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愛しい人

愛しい人の手を握る。その手は僕の細く健康的な手と違う。今はもう、皺まみれに枯れてしまっている。なのに、彼女の可憐さは消えることを知らない。息を吹きかけることもなく、少しの揺れだけで、彼女の魂の炎は一瞬で消え失せる状況なのにも関わらず、彼女がまだ愛しくて堪らない。


「あぁ、ビースさん。私、貴方の事がとても心配だわ。私の事、ちゃんと忘れられるかしら」

「忘れられるはずないだろう?君みたいな素敵な人」

「駄目よ。貴方はこれからも生き続けるのだから。私みたいな女、貴方のこれからには不要じゃないかしら」

「そんなこと言わないでくれ……!僕にとっては大切な存在さ。僕のこれからに、君は必要なんだ」


彼女は自分に自信が無いようだった。それは、歳を重ねる毎にはひどくなっていった。僕はそんなこと少しも思っていないのに、彼女は自分の中で結論づけて、勝手に自己嫌悪に陥ることが多かった。その度に僕は、彼女の心に寄り添った。その時間が、僕はなによりも好きだった。


「……今までもそうしてきたのかしらね、貴方は。私も、同じになるのね」

「……いや」

「否定しなくていいのよ、ビースさん。今までも、貴方が妻を何人も娶っていたのは知っているわ」

「……はは。何も言ってないのに、なんで女性は皆分かってしまうんだろうね」

「分かるわ。貴方の事なら、何でもわかってしまうもの。貴方はひどく寂しがり屋さんだもの。だから、こんなこと、私が言うのも変な話だけどね、次に会う人も、どうか愛して、あげて……」


その言葉を最後に、握っていた彼女の手が冷たくなる。何度名前を呼んでも、彼女の優しい声が僕の鼓膜を揺らす事は無かった。冷えてしまった彼女の手を、布団の中に戻す。魂が風邪を引かないように、少しの熱魔法を掛けて、もう去ってしまった体を温める。


「……あぁ、慣れないな、この瞬間だけは」


ずっと慣れない、慣れてはいけない。人の死に触れることを当たり前と思ってはならない……

誰か大切な人が死ぬ度に、同じ言葉を頭に繰り返し繰り返し流し込む。ずっと、ずっと、人の死に慣れることの無いように。そうでもしないと、きっと僕は、簡単に人を殺せてしまうから。




一頻り泣き終わった後、鳩を飛ばし、町の葬儀屋へと連絡を入れた。僕の伝書鳩は教育が良く優秀で、町から離れたこの家まで、三時間程度で葬儀屋を連れて戻ってきた。



「……では、ビース・インフィスさん。請求書はこちら。合計金貨四十枚と銀貨五枚と銅貨九枚」

「あぁはいはい分かってるよ」


用意していた分の硬貨が入っている布袋を葬儀屋に渡す。彼は袋を受け取り、中身を慎重に確認した。金額分足りていることを確認した後、袋の紐を固く締め直し、彼は自身の鞄に布袋をしまい込んだ。


「あいっかわらず町の葬儀屋は高いねぇ。エルフなんてタダでやってくれるんだよ?」

「ご神木に宿っていた精霊エルフと平凡な人間を比べないでくれます?そもそも、『相変わらず』なんて言われたって、僕は貴方に会うの初めてですし。いちゃもんつけないでください。こっちだって色々やることあるんですよ」

「はぁ。相変わらず、人間は自虐と言い訳が凄いね。ご神木に宿っていたと言っても、エルフは御神木から勝手に逃げ出して繁殖した裏切り者なんだよ?君達がエルフをどう解釈しているかは知らないけど、少なくとも、神達の間じゃそう言われている。神が作り出した人間こそ、エルフより優れている種族だと、僕は思うけどね」

「……よく口が回る方ですね。此処に来る前、先代から話は聞きましたが、噂通りの人だ。それから、僕はあの人間が神の創作物って話、信じてませんよ」

「へぇ。君、珍しいね。今までの葬儀屋は、皆信心深かったんだけど。君は違うの?」

「……だって、神が居なくても、人間って産まれるじゃないですか。女性と男性がいれば」

「……それ、町ではあまり言わない方が良いよ。此処は特に、神が近いからね」

「分かってますよ」


そこまで話し終えると、葬儀屋は何も言わずに背を向け、馬車の方へと足を向けていった。


「あ、ちょっと待ってよ!」

「まだ何か?」

「凄く面白い君に興味が湧いた。名前は?」

「……シェフィ・キサエル。では、僕はこれで」

「シェフィね。また会ったら宜しく」

「……僕は会いたくないですよ。誰にも。死体は嫌いですから」


そう言い残し、今度こそ馬車へと乗り込んで行った。棺に納められた彼女を乗せた馬車は、町の方へと駆り出されていった。坂を降りた馬車は、すぐに見えなくなっていった。



「ただいま」


昨日まで聞こえてきたおかえりが聞こえない。当たり前だ。何故なら、昨日まで僕を暖かく出迎えてくれた彼女は死んだのだから


突き刺さる現実を見つめるように、彼女の遺品に触れる。そして、それを────


燃やした


思い出を一つ一つ燃やすように、遺品を魔法で燃やす。彼女が望んだように、炎で焼いていく。熱耐性があるものだって、難なく燃やせた。そして、彼女が、この家から消えた。


「……何度、燃やしたんだ。妻の遺品を」



知っている。誰よりも僕が知っている。これで二十五回、二十五回だ。それだけの女性が、僕と共に人生を歩み、永遠の眠りへとついていった。しかし、僕は彼女達の所へ行くことは叶わない。何故なら、僕は死ぬ事の出来ない、


不老不死なのだから


新作です。宜しくお願いします

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