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憶えているもの

町に降り立った後、育児に必要な物を一通り揃える為に、雑貨屋へと向かう。ついでに不足していた日用品も買い足すことが目的だった。しかし、町に入ってすぐに異変に気付いた。いつもより人が少なく、皆手を口元に添え、噂話をしているようだった。何事かと気になり、フードを深く被り直し、その噂話をしていた婦人達の会話に聞き耳を立てる。


「あの話聞いた?ほら、呪いの……」

「聞いた聞いた。怖いわよねぇ。呪われた子が産まれたって話でしょ?確か、捨てたとかなんとか……」

「そうなの!?忌み子なんて、さっさと殺してしまえばいいのに」

「馬鹿!それこそ、どんな呪いを掛けられるか分かったものじゃないわ!あんなの、適当な山にでも捨てるのが正解よ」


呪われた子、忌み子。その言葉が、僕をその会話への集中力を与えてくれる。


「呪いだなんて不気味よね。これだから最近の若者は。あの親子、呪鑑定に行かなかっただなんて噂よ」

「あら、産まれたのはまだ一歳にも満たなかったと聞いているけれど」

「えぇ?そうだったの?私は、一歳になったばかりと聞いてたけど……」


どうやら話が噛み合っていないらしい。噂が独り歩きしている証拠だろう。あの赤子についての情報を手に入れられるかもしれないと思った僕は、フードを外し、婦人達の方へと歩み寄っていった。


「面白そうな話をしているね、ご婦人方」


僕の声に振り向いた彼女達は、一瞬で表情に驚きと喜びを含ませた。


「ビース様!?ど、どうしたんですの!?」

「ちょっと、買い出しに町に降りてきたんだけど、面白い話が聞こえてきてね。君達、忌み子とか呪いとか言ってたけど、忌み子が産まれたのかい?」

「えぇ。どうやらそうみたいです。なんでも、浮気相手との間に出来てしまった子らしくて……。付き合っていたまた別の女性とは籍も入れていなかったらしくて……。子供も、産まずに堕ろす予定だったと聞いていますけど、浮気相手の女が育てると言って聞かなかったそうですよ」

「それで、結局男は元々付き合っていた人と別れて、浮気相手と子供を育ててたそうなんですが、呪われてると分かって、今回捨てたと、噂では聞いています」

「……なるほど、ありがとう。面白い話を聞けたよ。それじゃ、僕は買い物があるからこれで」

「はい!今度また、化粧品注文致しますね!」

「あー、うん。またよろしく頼むよ」


婦人達に手を振り、2人から離れる。彼女達は僕に化粧品の注文をしたことがあるようだったが、僕は何も覚えていない。覚えていないということは、大した繋がりは無かったのだろう。だから、気を取り直してまた忘れることにした。記憶の取捨選択だ。2000年も生きてきているこの頭には、必要分の記憶しか残されていない。幾ら改良を重ねたこの体でも、元の作りは普通の人間なのだ。この命と共に、永遠に残り続けるわけではない。しかしそのせいか、記憶の断捨離は上手になった。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、僕は便利に感じている。だって、覚えたいことはずっと覚えていられるのだからそれでいい。

ふと顔を上げれば、町のショーケースに僕の顔が映る。何度も見た、何よりも覚えている僕の姿。限りなく白に近いが完全な白と言うには金が混じったブロンドの髪。それは膝ら辺まで伸びていて、前髪は目の上で切り揃えられている。そして、つまんだくらいの一束は長い三つ編みにして耳の裏に置いている。そのお陰で顔周りは少しすっきりして見えるが、手入れは少し面倒だ。服は白のローブで全身を隠しているが、何層にも織られた布達は、ひらひらとして動く度に舞っているように見える。最後に、少しブラウンがかった睫毛は、ラベンダー色の瞳を閉じ込めていた。ずっと、このままだ。2000年も、このままなんだ。


「案外、このまま老いないのっていいよなぁ……。他はデメリットまみれだけど」


僕は胸を張れるところは滅多に思いつかないが、それでも、一つだけ直ぐに思い浮かぶものがあった。それが変わらぬ美しさだ。人々は僕のこの美貌に焦がれて、取り憑かれたように僕を求める。しかし、どんな神に願ったって、その願いは叶えてはくれない。願い果たせないまま、死んでいくのだ。


「残酷だよなぁ。我ながら」

「何が残酷なんですか?」

「……シアラ」

「こんにちは、化け物さん。さっきからうちの商品見てたみたいなので声をかけちゃいました。そんで?何か欲しいもんでもありました?」


シアラ・シューフィル。肩に付かないくらいのピンクの髪をざっくばらんに放っている。前開きのシャツは開放的に第二ボタンまで開けられていて、その上にはじゃらじゃらと色んな装飾を散らしている。シャツの片側は細身のパンツに緩くしまい、もう片方は外に放りっぱなしだ。服装も変わっている彼はエルフの中でも変わり者だ。シアラはエルフなのに一人で人間の町に住処と雑貨屋を構えている胡散臭い商売人だ。金に目がなく、シアラにとっての有意義な取引条件はどれだけ金を用意して貰えるか、らしい。そして、この雑貨屋こそが、僕の目的地だった。


「いや、ショーウィンドウに映る僕が綺麗で綺麗で……。つい見惚れちゃったんだよ」

「ははは〜。相変わらず容貌には自信があるようでいらっしゃいますね。いや〜、窓磨きをせっせこ頑張ってた甲斐がありました!どうです?ここらで一つ手鏡でも……」

「悪いけど間に合ってるよ。200年前に買ったあれ、まだ割れてないから」

「え!?そうなんですね。ビースさん物持ち良いですね〜。そんな貴方は、この兎の置物も可愛がってくれそうですね」


と言って、シアラはショーウィンドウの中にある一羽の兎を指さした。それは硝子で出来ているらしく、太陽に照らされてキラキラと輝いていた。


「へぇ、綺麗だね」

「そうでしょう?如何です?」

「素敵だけど、今日はいいよ。それより、中に入れてくれる?日用品を買いたいんだ。……それから、少し噂話をね」

「……ほほぉ?畏まりました。では、どうぞお入りくださいませ」

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