僕は物語の主人公になれなかった
普段医務室の外に多くの人が待つということは無い。稀に貴族が緊急の怪我を負った際に集まることはあるが、中で治療を受けている者は貴族では無い。
「まだですか!? これ以上は危険です!」
水色髪の少女が医務室前で見張りをしている医師を揺さぶった。しかし医師は眉をひそめて答えた。
「大声を出さないでください。中の患者の無事を祈るのでしたら、邪魔にならないよう椅子に座ってください」
「ですが、すでに呼吸が止まりかけてます!」
水色の少女は目を赤くした。部屋の中の様子をまるで見ているかのようにジッと見つめ、医師はその光景に少しゾッとしつつも少女をなだめた。
「こちらも最善を尽くしています。中の男性……カルマさんは現在この病院で一番の医師によって治療しています」
「あの怪我を見て普通の人間ではどうにもならないのは目に見えているでしょう! 治癒術以外で助かるんですか!?」
この国では唯一王族のみが傷を癒す『治癒術』を使うことができる。
しかし、その提案に医師は首を横に振った。
「カルマさんが貴族であればそれも要請できたでしょう。ですが、一般人に対してよほどのコネやつながりが無いのであれば、要請はできません」
「ですが……」
少女はその場で膝をついた。
「ワタチが……事件に巻き込んだせいで……」
うずくまる水色髪の少女。
そこへ、栗毛の少女がやってきた。
「『寒がり店主の休憩所』の店主か。君も話を聞いて飛んできたといったところか」
「クアン様……そうだ、クアン様。貴女の権利でゲイルド王に要請を出せませんか!?」
栗毛の少女クアン。魔術研究所の副館長にして、この大陸随一の知識を持っている。
本人は魔術を使うことができないのに、持ち前の知識と発想だけで副館長に上り詰めた。
「無理だ」
「どうして!」
「クーは君よりも少々賢い。事態を把握し、真っ先にゲイルド王に要請をしたんだ。結果として、一般人に治癒術は使えないとのことだ。それを言いに来たと言っても過言ではない」
「くっ!」
水色髪の少女の目がさらに赤く光った。
「おいやめろ店主」
そう言ってクアンは水色髪の少女を抱きしめるふりをして、耳元でささやいた。
(魔術研究所の館長である君がここで騒ぎを起こせば、正体がバレる。それにカルマ青年の友人やそれ以外が多くいる。こればかりは神に祈るしかない)
(!?)
水色髪の少女は裏の顔があった。表では宿屋の店主で、裏では魔術研究所の館長という立場におり、耳元でささやいてきたクアンは直属の部下だった。
「提案です。クアン様の知識で治療することは可能ですか?」
「知識はある。が、経験が無い。メスを持ったところで確実に彼を助けることはできないだろう」
「指示を出すという方法は?」
「言語が不足している。心臓や血管と言った単語はあるものの、さらに細かい言葉、いわゆる専門用語に変わる単語が無い以上、的確な指示が出せない。つまり今のクーは無力なのだよ」
その瞬間、水色髪の少女はクアンの肩をつかんだ。
「どうしてそんなに淡々と言えるんですか!」
その叫びは周囲も驚き、そして静まり返った。
そしてクアンはゆっくり深呼吸をし、水色髪の少女とは真逆にゆっくりと話した。
「正直クーも焦っている。クーは今も全力で考えているん。爆発した感情は考えるという行為の邪魔になる。もう一度言うぞ。クーは今も全力で考えている」
その言葉に水色髪の少女は手を離した。
「すみません……そうでしたね。貴女は人を見捨てる行為を絶対にしない人でした」
「わかれば良いのだよ店主よ。さて、どうしたものか」
栗毛の少女が考え込んでいると、医務室の扉が開いた。
周囲の人はもちろん、水色髪の少女やクアンは一斉に医務室を見て、そこから出てきた医師を見た。
医師の表情は暗かった。それが答えだと誰もが思った。
「あらゆる手を尽くしました。三十年以上、この仕事をしていますが、断言します。おそらく治癒術でも無理でしょう」
その瞬間、水色髪の少女は医務室の中に入った。
そこには衰弱しきった男の姿があり、今も息絶えようとしていた。
「カルマ様、カルマ様!」
「てんしゅ……さん」
かすれた声がギリギリ出てきた。
「ごめん……しくじった。店主さんの息子を……見つけられなかった」
「それは今はいいです。それよりもカルマ様の状態をもっと細かく教えてください。ワタチがあらゆる力を使って助けます!」
「無理だ!」
叫んだのはクアンだった。
「確実に始末する方法をやられたか。腹部に大きな切り傷だけでなく、心臓をすり替え、魔力で作られた心臓のようなものはあと数分で止まる。あえてそうしたのは、この場にいる店主に精神的なダメージを負わせるためだろう」
「魔力で心臓? クアン様、どうしてそんなことが分かったんですか?」
