呪われた捨て子
彼女の遺品を全て燃やした後、家に居ることが耐えられなくて外へと散歩に出掛けた。今日も日が昇り、太陽が世界を照らしている。町から幾分か外れた所にある僕の家の周辺には、野原が広がるばかりだった。その新鮮な空気を吸って、吐き出せば、彼女の事だって忘れられそうな気がしていた。今までだってそうだった。愛しい人を亡くし、忘れようとして、また新たな恋人を作り、簡単に忘れた気になる。そして、新しい恋人に、以前の彼女のやり残したことを捧げていた。それが嫌で愛想を尽かされた事だってあった。何度傷付いたって、何度死別したって、それでも人を求めることを辞められなかった。寂しがり屋の僕は、常に温もりと愛に飢えている。そんな自分にこそ、愛想が尽きそうになる。
「……神は何で、僕を死なせてくれないのだろう」
この世界は神が近い。力を求めるには、必然的に神との契約が必要になる。それがこの世界の理となった。しかし、僕は神との契約なんて結んでいない。そんなことをするまでも無く、僕の実力は優れている。だから、神の手助けなんて必要無い。
「……ん?」
どこかから声が聞こえる。耳を塞ぎたくなるほどのけたたましい赤子の泣き声だ。家の近くに赤子が放置されてるとなっては目覚めが悪くなる。仕方なく声がした方へと向かっていくことにした。
声のした方を辿り、その正体に行き着いた。そこには、揺籃に入れられ、毛布で包まれた赤子が大木の下に置き去りにされていた。
「捨て子か?何でまた……」
その子を揺籃からそっと抱き上げたところで、僕はこの子が捨てられた理由に気付いた。赤子には、龍のものと思わしき、角と尻尾が生えていたのだ。それは、人間の赤子には不似合いが過ぎる程に禍々しく、手を離したくなるものだった。まだ小さく未発達なものだが、普通の人間が見たら、真っ先に『呪われている』なんて思うものだろう。しかし、僕は普通の人間では無い。だから、その赤子を拾って帰路を辿った。
「ただいま〜」
空っぽな家は何も応えない。腕の中に収まっている赤子がただ煩く泣くだけだ。
「君は鳥か。鳴いてないと気が済まないのかい?」
赤子の世話なんて、実に何百年ぶりだろうか。ずっと、僕は子供と触れ合う機会には恵まれてこなかった。いや、僕が子供に近付こうとしなかった。理由なんて単純。あの幼子達は、すぐ僕で遊びたがる。魔法を見せてとせがまれたり、僕の長い髪を勝手にいじり始めたりする。だから僕は、子供が苦手だ。同様、赤子も何を考えているか分からないから苦手だ。何故連れてきてしまったのだろう。
「はぁ……。とりあえず、君は此処にいて。僕は君のご飯やその他諸々の買い出しに行ってくるから」
赤子の薄い髪を撫でれば、少しだけ泣き声が治まった。しかし、僕が手を離した瞬間、またすぐに泣き始めた。
「……大人しくしてるんだよ」
軽く身支度を整え、赤子の残った家を後にする。目的地は、この国イシュアで栄えている町、ハリウトだ。一応、僕が拠点と置いておる町だ。ハリウトは、首都であるメイデン程は栄えていないが、その次の次くらいには栄えている町だ。
イシュアは神に最も近く、類稀な力を持つ強者が大勢居る。その分、教会も多く、熱心な教徒も多い。しかし、信仰している神は様々だ。神が近い分、神も信仰を集めることに必死なのだ。だから教会がそこら中にぽんぽん建っている。ハリウトも当然そうだ。僕には神を信仰する意味はよく分からないが、普通の人間風情は、何かに縋ることに必死なのだろう。悪いことがあった時に擦り付けられるように。
これから向かうのは、そんな神が特に近く信心深い者が多い場所。そして、僕を信仰する者が一定数居る場所。
「じゃ、行ってきます」
意味が分かっていないだろう赤子にそう告げて、家を再び後にした。
家から町までの距離は、馬車で30分程度だ。歩きだと当然もっと時間が掛かる。しかし、僕の家に馬車は無い。だから、当然歩きになる。魔法でひとっ飛び、というのも楽に辿り着けるが、僕は歩くことが好きだった。だって、世界は常に変わり続けているのだ。昨日はそこに無かったものがあって、一昨日はそこにあったものが無くなっている。その変化を感じる瞬間が、僕は好きだった。しかし、今はそんな悠長に向かっていられない。あの龍の血を宿したのかよく分からない赤子が僕の家をめちゃくちゃにしないとは限らない。
「……せめて飛んでいくか」
懐から指揮棒程度の杖を取り出し、軽く上に振る。すると、体がふわりと宙に浮いていく。そのまま加速して、町の方へと向かっていった。