016 フェリヌーン内戦 重騎兵
騎兵の蹄がドカッドカッと大地を蹴る。イスフェリア軍の重騎兵がホープエンドの南を走り東門を目指す。ボードウィンは斥候とホープエンドの裏切り者から東側の城壁が崩れていると知ると、勇者を除いた最強戦力である重騎兵を投入する。半月ほど前のアリシア追撃で四分の一ほど失うも、予備の騎馬に半人前を乗せて数だけは揃えた。大規模な騎兵突撃を止められる存在が居るとすれば勇者か狂獣くらいだ。ボードウィンはホープエンドの勇者が動く事を懸念するも、最強戦力は温存するものだと常識的に考える。騎兵に対抗できる戦力がアリシアを含めて五人もいないとは流石に考えられない。
この動きに対してギルドマスターのウェスは東門の修理を放棄する。そして城壁に空いている穴を土魔法で埋める事に専念する。敵の騎兵が侵入できる箇所を一つに限定する事で少ない戦力で有効な防衛戦を築くために走り回る。かつて東門があった場所に人影が二つ。
「私が大きな一撃を放つ。アリシアは突っ込め。ただし逃げる敵は追うな」
ダアガスがアリシアに作戦を伝える。既に四回目なのでアリシアは聞き飽きている。ダアガスはもう十回くらい言い聞かせたい。生憎とそんな時間は残されていない。
「来たみたい」
南の城壁から一切の攻撃を受けなかったイスフェリア重騎兵はこのままホープエンドから食い破れると馬を意気揚々と走らせる。彼らはホープエンドが矢玉を惜しんだのではなく、射手が足りないために見送ったとは夢にも思わない。弓術に長けた者をかき集めたら数は揃うが、彼らを即席部隊に纏めて活躍出来るかは別問題だ。矢一本で無力化出来る人間で構成された部隊に当てれば最低限の仕事はしてくれる。イスフェリア軍は徴兵した町民が多く、その多くはまともな防具を纏っていない。フランクとウェスはそんな徴兵された人間を狙う作戦を採用している。
「勇者は?」
ダアガスが問う。
『いない』
「いないよ」
アリシアはロギが教えた情報をそのまま流す。
「領主の言っていた軍事セオリー通りか。勝ちを捨てるに等しい」
ダアガスは鼻で笑う。ダアガスの考えではイスフェリアの勝機は一つ。勇者を中心とした精鋭によるホープエンド特攻だ。アリシアを魔王と見立てて最強戦力をぶつける。勇者レイオスがまともなドラゴニアンに師事していればこの作戦を強く押したはずだ。ダアガスはレイオスがアリシアの様にドラゴニアンがいない地域で勇者に目覚めたのか、ボードウィンに押し切られたのか判断が付かない。彼が不在である事のみが重要なので深く考えない。
「じゃあ?」
「一人も逃がすな!」
ダアガスの追撃禁止と矛盾しそうな発言だ。その真意は、逃げ出す前に全員殺せに他ならない。ダアガスは限界を超えるほど息を吸い込み叫ぶ。
「ガアアアアア!!」
ドラゴニアンでも使える者が限られている竜の咆哮が大地を揺るがす。多少の音には恐れをなさない騎馬の足が止まり、半人前の何人かは落馬する。ホープエンドの城壁が震え、応急処置で急いで埋めた城壁の穴の幾つかがまた開く。その方向はホープエンドの反対側に布陣しているイスフェリアの本陣にまで聞こえる。
***
「まずい! 騎兵の撤退を!」
レイオスが気付いて叫ぶ。
「あれは何だ?」
ボードウィンが困惑気味に問う。
「あれはドラゴニアンの竜の咆哮だ。ドラゴニアンが勇者の師匠に立候補出来るかはこれが出来るかで決まる」
レイオスはかつて師事したドラゴニアンの話を思い出しながら話す。それだけではないだろうが、レイオスの師匠は多くを語らなかった。
「そんな奴が居るとは聞いていない!!」
ボードウィンは怒りで机を両手で何回も叩く。
「内通者の話だと片腕のドラゴニアンが居ると……」
帯同しているヨーリスが恐る恐る進言する。ドラゴニアンは珍しいので、イスフェリア側も彼がイスフェリアに来たのを把握している。しかしダアガスはそこで力を披露しなかったので彼の強さは不明のままだった。新しい内通者は貴族であり、冒険者の事は詳しくない。ダアガスが五級冒険者だと知り、特に調べる手間を取らなかった。
「急ぎ撤退を……」
デオノートが相好を崩さない様に必死に取り繕いながら言う。虎の子の重騎兵を失うのはイスフェリアには致命傷だ。ホープエンドは軽く踏み潰す雑草であり、雑草に隠れていた蛇に噛まれては堪らない。
