六日目 石版に刻まれた鬼と鐘
俺達は今、ハズキが殴り飛ばしたアオヤジの行方を追っている。しかし、アオヤジの姿が一向に見えないのだ。
「ハズキさん、ちょっと飛ばしすぎたんじゃないの?」
「な!?そんな力出してませんッ!」
ハズキは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「それにしても、この地は随分荒れてるな。」
足場には脆く枯れた木々や、苔の張り付いた石が散乱している。当然足場は悪く、方向が安定しない。それに先程からカビの様な異臭が漂い始めていた。
「ここは元々墓地だったそうだ。海辺も近い事から、この辺りまではよく沈んでいたらしい。今では残骸しかないが、異臭の原因は人の死体か魚の死骸が原因だろうな。」
よく見ると岩の隙間などに腐った魚が転がっていた。
俺とハズキは嗚咽を漏らしながら歩みを進めた。
しばらく歩くと、少し大きめな石版が見えてきた。
その石版には紋章が刻まれており、文字と共に青く光り輝いていた。
「…綺麗。」
ハズキが石版に近付こうとすると、ワカバが声を掛けた。
「近づかない方がいい。何か嫌な気配を感じる。」
ハズキは足を止めたが、俺は左手をワカバの肩に置いて右手で親指を立てた。
「すまん、そういうの触りたくなる系男子なんでよろしく。」
俺は全速力で石版の方向へと走り、青く光る紋章に手を触れた。
すると、石版全体から青い光が放たれ、次第にその光は俺達を取り囲んだ。
「な、何!?」
「だから触るなと言ったんだッ!」
そして、俺達は光の中に…おや?
周囲を見渡すも特に異変は起きていなかった。
ワカバやハズキと目を合わせるも、特に変化はないようだ。
「…何だったんだ?」
改めて石版を見ると、青い文字が浮かび上がってきた。
蒼き鬼を収めし時、北に道が現れん。
赤き鬼が死せる時、時の鐘が光の方を指す。
緑の鬼が放たれし時、迫るも振り返ってはならぬ。
黄の鬼が倒れん時、決して声を掛けてはならぬ。
全てを成し遂げし時、望みの地へ進む刻。
「…蒼き鬼って…アオヤジの事だよな?収めし時って…。」
俺は嫌な想像をしてしまった。いや、自然と過ぎったというのが正解だろう。
振り返るとワカバやハズキは下を向いていた。
恐らくアオヤジは、この石版に吸収されてしまったのだろう。
青〇に捕食された親父は、体内に遺体がある。意識は青〇に宿ってしまったのだろうが、それは結局青〇でしかないのだ。
俺は静かに手を合わせ、ワカバとハズキと向き合った。
「赤き鬼ってさっきワカバが倒した鬼だよな?という事は時の鐘に向かうべきなのか?」
「ああ、今はそれしかあるまい。ただ緑と黄の鬼はまだ見ていない。充分注意して向かおう。」
そして俺達は、時の鐘へと歩き出した。
町と山々、海沿いを何度も行き来した俺達は、同じ景色に嫌気が差してきていた。
下りはまだ良いが、こう何度も山を登ると足腰も応える。
ようやく辿り着き、俺は時の鐘の横に備え付けているはしごに手を掛けた。ゆっくりとはしごを登っていく。中間あたりを超えると、何やら下が騒がしい事に気が付いた。はしごをギュッと握り、思い切り下を見た。
「…なんだあれ。」
ワカバとハズキの目の前に何やら黄色の物体があった。よく見えないが、ワカバとハズキは警戒している様子だった。しかしこの時、俺は石版の浮かび上がった文字を思い出した。
「ワカバッ!ハズキッ!」
俺の声に気が付いたのか、ワカバだけが微かにこちらを見上げた。
「そいつに絶対声を掛けるなよッ!石版の文字を思い出せッ!」
ワカバは、ハッとした表情をして再び黄色の物体へ向き直した。
「…大丈夫ですか?」
目の前には黄色の鬼が倒れ込んでおり、それに寄り添うハズキ。
「ハズキッ!逃げろッ!」
はしごを登っている俺には下で何が起こっているのかは分からなかった。だが、ワカバの声で何かが起きた事は察した。そして、ハズキが声を掛けてしまったのではないかと不安に駆られた。
しかし、再び下を見た時、既にハズキの姿は無かった。
次回に続く!




