!)
間違いない。
戦場において、運悪く敵国の捕虜になってしまう可能性はゼロではない。
敵は情報を引き出すため、あらゆる手段で肉体に苦痛を与え、悲鳴を上げさせようとしてくるはずだ。
師匠は今、絶妙な「痛気持ちいい」ツボを的確に突くことで、私が『苦痛と快楽で口を割らないか』をテストしているんだわ!
ここで「ああっ、そこ……!」などと声を漏らしてしまえば、即座に国家機密を喋る軟弱者として失格の烙印を押される!
「……っ、喋りません!」
「……ん?」
私はうつ伏せのまま、ガバッと首だけを後ろに向けて宣言した。
「どれだけ私の身体を痛めつけても……私は絶対に、我が国の機密情報を吐いたりしませんから!」
私がギラギラとした決意の瞳で睨みつけると。
脚を揉みほぐしていたヴァルター様は、完全に動きを止め、ポカンと私を見下ろした。
数秒の、ハーブの香りが漂う沈黙。
「……っ、くっ、ふはははっ!」
やがて彼は、堪えきれないというように片手で顔を覆い、肩を震わせて大爆笑し始めた。
「就寝前のマッサージで『機密情報を吐かない』と宣言する妻がいるか。お前は本当に……俺をどれだけ悪逆非道な拷問官だと思っているんだ」
「笑い事ではありません! 私はいつだって国と師匠のために――」
「ああ、わかっている。お前のその強靭な精神力があれば、どんな拷問にも耐えられるだろうな」
彼は笑い涙を拭いながら、最後に私のふくらはぎをポンと優しく叩き、シーツを掛け直してくれた。
「よし、筋肉の張りは取れた。今日はもうゆっくり眠れ」
「はいっ! 次はもっと激しい拷問にも耐えてみせます!」
恐るべき尋問訓練(という名の勘違い)を乗り越え、私の精神はまた一つ戦士として研ぎ澄まされたはずだ。
……半開きの扉の隙間から、お湯の入った洗面器を持って控えていたメイド長のマーサが、
「(公爵閣下……奥様のお身体のケアなど、私共にお命じになればよろしいのに)」
「(……いや、マーサ。ご本人は『素人の侍女に任せて筋を痛めさせてはならない』と仰っていたが、あれはどう見ても『他の者に妻の素肌を触らせたくない』という過保護と独占欲の表れだわ……)」
と、呆れたようにため息をつきながら廊下を引き返していったことなど。
次なる拷問に備えて必死に呼吸を整えている私が、気づくはずもなかった。