「あ、もう遅いわ」
ベルフラウが呟く。
「ベルフラウ?」
レイオスがベルフラウを見る。
「血の匂いには敏感なのよ」
臆面もなく言い切る。一つ間違えばダンピールとバレかねない発言だが、イスフェリア側はそれどころではない。
***
アリシアは竜の咆哮の後ワンテンポ待って駆け出す。同時に駆けだした場合、龍の咆哮が重騎兵に達する前にアリシアの剣が届く。そうなってはダアガスの攻撃が発生させるショックが分散される。後方の騎兵が逃げ出す結果になるかもしれない。アリシアとダアガスはこの時点で敵を過大評価していた。重騎兵の後方は数合わせの半人前では無く一人前のベテランだと誤解した。
茫然自失で棒立ちしている重騎兵に神炎を纏ったファイアブリンガーが迫る。アリシアの剣は斬る剣では無い。ファイアブリンガーの高熱が刀身近くの全てを一瞬で炭化させる。そしてアリシアが剣を振り抜くと、刀身は炭を撫でるだけだ。完全武装の重騎兵三人を馬ごと斬り飛ばし、その斬撃から発生した衝撃波が後ろに居た重騎兵数人を貫通する。アリシアの一連の動きは雲耀の如し。勇者を除けばフェリヌーン隷国最強たる重騎兵隊長を含めたイスフェリア軍の主力は死んだ事すら自覚出来ずに果てる。
しかしアリシアはそれで止まらない。生きている騎兵に目を付け足を踏み出す。いつもなら降伏を勧告するか逃げるのを見逃す。しかしロギとマイケラスに説得されて、今回ばかりは皆殺しにするしか無いと泣く泣く決意する。アリシアとダアガスが勇者一行を抑える状況になれば、重騎兵がフリーになる。そうすれば暴れる重騎兵からホープエンドを守れる手が足りなくなり、ホープエンドは落ちる。勇者レイオスがいないこの一戦だけが重騎兵を屠れるチャンスだ。
前方の重騎兵はもはや正気を保っている者の方が少ない。見た目は絶世の美少女でもその正体は絶対なる死を齎す隔絶した力を持つ勇者だ。後方の重騎兵は我を忘れて逃げようとする。しかし時は既に遅い。アリシアが駆け出すと同時にダアガスも駆け出していた。彼はホープエンドの城壁へ向かい壁走りで重騎兵の裏に出る。普通の人間なら城壁走りは不可能だが、ドラゴニアンであるダアガスの後ろ足には城壁を掴めるかぎ爪がある。重騎兵の最後尾が馬を転進させるのが早いかダアガスの棍棒が馬ごとその重騎兵を吹っ飛ばすのが早いか。それはほぼ同時だった。
「久々の咆哮でせき込んだ分遅れたか」
ダアガスが何でも千切れそうな凶暴な牙を見せながら重騎兵を見る。後方の重騎兵はダアガスの想定より遥かに練度が低い。結果論だが、アリシアに強い前方を任せて正解だったと胸をなでおろす。なでおろしている最中も絶え間なく重騎兵をハエ叩きの要領で撲殺する。アリシアは戦士として致命的な欠点がある。彼女は余りにも優しすぎる。半月前の追撃戦では馬を殺すのは可哀そうだと発言しているほどだ。ダアガスは戦争でこの甘さが表面に出て来る事を何より恐れる。重騎兵を二人で潰すのはアリシアにそんな事を考えさせないためだ。前方の重騎兵は精鋭なのかアリシアは真剣に戦っている。ダアガスが流れ作業で撲殺している重騎兵が相手ではアリシアの優しさが首を擡げる心配がある。
ダアガスは武器を持つ際に良く剣を使う。アリシアとの修行も専ら剣だ。例外はアリシアに槍と斧の対処方法を教える時くらいだ。そんな彼が剣では無く棍棒を振り回す。補給がままならない戦場では刃こぼれしそうな剣よりも一定の打撃力を持ち続ける武器を優先する。ただダアガスの膂力に耐えられる棍棒は店で売っていない。重騎兵にぶつけるだけで重騎兵ごと棍棒が破砕する。なのでダアガスは魔城製の特注棍棒を使っている。アリシアから相談を受けたロギが魔城の力で生み出した一品は下手な聖剣をへし折りそうなほど硬い。
シャドーエルフがエルフ攻めを本格化している中でモンスターの支援をしてはルジャールが不機嫌になる。無視する事は可能だが、ロギは強訴のおかわりはたくさんだった。なのでシャドーエルフが気付かない支援に徹する。その一つがダアガスの戦争用棍棒だ。アリシアとダアガスを追撃していた騎兵から回収した鉄をふんだんに使い、イスフェリアでのゴミ漁りで得た物とケーレニオンの貢物までつぎ込んで作られた妥協無しの棍棒だ。偏にロギの勇者レイオスに対する警戒の表れだ。
