007 現状把握
アリシアがファイアブリンガーを抱いて玉座の横で可愛い寝息を立てて寝ている。次のゴブリン襲撃がいつあるか分からない中で別室で寝たり武器を手放したりは出来ない。戦闘用のゴーレムを増やすか城壁が完成すればもう少し余裕が出来る。しかしゴブリン目線で魔城が難攻不落に見えては攻めてこないだろうとロギは懸念した。経験値増加DLCよろしくゴブリンには魔城の支配領域で死んで貰わないといけない。魔城がその死体を吸収する事で魔城は様々な事が出来る様になる。大地から吸収するマナは無限大だが吸収速度は緩やかだ。魔城の現在の規模ではゴブリンを1日30体吸収した方がより多くのマナを手に入れられる。
ロギはアリシアにもっと普通の少女に相応しい生活を送らせたいが、魔城の本体があるこの玉座の間を守るのが最優先だ。アリシアを優先し過ぎて魔城が滅べば双方に取って最悪の結果になる。
ロギは玉座に腰かけながらこれからの動きをシミュレートする。幸いにもアリシアは敵がゴブリンだと誤解している。ロギの眷属なら最終的には人間と戦う事は自覚しているが、最初の激突がもうすぐそこまで来ているとは夢にも思っていない。
(状況を整理するか)
アリシアの追体験した記憶では天を突く火柱が上がったのが20日前。ガルスが冒険者ギルドの出した調査依頼を受けてホープエンドの町を出たのが15日前。ガルス達がアザンディオスの怒りに触れて全滅したのが5日前。アリシアが転生したのが2日前。ゴブリンの最初の襲撃があったのが2日前。
(ゴブリンは横に置いて、まずは人間の動きだ)
ガルスの調査が上手く行っていればホープエンドに帰るのが5日後。遅れている可能性を考慮して調査失敗と断定するのは8日後。そこから第二陣を送るなら、その到着は最速で18日後。言わば余裕ある17日間で何をするか。何処まで魔城を発展させるか。そしてしつこく攻めて来るゴブリンを何処まで外に討って討伐するか。課題は山積みで攻勢に使える戦力はアリシアただ一人。
(人間が誰を送るか読めない)
計画を立てようにも敵の戦力が分からない事には難しい。かと言って存在しない大軍の影に怯えて動かないのは魔城の本能が許さない。ロギはとにかく敵の戦力を多めに試算する事から始めた。状況的に見てガルスより上の冒険者パーティーが来るのは確実だ。それが単独パーティーなら脅威では無い。しかし複数の2級パーティーが来る事を想定するなら途端に苦しくなる。ここでアリシアを眷属化した事が生きた。アリシアはホープエンドで有名な冒険者パーティーの事は最低限把握していた。
(私が何も知らない前提で彼らは動く。上手く活用しよう)
ホープエンドを拠点に活躍する2級パーティーは3つ。『巨人の鉄腕』、『輝く石頭』、『走る首狩り兎』だ。その中で『走る首狩り兎』はホープエンドと西にある城塞都市イスフェリアを往復するのが主な仕事だ。アリシアは理解していないが、走る首狩り兎がホープエンドを拠点にしているのは税金対策だ。アリシアが冒険者ギルドで聞いた話では、イスフェリアはホープエンドより発展しているが生活費と税金が高い。ロギはこの情報からもう一歩踏み込んで、人を東へ送る国策としてイスフェリアの税金を不必要に高くしているとアタリを付けた。
(アリシアの知らない追加戦力次第か)
リーダーの剛腕が有名な『巨人の鉄腕』とメンバー全員がスキンヘッドの『輝く石頭』だけなら十中八九勝てる。ガルスの様な3級パーティーが複数帯同したとしてもクラウンガーディアンの敵では無い。イスフェリアは更に多くの2級パーティーを抱えている。そこから1つか2つ派遣すればロギは一気に苦しくなる。ロギが魔城攻略を差配しているのならイスフェリアに土下座してでも戦力を都合する。序盤に戦力を集中して本来は倒せない強敵を倒すのは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』の必勝策の一つだ。
(騎士団は……まだ動かないなず)
アリシアの知識が乏しいのでロギは確証を持てなかったが、フェリヌーン隷国には複数の騎士団、そして平民を徴兵して作る軍隊が存在している。徴兵軍は非常勤で必要に応じて組織される。動員を開始して一定数揃うのに30日は掛かる。なので18日後の攻勢には絶対に間に合わない。それに徴兵された平民の戦闘能力はゴブリン以下だ。それなのに取得マナはこっちの方が上。ロギとしては徴兵軍が来るのなら諸手を上げて歓迎していた。騎士団は都市に属する騎士団と貴族家に属する騎士団がある。ロギはホープエンド騎士団が出て来る可能性を懸念した。その騎士団は平時ではホープエンドの治安維持を担っているため、もし彼らが来たら騎士団壊滅からのホープエンド強襲策を考えねばならなかった。魔城の本能は「攻めるチャンスがあれば攻めろ」とロギに訴えていた。理由があればロギは本能に翻意を促せたが、無い場合は理性で本能を抑えることは叶わなかった。
(魔城の最大の敵は魔城なのはここでも変わらないか)
ライトゲーマーから『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』がクソゲー扱いされた要因の一つとしてプレイヤーの分身であるはずの魔城の余りにも高すぎる攻撃性が挙げられる。ロギ自身は守勢型プレイヤーのため、難攻不落の防御陣地を作って敵のリソース枯渇からのカウンターを好んだ。しかし魔城相手にそんなプレイをしたら、勝手に隣国へ戦力を派遣して戦端を開く。魔城を満足させるには常に何処かの勢力と戦争状態を維持するのが至上命題だ。ロギはホープエンドを敵と認定して、それを殲滅する準備をしているという体で魔城に我慢して貰っている。そんなお題目を掲げたのならホープエンド騎士団壊滅からの消極行動は許されない。
(人類よ! 私という存在を侮れ!)
