七日目 最も恐れる色
「ワカバッ!一体何があったッ!ハズキはッ!」
「来るなッ!そのまま登り続けろッ!そして、鐘を鳴らせッ!」
俺は、ワカバに言われた通り、再び上を向いた。しかし、僅かに映った光景は、ハズキがいなかった。一瞬の出来事に、何があったのか察しもつかなかった。
そして、また一段一段とはしごを登り始めた。
登り切った時、俺は撞木を握りながら島全体を一望した。
「……ア……ア……ア……。」
黄色の鬼は、震えた右手をこちらへ伸ばしていた。
しかし、俺は決して手を差し出すことはしなかった。
そんな事より、さっきは何が起こった?ハズキは、あの黄色の鬼に喰われちまったと言うのか?
速すぎて分からなかった…
もしかすると、この黄色の鬼が一番危険な鬼なのでは無いか…そう脳裏を過ぎった。
静寂とした時間は、逆に恐怖を植え付けた。
俺は額から流れる汗を無視し、視線を逸らした。そして、日本刀に手を置き、黄色の鬼を見ないように構えた。
「…緑の息吹。」
刀を抜いたのは一瞬、俺はもうお前の目の前には居ない。
緑の息吹は、豊かな自然の音を再現している。時折吹く風のように撫でやかに動き、気付いた時には過ぎ去っている。
そして俺は、この鬼を対象にした訳ではない。
決して、喰われる事は無いだろう。
振り向くとそこには、大きく口の開いた黄色の鬼が待ち構えていた。
この瞬間、心の中で何度訴えかけただろうか。
まだ死ねない、死にたくない。俺は何のためにこの日まで生きていたのか。この状況を打破する方法は一つしかない。
「うぉおぉおぉおぉぉぉぉぉおおおおッ!!!!!」
気合いの籠った声で身体を回転させ、黄色の鬼の歯茎に足を置いた。そして、空に顔を向けた状態で、再び刀を抜いた。
「縁奥義!森林カザンッ!」
俺はその場で大回転しながら、刃に炎を宿した。そのまま黄色の鬼の口腔内に向かって、大技を放った。
黄色の鬼は、口元より上だけが吹っ飛び、身体はその場へ倒れ込んだ。
大回転を終えた俺は地上へと舞い戻り、緑の疾風が身体の周りを舞い踊っていた。
「死を悟った時、俺はまだまだ強くなれる。悪いが、ハズキを返してもらうぞ。」
俺は黄色の鬼の身体からハズキを引きずり出した。
ハズキは丸呑みされた為、身体に傷は無かった。
何度呼び掛けても反応はない。どうやら気を失っているようだ。
胃液まみれになった彼女を抱え、俺は時の鐘の方向を見上げた。
時の鐘が鳴り響き、時の鐘から光線が放たれた。その方角は、空が異様に明るい方向へ一直線で進んで行った。
「タケルッ!」
鐘を鳴らした後のこちらを見下ろすタケルは、やや勇ましく見えた。
時の鐘を鳴らし光線を眺めていると、その方角の浜辺から海に足場が出来ているのが見えた。
蒼き鬼を収めし時、北に道が現れん。
この言葉の意味通りならば、あの方向に歩む必要があるという事だ。
そして…
俺が下を見下ろすと、ハズキを抱えたワカバがこちらを見上げていた。俺はすぐ様、時の鐘のはしごを下りた。
黄の鬼が倒れん時、決して声を掛けてはならぬ。
石版の文字が脳を過ぎる。
黄色の鬼が無惨に倒れており、粘液まみれのハズキにボロボロのワカバ。
そんなワカバの姿を見た時、命を懸けてハズキを救出したのだと悟った。
「…ワカバ…光の方向に一緒に行こう。そこへ行けば何かあるかもしれない。」
ワカバは大きく目を見開いた。
「もちろんハズキも一緒にさ、さっさとこんな所から出ようぜ。」
ワカバは優しく微笑んで「そうだな」と呟いた。
こうして、俺達は光の方向へと一歩踏み出した。
次回もお楽しみに!