「終わったね」
夥しい数の死体が大地に転がる。ちゃんと弔わないとアンデッド化するのではと心配になる。ただしホープエンド側はそんな事に気を使う余裕は無い。荷台を引っ張る人間が大挙して死体漁りを開始する。鎧は痛んでいても鉄資源だ。武器の大半はそのまま使える。そして馬は食糧になる。ホープエンドの人々は人間を食べないだけまだ理性が残っているのかもしれない。
「戦士には相応しくない死だ。だが良く見ておけ。これが敗北すると言う事だ」
ダアガスはホープエンドの帰路でアリシアに説明する。生前どんなに立派な衣装を身に纏った貴族でも、戦場で果てれば歯肉漁りに食い荒らされる肉塊でしかない。イスフェリア軍が死体の回収に動こうにも距離があり過ぎる。死体を担いで城壁の横を通れば矢の餌食となる。もはや精鋭の死体は野ざらしに残すしかない。幸い、他の兵士から見え無い位置なのでイスフェリア軍全体の士気はある程度保てる。
アリシアが屋敷に帰り、しばしの休息を楽しむ頃にはフランクが最初の回収した重騎兵隊長の首をイスフェリア軍に見せつけて戦意を折ろうとする。これだけで折れる戦意ではないが、明日以降の戦いからイスフェリア側は勇者を矢面に立たせる必要が出て来る。双方が勇者と勇者の戦いを幻視する。それは凄まじいものになるだろうと思われた。
フランクはアリシアがレイオスと戦い数日持つ事に期待する。勇者同士の戦いとなればグラースエヴァン王国は動かなければいけない。フェリヌーン隷国は国内問題と嘯いて乗り切れるかもしれない。しかし勇者同士の戦いは大陸の全国家から非難される。戦いの果て、勇者が死ねばそれは人類にはとんでもない損失になる。勇者同士で戦う暇があるのなら南西のエイリアンと戦えと皆が声を大にして言うだろう。
時間稼ぎをして王国の介入を待つ。それがフランクを始めとした上層部の決定だ。アリシアの同意を得ているので反対する声は小さい。
***
「全部あの小娘が悪い!」
ボードウィンはワインのグラスを大地に投げつけ叫ぶ。あの少女をサキュバスが総督府に呼んだのがケチのつき初めだ。ボードウィンの中で膨れ上がった被害妄想の中でアリシアはサキュバスが呼びこんだ死神に変わっている。それを裏付ける様にサキュバスが全員城から退去した。信用できないが幅広い情報網から報告が上がらなくなり、ダアガスの件ですら見逃す。
「閣下、勇者同士の争いとなります」
ボードウィン以上に焦燥に駆られるデオノートが呟く。彼はボードウィンが暴走した時の安全弁だ。それがボードウィンと二人三脚でホープエンド攻めを強行したと知られたら王国はボードウィン以上にデオノートを厳しく裁く。もはや名誉ある死は夢のまた夢だ。一族郎党絞首刑がまだ温情と思える未来しか残されていない。
「退くか?」
「もはや玉砕あるのみ」
戦いの推移に関してまだ冷静なボードウィンが撤退の可能性を示す。フランクを討ちたいが、ここで退けばまだ取り繕える。ホープエンドも西への出口を抑えているイスフェリアと長期戦は不可能だ。イスフェリアに時間が味方する。味方させるように動く。
「分かった」
デオノートはそんな事は認めないときっぱり宣言する。部下からの事実上のクーデター宣言だが、ボードウィンは了承しか出来ない。デオノートは知り過ぎている。ここで不慮の事故に会えばイスフェリアに残したデオノートの部下がそれをばら撒く。そうすれば王国を抑えられても足元から大火になる。ボードウィンがホープエンドを攻め続ける限りデオノートは味方だ。
「差し当たって王国の介入を何処まで止められるかです」
「策を申せ」
「数日はイスフェリアで引き留められるかと。その間にアリシアを討つしかありません」
「死体なら勇者かは分からんか」
「勇者レイオスが勇者を討ったと宣言したい者はおりません」
デオノートはボードウィンの顔色を伺う。是と言えば王の器と認めようと考える。
「是非も無し。私はこの戦争に勝つ事に全力を注ぐ!」
ボードウィンは半分ヤケクソで宣言する。そして初戦が手痛い敗北で終わったボードウィンは必死に万感の策を練る。
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