ロギの祈りが人類に届くは誰にも分からない。そう言いつつロギは左手で自分しか見えないコンソールを起動する。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』を模して作り出した魔城の管理画面だ。現実の状況とどれほど即しているかは不明だが、ロギの感覚で誤差は5%以下だ。
魔城が一日に吸収するマナは100マナ。ゴブリン1体につき2~4マナ。魔城の維持に50マナ、ロギの維持に10マナ、そしてアリシアの食糧を作り出すのに20マナほど。ロギはどういう原理が働いているか分からないが、『アリシアが食べられる食糧』と念じれば魔城がその注文を受けて魔城なりに最適解を出す。同じ要領で城の拡張、更には魔城の配下になるモンスターを作り出せる。クラウンガーディアン一体の修復に一時出費の150マナが掛かっている。もう一体のクラウンガーディアンも修復したいが、マナの残量が厳しくなるので節約している。戦力としてはアリシアを除いて最強のクラウンガーディアンだが、玉座の間を出られないためゴブリンへの攻勢において何の役にも立たない。
(魔城が巨大になるにつれ、コストが飛躍的にアップしていく。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』通りならクラウンガーディアンの修復費用は最終的に10000マナを超える。ここで一日に吸収するマナを増量する施設を立てたいが……なんで無いんだ!)
魔城は愚直にまでロギの『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で設定した魔城を模している。内政と外交にポイントを振らなかったため、注文一つで実体化する便利施設が一つもない。ロギの感覚ではオート機能が無いだけで、手動で似た物が用意出来ないわけじゃない。しかしこの世界のマナ関係にはずぶの素人なため、何から始めたら良いのか皆目見当が付かない。
しかし軍事と英雄にポイントを全部振った意味はあった。アリシアを救うポーンの駒があったのは偏に英雄にポイントを振ったからだ。そして軍事に振った分だけ恩恵があるはずなのだが、そちらは肩透かしに終わっている。
(手持ちのマナで注文出来るのは各種ゴーレムとスケルトンだけか。ダークドヴェルグとまでは言わないが小悪魔すらリストに載らないだと!?)
ゴーレム系はルークの駒、スケルトンはキングの駒由来のトループだ。ゴブリン系はナイトの駒の反応が消えたので注文する事は不可能だ。ダークドヴェルグと小悪魔は残った二つの駒由来のトループだ。その二つは魔城と敵対しているわけじゃない。しかし何故かその二つの駒由来のトループは注文出来ない。
(一度玉座の間に入る必要があるのかもしれない)
ロギはそう結論付けた。そして右手でアメリアの頭を撫でた。
「あ、ロギ様……。朝ですか?」
「ゴブリンが来た」
「またですか?」
「懲りない奴らだ。頼めるか?」
「任せて!」
アメリアは元気に飛び上がり、もうすぐ雪崩れ込んでくるゴブリンに備えた。
「今回はロックゴーレムを1トループ出してみるか」
ロギは実戦での動きを計るためにロックゴーレムを1トループ注文した。玉座の間の中央に魔法陣が浮かび上がり、170センチほどの相撲取り体系のロックゴーレムが3体現れた。1トループは1体から5体で構成される。スケルトンは5体で1トループとなる。ゴブリンの数が多いのでスケルトンの方が良さそうに見えるが、スケルトンではゴブリンに倒される可能性が高い。片やロックゴーレムは3体なのでスケルトンより体力があり、鈍器以外の攻撃を半減する防御力まで備えていた。その反面、移動速度と攻撃速度が遅く逃げる敵を捕らえるのは苦手だ。
「私の言う事は分かるか」
ロックゴーレムが右手を上げて「分かる」と伝える。
「話せるか?」
ロックゴーレムは両手を下ろしたまま動かない。
「やはりか。だが十分だ」
その確認が終わると同時にゴブリンが雪崩れ込んで来た。
「しつこい!」
辟易しているアリシアがファイアブリンガーを抜いて集団に飛び込む。
「アリシア、こん棒を持っているゴブリンを優先して狙え!」
ロギがアリシアにロックゴーレムの脅威となる武器を持っているゴブリンを狙わせる。倒される心配が無くなったロックゴーレムは鈍重な動きでゴブリンの頭に腕を振り下ろして確実に一体一体屠る。乱戦中のアリシアと足が遅いロックゴーレムを無視してゴブリンが玉座を目指す。クラウンガーディアンが素早く対応してゴブリンを肉塊に変える。今回攻めて来たゴブリンだけならクラウンガーディアン1体で楽に勝てる。
ロギはそれをしないのはアリシアに戦闘経験を積ませるためだ。それとロックゴーレムの性能テストでもある。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』ではマウスのワンクリックで戦闘を命じられたが、ここではそこまでオートではない。ロギはロックゴーレムに矢継ぎ早に命令を出す事で効率的に彼らを動かした。命令が無ければゴブリンを倒すのに手間取り、最悪はゴブリンが使用する遮蔽物に成り下がっていた。
(私しか指揮官がいない状況でトループを増やし過ぎては手が回らない。今は主力となるトループは不要だ。クラウンガーディアン2体の方が圧倒的に強い。アリシアの直掩に何か付けて、他はロックゴーレムで固めるか)
玉座に座りながら戦いを見届けたロギは攻勢に転じる気になった。アリシア不在でもゴブリン相手なら玉座の間を守れると判断した。そしてポーンの駒を与えられたアリシアの力を最大限に使える仕事を任せてみる事にした。
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