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009 ゴブリンの集落

 アリシアは転生してから初めて魔城領域の外へ出た。雨が降っていた昨日とは打って変わって今日は快晴だ。天候に関わらず昨日もゴブリンにの襲撃があった。幸い、ぬかるんだ大地に彼らの足跡が残っている。それを追っていけば襲撃して来たゴブリンの集落に辿り着く。ロギはずっとこのチャンスを待っていた。ゴブリンが何処から攻めてきているのか分からない。倒したゴブリンの纏っていた装飾品から複数の集落が別々に攻めているのまでは分かった。討伐を考えるとしても魔城の東に広がる大森林に斥候を放ってゴブリンの集落を見つけないと盛大な空振りになる。そして斥候として使えるのがアリシアだけ。そんなアリシアを斥候の真似事をさせるなど愚の骨頂。諸々の準備が整い、反撃の時は来た!


 八月なのに凍傷が出来そうに寒い。野生動物はほとんど見かけない。常緑樹以外の葉はもう無い。数年前からずっと枯れ木のままかもしれない。本来ならアリシアをそんな寒冷地へ出すのは憚られる。しかしアリシアは寒さを感じなかった。それどころか少し暑く感じていた。ロギはアリシアに何も言わなかったが、転生時に取り込んだ隠し味の効果だ。そしてそれから溢れ出す無限とも思えるエネルギーがアリシアの力の源となった。後はアリシアがそれを使いこなせるかどうか。


 ロギはアリシアが生体核融合炉としてのポテンシャルを十全に発揮できるようにゴブリン討伐を頼んだ。ロギとしてはアリシアが断る事を期待していたが、アリシアは殊の外前向きだった。ロギはその本心を隠し、アリシアを快く送り出した。念には念を入れる意味でアリシアは新しい防具を渡した。流石のアリシアも裸より恥ずかしいビキニアーマーを装備する事になり微妙な笑顔ではにかんだ。


 このビキニアーマーはかつて聖女が装備して300年以上野ざらしになっていた防具だ。ロギはマナを払い魔城の力で修繕しサイズをアリシア用に調整した。その防御性能だけは破格だ。人間に見せるのならロギですら懸念を覚えるが、虐殺予定のゴブリンに見られた所でロギには痛くも痒くもない。そして何より、ロギは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で読んだこのビキニアーマーのフレーバーテキストを信じた。アリシアが「処女専用」の防具を装備出来たのなら、転生したアリシアは処女に違いない。これには拗らせた処女厨である魔城も大いに喜んだ。このビキニアーマーを装備して戦死した聖女は経産婦だったのでフレーバーテキストの信憑性は怪しく極まりないが、それをロギに確認する術はない。


「ロギ様の役に立たないと!」


 風がゴブリンの声をアリシアに届ける。目標であるゴブリンの集落は近い。アリシアは聖剣ファイアブリンガーの柄を強く握って呟く。漏れ出た言葉は一種の強迫観念だった。奴隷として奴隷以下、もしくはその更に下以下の生活を送っていたアリシアは元の生活に戻る事を極端に恐れていた。まだ幼くまともな教育を受けていないアリシアでは自分の感情が何か理解出来なかった。それでも「ロギ様の敵は殺さないといけない」と言う強い想いが先行した。


 これからやる事はいつもは玉座の間でやっている事を外でやるだけだ。それでもいつもは攻めて来る敵を撃退しているだけだ。こちらから攻めた事は無い。その違いにアリシアは一瞬躊躇するも、ロギへの忠誠心でそれを振りほどく。


「みんな行くよ!」


 アリシアは振り返って彼女に帯同しているスケルトンのトループを見る。過保護過ぎるロギは2トループの計10体のスケルトンをアリシアの直掩として付けた。アリシアならゴブリンの100体斬りすら余裕だ。それでもロギはアリシアの精神状態を心配しカツカツなリソースからスケルトンを都合付けた。ゴブリン討伐ならゴーレムの方がこちら側の被害を減らせる。しかしアリシアの手加減して走る速度に付いていけるのはスケルトンの方だ。ロギの作戦を成すにはある種の速攻戦が求められるので、鈍重なゴーレムは外された。


「カタッカタッ!」


 スケルトンが骨を鳴らしながら前進する。彼らには人格も感情も無い。しかし魔城が任命したトループリーダーの命令は遂行出来る。難しい命令を出すにはより上位のアンデッドが必要になって来るが、「ゴブリンを殺せ」程度の命令ならスケルトンでも問題無く理解出来る。スケルトンの2トループだけでゴブリンの集落を潰せるのならロギはそうした。その場合の勝率は4割程度だとロギは考えた。スケルトンでは討ち漏らしが出る。スケルトンではゴブリンの貯めた財貨を回収出来ない。そして極めつけな理由として、『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』ではトループリーダー不在のトループは数字以上に弱かった。トループリーダーには何らかのマスクデータがあり、それが率いるトループにバフを掛けている。


「たぁ!」


 アリシアが茂みから飛び出してゴブリンの集落に飛び込む。彼女の剣は狙い通りに近くにいたゴブリン2体の首を刎ねた。そのまま一息すら入れずに流れる作業で6体斬り殺す。アリシアの左右に展開したスケルトンはアリシアに遅れまいと前進する。前進しながら近くのゴブリンを殺した。一瞬で20体近くのゴブリンが絶命し、初手としては上出来な結果に終わる。