医師も同じことを考えた。特に隠すことなくクアンは答えた。
「音と胸元の振動を見聞きすればわかる。腕の血管の動きがおかしく、他にも指摘できる点は多い。心臓を鈍くする魔術や大量出血であれば、手段はいくつもあった。しかし肝心の心臓を取られてはお手上げだ」
「はは……そうか。僕、駄目なのか」
「駄目じゃありません! 今、ワタチの魔術で」
「それも止めるんだ。きっとこの魔術を使った者はそれも見据えている。魔力に反応し、即座に破裂するような不気味な色。風船に柑橘類の汁を付けたような感じで、徐々に外側から削り落として破裂させるような心臓だ」
不規則に揺れる男の心臓。それは徐々にゆっくりと遅くなっていく。
「駄目です。貴方は『地球の人』です。ワタチが巻き込んだからには五体満足でお返しするのが当然の役回りです!」
「はは……どうして店主さん、泣いてるのかな……あれ、音が……」
やがて少年の耳に音は入らなくなった。
そして目も徐々に外側から見えなくなり、水色髪の少女の泣き顔だけしか認識できなくなった。
「クアン様、まだですか!? 最善策はまだなのですか!?」
「三大魔術師のマオの力を過信しすぎたクーの落ち度だ。仮説のほとんどに彼女の魔力を借りようと思っても、この心臓の仕掛けが全てを無にする」
そこへ、一人の少女が入ってきた。
黒い服に顔を薄い布で隠した少女。
まるで喪服のような雰囲気を漂わせていた。
「プルー様、今貴女が来るべき時ではありません!」
プルーと呼ばれた喪服の少女はゆっくりと深呼吸をして、水色髪の少女に話しかけた。
「いや、今こそプルーが必要な時だろう。何千の最期を見届けたプルーが言う。彼はまもなく終える」
その言葉を聞いたカルマは、少しだけ笑った。
「はは。この感じ……僕は『物語の主人公になれなかった』んだね」
そしてそっと目を閉じ始めた。
「駄目です。目を閉じたら駄目です!」
そう言って揺さぶるも、カルマは抵抗せず、ただ揺らされる状態を感じ取っていた。
「ごめんね……店主さん。リエンさんは……生きてる。次の物語の主人公に……託してよ」
「いけません。貴方がリエンを助けなければ意味がありません!」
「僕は……平凡な大学生活から少しだけ現実離れできた、少し幸運な大学生だった……でも、そこまでだったんだ」
そしてカルマは見えない目を開け、クアンがいる方向へ向いた。
「クアン。せめて君だけでも僕のことを覚えてほしい。それと、地球の友人によろしく伝えてくれ」
「ああ……クーが生きてきた中で一番難しい課題だが、最長でも明日には伝えよう。だが、一つだけ言わせてもらう」
そしてクアンはカルマの手を握り、力強く言った。
「クーの知識を侮るな。なんでも魔術で解決できるこの世界で、灰となった君を蘇らせることくらい、何百年かかっても探してやる」
☆
鳴りやまない吹雪が窓ガラスを叩く中、扉が二度叩かれた。
「誰だ?」
『ミルダです』
そして中に入ってきたのは、右手に大きな先端に鈴が付いている杖を持っている小柄な少女だった。
「おや、三大魔術師の代表であるミルダ巫女が無力のクーになんの御用で?」
「随分と不貞腐れてますね。気持ちはわかりますが、貴女ばかり責任を感じるのはズルいと思いますよ」
「ズルくは無いさ。同じ地球出身の青年の命を失わせたんだ。人が死ぬのは何度も見たが、久々の同郷が亡くなるのは辛いものだ」
「地球の友人たちにはお話ししたんですか?」
その質問にクアンは一度眉をひそめた。
「ああ。全て包み隠さず言った。彼を好いていた少女は泣き、関係者も言葉を失っていた。親友の男はしばらく学校には来れなくなっていたよ」
「そうですか。ところで、机に置いてある本は?」
クアンの机には表紙が真っ白な本が一冊あり、隣にはペンがあった。何かを書いている途中のような形跡がある。
「彼の物語をクーが書いているのだよ。彼は普通の大学生。何かを成し遂げていれば、それこそ英雄譚の一つや二つ生まれる。しかし何も成し遂げず命を失った今、異世界から来た男が見知らぬ土地で亡くなったという不幸な話にしかならない」
そう言ってクアンは再度椅子に座り、物語の続きを書き始めた。
そこへミルダは疑問の表情を浮かべながら質問をした。
「結末は決まっているのに、何度も書き直しているのはなぜですか?」
周囲には白い表紙の本がいくつも落ちていて、途中で破かれている物ばかりが散乱していた。
どれもクアンがカルマの物語を綴ったものである。
「クーは真実を書くことはできるが、空想を書くことは苦手でな。彼の生きた日をどのようにすれば、より輝くか、非常に悩んでいるのだよ。ありもしない花を咲かせて彼を引き立てようにも、滑稽になるだけで逆に彼を侮辱してしまう」