「テキ! テキ、キタ!!」


 ゴブリンが叫ぶ。敵を討つために向かってくるゴブリンの中には武器すら持つのを忘れた者がいる。そう言うのはスケルトンの餌食となり果てた。アリシアはロギの指示通りに武器を持ち防具を装備したゴブリンを優先的に狙った。戦っているゴブリンにトループリーダーと言う概念があるかは不明だ。しかしゴブリンが何らかの社会を形成している限り、集落には指揮官と指導者に相当するゴブリンが存在する。ロギとアリシアにはゴブリンを見分ける能力は無かった。だから装備がやたらとしっかりしているゴブリンを根こそぎ殺す事にした。


 それは一方的な虐殺だった。ゴブリンの死体は全部で115体。こちらの被害はスケルトンが3体。アリシアは集落にある四つのボロ屋を捜索したが、目ぼしい物は無かった。ロギに言われた通りに硬貨を探したが、それは一枚も見つからなかった。アリシアは意気消沈した。そして次の集落では見つけてみせると意気込んだ。ロギが聞いたら慌ててアリシアの間違いを訂正していた。ロギは硬貨が見つかって欲しく無かった。硬貨が無いのなら、魔城の東に人類は進出していない事になる。ロギに取っては東が安全な進出方向となる。


「カタッ!」


 スケルトンの一体が「準備完了」の報告をした。アリシアは集落の中央に山積みされたゴブリンの死体を乗り越え、何も無いそれらの中央に降り立った。


「感じる。やっぱりここだ」


 アリシアは一見何も無い大地に手を当てる。ゴブリンの死体を集める前に一度確認したので間違いは無いと思われた。ロギはアリシアに「メスがいないのに何故ゴブリンは生まれる」と聞いた。アリシアはその答えが分からなかった。てっきり他種族のメスを活用するものとばかり思っていた。ロギ曰く「歪んだマナ溜まりから自然と生まれる」だった。


 この集落にはメスが居なかった。アリシアはマナ溜まりを探した。ロギが当てずっぽうで言った通りに集落の中央に魔力が変に渦巻いている場所があった。


「流石はロギ様!」


 ロギはそこまで褒められては胃が痛くなる思いをする。マナ溜まりは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の説明テキスト通りに語ったに過ぎない。中央にあるのは放射状にゴブリンが生まれるのなら中央が怪しいと博打をうったに過ぎない。本当に凄いのはアリシアだ。マナ溜まりを感じられるスキル持ちはかなりレアでも一定数存在している。しかしそのマナ溜まりをどうか出来るスキル持ちは勇者を始めとして大陸の全人類を合わせても30人もいかない。


「領域化!」


 アリシアは左手を額に当て、ポーンの駒を愛おしく撫でる。


『アリシア、良くやった!』


『はい、ロギ様!』


 一瞬で魔城に通じ、アリシアはロギの声が聞こえる様になった。これこそがロギがアリシアを派遣した理由だ。ポーンの駒だけが持つ特殊スキル『領域化』はポーンの駒の周り10メートルを魔城領域に変換する。魔城領域の中であれば魔城はその全ての力を振るえる。アリシアの足元からどきつい色とりどりの触手が溢れ出し、集められたゴブリンの死体を食べる。ゴブリンを倒しても魔城に持って帰る頃には吸収できるマナはほぼゼロになっている。しかし現地で吸収出来れば本来の9割以上のマナに変換できる。


 触手はゴブリンを軽く平らげ、残るのはマナ溜まりだけとなった。マナ溜まりを囲むように下から不揃いなギザギザの歯を持った大きな口がせり上がり、一気にマナ溜まりを飲み込んだ。ロギとアリシアが聞いた「ゲプッ」と言う声は果たして幻聴だろうか。


『では、切ります』


 作業が終わったのを見て、アリシアが領域化を解除しそうになる。領域化は魔城のマナ持ち出しで発動している。長時間の領域化は魔城のマナ枯渇に繋がる。


『待った! 被害のあったスケルトンのトループから1体ずつ領域に入れてくれ』


『はい!』


 アリシアは疑問に思わずロギの命令通りにした。2体のスケルトンが領域に入った。


『良し。トループ1が2体、トループ2に1体の欠員か。ならここで「補充」だ』


 ロギが言うのと同時に3体のスケルトンがアリシアの周りに出現した。


『これは?』


『出先でトループに欠員が出たら補充出来る。新しいトループを送れるが、そっちは割高だ』


 ロギが解説する。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では補充は安く新造は高い。そのためトループの全滅だけは避けるのが鉄則だ。1体が居たらこんな敵地のど真ん中でも一瞬でフルメンバーに出来る。


『では次の集落へ向かいます!』


『待て。場所は分かっているのか?』


『分かりません!』


『だろうと思った。スケルトンの一体が往来の激しい道を見つけた。そこを辿れ。夕日が沈む頃に接敵しなければ一度退け。集落があれば敵の戦力を見極めて行動しろ』


『はい!』


 そう答えてアリシアは領域化を解いた。


「もっと! もっと頑張らないと!!」


 アリシアはそんな決意を下に大森林の更に奥へと向かった。

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