「そこまでして……いえ、決して彼を粗末にするという意味ではありません。ただ、クアンさんの時間が亡くなった彼の時間に使うには、少々使いすぎているように思えました」
「実に面白い質問だ。クーも同じことを思う。別に彼を性的に見ているわけでもなく、ただ、同郷だったからとかかわいそうだからという感情だけでここまでやっている。そうだな、それとこうでもしなければクーの上司がいつまでも部屋から出てきてくれないだろうからな」
この魔術研究所にはいくつか『開かずの間』がある。その一つが魔術研究所の館長室。
そこは以前まで、一般研究員が入ることは許されず、クアンだけが出入り可能だったが、今はクアンすら入れない。
夜になれば泣き声が聞こえ、時々悲鳴も聞こえる。そんな日が続いていた。
「彼女の責任では無い……とは言い切れませんが、かといってこれは仕方がないとも思います」
「個人的な感想としてはそうだ。カルマ少年は自ら危険な橋を渡った。一応クーは忠告したが、彼はそれを無視した。結果的に最悪の結末を迎えた。これは彼自身が招いた結果だ」
「何もそこまで言ってはいませんが」
「いいや、クーは言うさ。クーは止めた。いくつもの可能性を考え、その中で死に直結する可能性もいくつもあり、幾度となく止めた。そして止めきれなかった」
そう言ってクアンは本を閉じた。
「書くのをやめるんですか?」
「ああ。これ以上彼の物語を書く時間を取るわけにはいかない。あくまでもここまで書き、続きは彼が何かしらの方法で蘇ったら書くということだ。クーは輪廻転生という可能性を諦めて無いのだよ」
そしてクアンはミルダと一緒に部屋を出て、魔術研究所の館長室へと向かった。
固く閉じられた扉を叩き、クアンは声を荒げた。
「いつまで寝込んでいる。いい加減起きろ。まだ途中だが彼の生きた記録は書いた」
だが、中から声は聞こえない。
それにいら立ちを感じたミルダが、右手に持っていた大きな杖を思いっきり振りかぶった。
次の瞬間、扉は吹き飛び、大きな穴が開いた。
「ミルダ巫女は見かけによらずパワー系だったのだな」
「先輩のみじめな姿を見たいという一心で真心を込めました」
そして中に入ると、部屋のあちこちに破かれた本や書類等が散らばっていて、中央で水色の髪の少女が傷だらけになってた泣いていた。
「爪で引っ搔いたな。この様子だと『ドッペルゲンガーで記憶を共有しあっている君たち』は、まともに機能していないだろう」
「ああ……ううああ」
まるで鉄と鉄がすれあっている音のような声を出し、クアンの目を見るも、何も反応をしない。
「君がこうなったのは養子の息子を失って以来の二回目か。さて、どのようにして今度は助けるべきか」
「うう……ごめんだざい」
「なぜあやまる」
「クアン様……じゃ、ないです。カルマ様、に、でず」
泣きながら少女は答えた。
「あなだを…主人公に……しで、あげれまぜんでじだ」
よく見ると少女の右手には古くから伝わる一つの物語が描かれた小説が握られていた。
そこには、大きな力を得た青年が世界を救う物語。
亡くなった少年は途中までこの物語の主人公に近いところまで歩んでいたのだろう。
「所詮物語だ。それに言ったろう。クーは灰から蘇らせる術をこれからも研究するさ。地球ではあらゆる法律が邪魔で不可能だったが、無法地帯であるここは実にちょうど良い」
「まさか、本当に死者を?」
ミルダは少し震えた。
この世界で人間代表であるミルダは、あらゆる人間の相談を受け、その中でも死者の行方や死後の世界について聞かれることは多かった。
ある時は生まれ変わる。ある時は天高く昇り見守る。数千年を生きるミルダはこの世界で一番死について恐れていた。
「科学的には不可能だ。が、魔力というふざけた力がそれを可能にする可能性がある。ちょうどここにふざけた悪魔もいるわけだからな」
「うぐ……」
「さて、その日までクーたちはやれることをやろう。彼らの努力は決して無駄ではなかったと証明できるのはクーたちだけだからな」
了
と言うことで、今回の短編は「主人公になれなかった男の周囲の人達の物語」でした。
主人公になれなかったわけなので、描写も主人公カルマよりも、他の人達を中心に物語は回ってます。
例えばゲームでも「ハードコアモード」なんかは、セーブができず負ければ終了なんてモードがあります。今作はそれに遭遇した感じですね。
有名な漫画や小説は困難を乗り切るのが普通。と言うより、乗り切らなければ物語は終わるので、乗り切らなくてはいけません。時間を解決する推理モノも主人公が毒殺されたら終わりですからね。
今作はあえてそれらをひっくり返して物語の主人公を主人公ではなくなった形にしました。
ちなみに本作は以前まで書いていた「スリープクロスキャンパスライフ」という物語で、ガッツリ主人公してくれてましたー。